第20話カエルでも作れる簡単レシピ




 黑づくめの小屋での日々は一見するとジスレがカエルを丁重に扱っていて、問題なく過ごせているように見えた。しかし、


『王子様はどうかそこにお座りになられていて。私がすべてやりますから』


 何をするにしてもジスレはカエルの申し出を断り、自分ひとりで済ませていた。家事も魔法薬もすべてひとりだけ。


『さあ出かけますから、どうかこのポーチへお入りになって。ここへ戻るまでは外へ出ないで下さいね』


 外出の際には必ずカエルをポーチに入れて運んでいたが、ずっとカエルは真っ暗なポーチの中にいるだけ。外の景色すら見ることはできず、カエルが声をかけても聞こえていないようで、一切の会話なくジスレは黙々と用事を済ませていた。


『ああ王子様、何をなさろうと……? まさか逃げ出すための準備を? 今の生活がそんなに嫌なのですか?』


 何もさせてもらえないカエルは退屈なようで、読書や魔法薬に使う薬草の観察がしたいとジスレに提案していた。けれど何を言っても逃げたがっていると思われてしまい、カエルは口を噤んで諦めるしかなかった。



 ただジスレが一方的にカエルへ尽くすだけの、不自由極まりない生活。傍から見ていてセレネーは顔をしかめるばかりだった。


 それでもカエルがどうにかジスレと打ち解けようと努力していることが分かって、セレネーは様子を見続けた。




 数日経ったある日、ジスレがカエルと食事している際、魔法の声を弾ませながら話をしていた。


『実は私、明日が誕生日なのですよ』


『そうなのですか? おめでとうございます』


『嬉しいですわ……誕生日に王子様と過ごせるなんて、人生で一番最高の誕生日を送れますわ』


 そう言うジスレの嬉々とした雰囲気に、カエルがとても微笑ましそうな顔をする。面白くない生活を強いられていても、彼女をどうにか受け入れたいという思いが滲む。


『何か贈り物を差し上げたいところですが――』


『王子様がここにいてくれる……それが最高のプレゼントですの。どうかお気遣いなさらないで』


 この場面だけ見れば欲のないささやかな願いだが、一部始終を見ているセレネーから見れば、そんな時ですらカエルに何もさせまいとするジスレが強欲に思えてならなかった。


 まるで王子の残りの人生をプレゼントして欲しそうで――。




 その日の深夜。

 宿屋で眠っていたセレネーの枕元で水晶球が光り、その眩しさで目を覚ます。


 もしカエルが起きて動いたら、自動的に水晶球が教えてくれるようにしてあった。目をこすりながらセレネーは映し出された光景を覗き込む。


 そこには台所で卵や小麦粉を作業台に運び、腕を組んでうんうんと唸るカエルの姿があった。

 ジスレは深い眠りについて起きる気配はない。口出しせずに様子を見ようと思っていたが、カエルの行動が気になって仕方がなくなり、セレネーは水晶球越しに話しかける。


「ちょっと王子、こんな夜中に何やってるの?」


(セレネーさん?! あああ……またお声を聞けるなんて……ケロロロォォ……)


「……頭の中までカエルの鳴き声なんて、だいぶ身も心もカエルになってきてるわね」


 声を聞いただけで目が潤んでいるカエルに号泣されないよう、セレネーは敢えて感激に水をさすような冗談を挟む。するとカエルはケコッと吹き出し、涙を拭った。


(そうですね、馴染んできてしまいました……実はジスレさんが誕生日を迎えるとのことだったので、お祝いに何か作れないかと思いまして)


「えっ! 王子、料理できるの?!」


(いえ、まったく。しかし外には出られませんし、限られた中で贈り物をしようと思ったら、これしか思い浮かばなくて……でも料理したことがないんですよね)


 カエルが腕を組んだまま、また唸って首を傾げる。そんな姿を見ながらセレネーは内心冷や汗を垂らす。


 料理未経験で体がカエル……難易度が高すぎて、うまくできるとは到底思えない。しかもジスレを起こさずに作るというなら、長時間の作業は避けたほうがいい。もちろん工程も単純で、火を使わない料理がいい。


 一緒にセレネーも唸りながら考える。そしてポン、と自分の手を叩いた。


「王子、今からアタシが指示していくから、その通りにやってみて」


(わ、分かりました!)


「まずは卵三個と砂糖の袋を手前に出してちょうだい」


 言われるままにカエルが作業台に運んでいた卵と砂糖を手前に引いて出してくる。それを見てからセレネーは水晶球の視点を動かして辺りを見渡す。食器棚を確認すると、新たな指示を伝えた。


「じゃあ次は底が浅くて広めの器を二つと、片手に収まりそうな小さな器をひとつ持って来て。スープ皿とサラダ用の器あたりが良さそうね。それからスプーンもお願いね」


 すぐにカエルはピョーンと作業台から飛び降りて、言われた物を持って来る。再び作業台へ上がるためにスープ皿を片手に持ちながら木の脚から登っていく姿を見て、セレネーは大変そうだと思いながらも、案外と力があるものだと感心する。


 ハァハァと息を切らせながら、カエルは何度も往復してどうにか道具を揃える。少し呼吸が落ち着くのを待ってから、セレネーは料理指導を始めた。


「まずは卵を割ってスープ皿に卵白、小さい器に卵黄を分けて入れて……そう、一回器の中に丸々卵を入れて、割った殻で卵黄をすくい出して……そうそう、落ちないように気を付けて」


 とにかく慎重に言われたことを実践するカエルの動きがヒョコヒョコして、なんとも動きが愛らしくてセレネーは癒される。そう考えてしまうのは、必死になっているカエルに悪いと思いつつ。


 セレネーが伝えたことをし終えたのを確認してから、新たな指示を出す。


「次に砂糖をスープ皿にたっぷり入れて、平らにならして。それができたら、スプーンの背で押してくぼみを十五個ほど作ってちょうだい……ええ、上手よ。後は卵黄を溶いて、そのくぼみに流し入れて……はい。これで二刻ほど放置すれば完成よ」


(ええええっ、これだけで?!)


「そう、これだけで作れちゃうのよ。アタシの故郷にあったお菓子。卵黄ボンボンっていうの。甘くて美味しいわよ」


 気持ちのいい驚き方をするカエルにセレネーはにんまりする。これをジスレに贈るというのは面白くないが、祝いたいというカエルの気持ちが汲めて良かったと心から思う。


 無事に工程を終えられたと一息つくカエルだったが――卵白入りの器を見て、目をしきりに瞬かせる。


(ところでセレネーさん、余った卵白はどうすればいいですか?)


「あ……そこまで考えてなかったわ。捨てるのはもったいないし、でもそのままにしておくのも……王子、飲めそう?」


(……えーっと……頑張ります)


 そう言ってカエルは卵白に口をつけ、じゅるじゅるとすすった。


 時間はかかったが、カエルは頑張った。お腹がこんもりと膨らんで、もう無理……と唸りながら作業台に横たわり、そのまま気絶するように眠ってしまった。


 間もなく夜が明ける。セレネーは魔法でカエルを与えられた寝床――小さくてフカフカのカエル用ベッドへ移動させて寝かせてあげた。

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