第6話 成功した転生
女神は何かを確信したように言う。
「何が分かったんですか?」
「そうねぇ、これを言葉にするのは少し難しいかしらね」
「そうなんですか?」
「あえて言葉にするなら、4文字目のエキダンスを反転させた時には6文字目のトリスールを2段階上昇させて、さらに8、10文字目も順番にバスロールを3段階ローテートさせないといけないのよ」
「……何を言ってるんですか?」
「言葉にするとそうなるから、うまく説明できないのよ」
「そうですか……」
相賀は言葉による説明を受けるのを諦める。
しかし、女神にとってみれば何かを理解したのは間違いないのだから、それにすがるほかないだろう。
女神はパソコンを操作して、また新たな乱数を生成するためのシード値を設定する。
「よし、これで問題はないはずよ」
「それじゃあ早速お願いします」
「行くわよ」
女神はエンターキーを押して乱数を生成する。
直後、相賀の視界は暗転する。
すると相賀は、若干の浮遊感のあと地面に落ちる感覚を覚える。
視界が安定すると、目の前には海が広がっていた。
波が砂浜に打ち付ける音が、辺りに響き渡る。
相賀は周りの様子を見た。
周辺は砂浜が広がっており、見渡す限り地平線の向こうまで広がっているのが見てとれる。
相賀は思わず肩の力が抜ける。
「今度はどんな世界に飛ばされるのかと思ったら、まともな世界でよかった」
そういって、相賀は思いっきり息を吸い込んだ。
その瞬間、相賀の肺に強い痛みが走る。
「グ、ガハッ」
呼吸をするたびに肺に痛みが走る。
その痛みは次第に全身に広がり始めた。
そして、心臓の鼓動が遅くなっていくのが感覚で分かっていく。
相賀は思わず跪いた。
同時に、喉の奥から何かが逆流してくるのを感じる。
口から血が吹き出たのだ。
そして心臓が止まるのを感じた。
呼吸がどんどん短くなっていく。
そして相賀は砂浜に倒れこんだ。
やがて呼吸することも出来なくなっていった。
意識が遠のく中、相賀は砂浜に投げ出された手を見る。
その手は、何かに侵されたようにどす黒く変色していた。
そして女神の元に戻ってきていた。
「ちょっとちょっと。何があったの?」
女神は何が起きているのか分からず、戻ってきた相賀に話を聞く。
「わ、分かりません。突然肺が痛み出したと思ったら全身が動かなくなって……」
「ちょっと待って。今何が起きたのか確認するから」
そういって女神はパソコンを操作する。
そして原因を突き止めた。
「あっちゃー。大変な所に出ちゃったみたいだったねぇ」
「どういうことですか?」
深呼吸をしている相賀に、女神は話しかける。
「今、あなたが転生した世界は、大気中に人間の体に対して猛毒であるトリニトルジクロロアストンという毒ガスが大量に存在する世界だったみたい」
「トリ……、なんですって?」
「トリニトルジクロロアストン、たった0.2mgが皮膚に触れただけで死に至ると言われているものよ」
「そんなものが大気中に大量に存在していたんですか?」
「そうみたいね。つまり、あの世界では生存は不可能よ」
「そんな……、さっき乱数の法則性を理解したとかいってじゃないですか」
「理解……はしていたかもしれないわ。けど、それがちゃんと反映されているとは限らないみたいね」
「ふぅー、ちゃんとやってください」
「もしかして怒ってる?」
「怒ってません」
「怒ってるでしょ?」
「怒ってないです」
そんな押し問答を何回かしたあと、女神はシード値の変更を行う。
「さっきは大気の情報が間違っていたから、それを司る文字列を変更すればいいのよね。そうなると、33文字目のチェットを擦れば大丈夫なはずよ」
女神は、まるで難解なコードを睨み続けるプログラマーのようだ。
こうすること数分。
何とか新しいシード値を作ることに成功した。
「よし、それじゃあ行くわよ」
「今度は大丈夫ですよね?」
「えぇ、今度は大丈夫よ」
「……本当ですか?」
「本当よ。神様である私を信じなさいな」
「僕、神様信じないたちなので」
「目の前に神様がいるんだから、そこは信じなさいよ」
「とにかく、早く転生させてください」
「分かってるわよ」
そういって女神はエンターキーを押す。
また相賀の視界が暗転した。
今度も少しの浮遊感のあと、足が地面につく感覚がする。
視界が安定すると、そこは草原の真ん中であった。
見える場所すべてが低い草で覆われた場所である。
相賀は慎重に空気を吸う。
肺いっぱいに新鮮な空気が入ってきた。
今度は成功したようだ。
「うぉぉぉ!」
相賀は思わず雄たけびをあげる。
それは転生に成功したことを意味していたからだ。
相賀は、今あるサバイバル知識をフル活用する。
まずは水の確保だ。
相賀は草原から移動する。
しかし、草原は地平線の向こうまで続いているようで、いくら移動しても終わりが見えてこない。
相賀は次第に焦りを見せる。
それに汗も噴き出してきている。
「それにしては相当汗が出るなぁ」
相賀はふと、拭った汗を見る。
すると、なぜか汗はピンク色をしていた。
「は?」
相賀は思わず歩くのを止める。
一体自分自身の体に何が起きているのか、さっぱりであったからだ。
それと同時に、自分の息が上がっていることも理解する。
特に走ったわけでもないし、距離もそこまで歩いたわけでもないが、息が荒いのだ。
これは何かあったに違いない。
相賀は原因を突き止めようとする。
しかし、その前に相賀は全身の力が抜ける。
そして、そのまま倒れこんでしまった。
再び浅くなる呼吸。
そのまま相賀は眠るように意識を手放すのであった。
次に気が付いた時には、女神の目前であった。
「大丈夫?」
「大丈夫、ではないですね。何があったんですか?」
「いろいろ調べたら、また大気に問題があったみたいね」
「今度はなんですか?」
「どうやら、人体に有害な細菌やウイルスが大気中に存在していたみたいよ。それのせいで、あなたの体が蝕まれてしまったみたい」
「はぁー……」
相賀は思わず深い溜息をつく。
「本当に大丈夫?少し休憩する?」
「いえ、ちょっと思うところがありまして」
「思うところ?」
「異世界転生、意外と難しいんだなぁ」
相賀は遠い目をして言った。
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