第19話黒づくめの小屋と理不尽エピソード追加
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
宿に戻ってセレネーはすぐさま水晶球にカエルとジスレを映し出した。
うねりの激しい黒髪をバサバサとなびかせながら黒いホウキで暴走気味に飛ぶ姿は、災厄の塊のように見えてしまう。口を開けば小声で思い込み強すぎな、アクは強くて厄介ではあるが、見た目よりは禍々しくはない女性なのだけれど。
思い込みと勘違いでカエルの呪いをかけたジスレを目にするだけで、セレネーは腹が立って頭に血が上りそうになる。しかし深呼吸してどうにか平静さを保とうと努める。
(面白くはないけれど、ジスレは王子に最初から惚れているわ。呪いが解ける可能性は十分にある――んだけど、そう簡単にはいかないと思うのよねー。なんか不器用というか、空回り気味というか……不安だわ、やっぱり)
もしかしたら王子が自分の想い通りにならないからと、攻撃してくる可能性もある。セレネーはベッドに腰かけながら、いつでも魔法をかけられるように木の杖を脇に置いた。
ジスレは次第に切り立った山々が連なる場所へ入り込むと、その一帯で一番高い山の頂上にある小屋の前へ降り立ち、中へ入っていく。
黒い木で作られた小屋。中も黒々として、中央には魔法薬を作る大きな漆黒の壺が置かれている。家具も備品も何から何まで黒づくし。いくら魔女に黒好きが多いとはいえ、これはどう見ても行き過ぎだとセレネーは口元を歪める。
『さあ王子様、お待たせしましたわ。どうか出てきてくつろいで下さいませ』
引き続きジスレは魔法を使って思念でポーチに話しかけた。するとポーチの中からカエルがひょこっと顔を出す。黑ばかりの部屋で、緑の体がやけに眩しく見えた。
『あ、りがとう……ござい、ます……あの、ここは……?』
『私の家ですわ。王子様の国の隣にある国で一番高い山の頂に構えた家――ほら、あれをご覧になって』
北側の窓をジスレが指差す。カエルが近くのテーブルに飛び乗ってそちらを見ると、望遠鏡が置かれていた。
『ここからいつも望遠鏡で王子様を見ておりましたのよ。たまに目が合ったりして、私の心を汲み取って下っているんだと嬉しく思ってましたわ』
『……すみません、まったく分かっていませんでした』
カエルがドン引きの気配を見せながらも正直に答える。
セレネーは一旦水晶球に外を映し、望遠鏡の先からの眺めを見てみる――かろうじて遠くのほうに緑が見えるだけで、肉眼では人はおろか街や城すら確認できない。これでジスレが見ていたことを分かれというほうが無理な話だ。
再び中の二人に映像を戻せば、ジスレはその場へ倒れ込み、シクシクとか細い声ですすり泣いた。
『そんな……毎日お顔を見ながら、心の中で私のありったけの念を飛ばしていたのに……』
『も、申し訳ありません……私はジスレさんやセレネーさんのような魔法の力を持っていないので……』
……謝る必要ないから、王子。いくら魔力があっても、こんな超遠距離の思念に気づける人間なんて往年の大魔女や大魔導士でもいないから。もちろんアタシも無理だから!
この心からの全力ツッコミが届いて欲しいのに、という歯痒さをセレネーが覚えていると、気を取り直したジスレが体を起こしてカエルの目線と同じ高さに顔を近づける。
『もう済んだことですし、王子様は私の願い通りにこちらへ来て下さいましたから、気にしておりませんわ……ただ……願わくば、二度とあの女狐の名を口にしないで下さいませ』
顔は見えないがジスレから怒りの気配が立ち昇る。纏うものが黒いせいで、負の感情を漂わせると一気におどろおどろしさが出てしまう。カエルは『ヒッ……』と小さな悲鳴を上げ、身をすくませた。
『は、は、はい、分かり……ました』
『分かって頂けて感謝致しますわ……ああ、王子様。昼食はまだですか? 今から準備致しますわね』
カエルが謝るとすぐに機嫌を直したジスレが台所へ踵を返す。
『あっ、私もお手伝いします』
当たり前のようにそう言ってカエルがジスレの後ろへ続こうとすると、
『ここでお待ちになっていて下さいな。王子様に負担をかけさせるなんて、許されないことですわ』
くるりと振り向いてジスレはカエルを制止させる。セレネーと行動している時は申し出がすんなり通っていたためか、カエルが困惑の色を見せる。そして『……分かりました』と肩を落としてから、テーブルの隅にちょこんと座った。
どこか悲しげなカエルの姿を見た途端、セレネーの胸がチクリと痛む。
自分は公の場じゃないんだし、一緒に旅をするなら立場なんて関係ない。対等なんだと思って、カエルの申し出を遠慮なく受け入れてきた。しかし王子様に手伝ってもらうなんてもっての外、というジスレの感覚はおかしくない。むしろ大半はそう考えるだろうし、王子の手伝いを断るだろう。
今までやり取りしてきた娘たちも、カエルを王子と知らなかったからこそ手伝ってもらってり、カエルの申し出をすんなり受け入れてきたのだと思う。もし王子と知れば、もっと遠慮していたとセレネーは考える。
(そういえば王子が手伝ったりする時って、すごく活き活きとしてわよね……嬉しかったのね)
知れば知るほど王子様らしくないと苦笑しつつ、そんな性格の王子とジスレの日常にますますセレネーは不安を募らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます