第17話 お約束

 ひとしきり焼肉を楽しんだ二人は、次の転生のための準備をする。


「そういえば、神様」

「何?」

「同じシード値を使って、同じ世界に転生するって出来ないんですか?」

「出来ないわ」

「どうしてなんです?」

「どうしてもこうしても、まずシステム的な問題で出来ないのよ」

「えぇ……」

「それに、まったく同じシード値使ったら、同じ場所に同じ人間が出現することになるのよ?つまりそこで物質同士の重ね合わせが発生するわけ。すると何が起こるか分かる?」

「……分かりません」

「最悪の場合、核爆発を超えるレベルのエネルギーが放出される可能性があるわ。そんなことしたら、転生先の世界にとんでもない影響が出るはずだわ」

「……マジっすか?」

「大マジよ。まぁ、最悪の影響を及ぼさないように、システム側が同じシード値でも場所や時間が若干異なる数値を出してくるわ」

「そうなんですか」

「まぁ、私はまだ新人だから、シード値についてよく分かってない部分も多いんだけどね」

「へぇ」

「私のような新人じゃ知らないことばっかりだけどね」


 そんなことを言いつつも、女神は次の転生の準備を続ける。


「よし、これで問題はないはずよ」

「今度はどんな世界に転生させるつもりですか?」

「ふっふっふ。今度の世界は、お楽しみの中世ヨーロッパ風ファンタジー世界よ!」

「そんな楽しみではないんですけど」

「あら、そう?私は楽しみなんだけど」

「そんなこと言ってないで、早く転生させてください」

「分かってるわよ……。それじゃあ行くわよ」


 女神はエンターキーを押す。

 相賀の視界が暗転すると、少しの浮遊感の後、地面に降り立つ感覚がする。

 視界が安定すると、そこはどうやら草原のようであった。

 普通の草原と違うのは、草の生えていない道のような一本道があり、その脇に一本の木が植えられていることぐらいだろう。

 その木の下に、相賀は立っていた。


「さて、どうするかな?」


 そういった相賀は、ここで一つの違和感に気が付く。

 相賀は右手を上に掲げてみたり、下げてみたりする。


「なんか動きが軽い……」


 どうやら、この惑星では地球より重力が軽いようだ。

 相賀は試しに軽くジャンプしてみる。

 するとどうだろうか、いつもより高い位置までジャンプすることができた。

 今度は本気で垂直飛びする。

 目測だが、自分の身長あたりまで飛ぶことができた。

 かなり身軽な運動が出来そうである。


「よし、これからどうしようか」


 相賀には、二つの選択肢がある。

 道を右に行くか、左に行くかだ。

 相賀は、双方向の向こうをジッと見る。

 どうやら、右方向の向こうには、街のような建物群があるのが見える。


「とりあえず右に行くか」


 相賀は道を右に向かって進む。

 ここままっすぐな道で、特に障害になるようなものもない。

 相賀はなんとなく、この低重力状態で全力でダッシュしたら、どうなるか確かめたくなった。

 相賀は体を伸ばし、クラウチングスタートの姿勢を取る。

 そして地面を蹴った。

 相賀の体は地面を離れ、空中を移動する。

 緩やかな放物線を描き、地面が迫ってきた。

 足を地面につけ、再び地面を蹴り上げる。

 もう一度地面から離れ、相賀の体はまた空中に投げ出された。

 相賀は姿勢を保ち、どうにか地面に到達する。

 今度は空中に飛び出さないように、体を低くして地面を蹴り上げる角度を浅くする。

 足の回転数を上げて全速力で駆ける。

 そのまま息が上がるまで走った。


「はぁ、はぁ。これ姿勢低くするより飛んでたほうが疲れないな」


 そんなことを思いつつ、相賀は街のほうへ向けて歩いていく。

 その道中、馬車がいるのを見かける。

 どうやら泥に車輪がはまってしまい、抜け出せないようだ。

 困ったように、ふくよかな男性が困っているようだった。


「大丈夫ですか?」


 相賀は声をかける。


「あぁ、大丈夫じゃないさ。大事な商売道具も入っているっていうのに、困ったもんだ」

「手伝いましょうか?」

「それは構わないんだが、お前さん、身体強化の魔法持っているのか?」

「いえ、持ってはいませんが……」

「そうか。いや、持ってたほうが少しばかり楽なんだが、この際仕方ない」


 そういって男性は馬車の後ろに行くように指示する。


「俺が合図したら、全力で押してくれ」

「分かりました」


 そういって、男性が合図を送る。


「押せっ」


 相賀は力を込めて馬車を押す。

 すると、馬車はミシッと音を立てて、簡単に泥から抜け出すことに成功した。

 そのまま馬車は、安全な場所まで移動していく。


「お前さん、ずいぶんと力持ちなんだな」

「いやぁ、それほどでも」

「その感じだと冒険者でもしているようだが、今は依頼中だったりするのか?」

「いえ、冒険者ではないです」

「あんな力を発揮できるのに、冒険者じゃないのか!?今すぐなるべきだ!」


 そういって男性は相賀のことを説得しようとする。


「そもそも冒険者ってなんですか?」

「お前さん、冒険者のことすら知らないのか?あの冒険者だぞ?」

「それは、あのー……。そう、記憶がないんです」


 相賀は転生してきたことを黙って、記憶がなくなったことにする。


「記憶をなくしてるのか……。そりゃ難儀だな。なら俺が教えてやろう。とりあえず馬車に乗れ。近くの街まで送っていきながら教えてやろう」


 そういって男性は、相賀を馬車に乗るように促す。

 相賀はそれに素直に従った。

 そして男性は冒険者について説明する。

 冒険者は、この世界において重要な役割を果たす職業である。未知の土地に行って地図を作成したり、市民を脅かす魔物を狩ったり、便利屋みたいな側面もあったりと、様々だ。


「お前さんみたいな力持ちは、ぜひ冒険者になるべきだ」

「でも、僕はどこの誰だか分かりませんし……」

「大丈夫だ。俺はこの先にある街の冒険者ギルドとコネを持っている。それを使って、お前さんを冒険者にしてやるよ」

「でも、まだ冒険者をやると言ったわけでは……」

「何、冒険者には一癖も二癖もある人間なんてザラにいるし、冒険者カードは持っておいたほうがいい。それにお前さん、行く当てなんてどこにもないんだろ?」

「それはそうですけど……」

「なら、なおさらなったほうがいい。冒険者ギルドには格安の宿が併設されているからな」

「そこまでいうなら、やってもいいかも……」

「その調子だ」


 こうして、相賀は冒険者となる決心をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る