第5話 束の間の休息

 それから数百回ほど転生しただろうか。

 もはや数えることもやめるほど、相賀は転生を繰り返し続けていた。

 根気よく転生しては死に続ける相賀に、女神は一つ提案をする。


「一回休憩しない?」

「休憩ですか?」


 そんなことを言う相賀は、生気がないような顔をしていた。

 目の下にはクマができており、眼は輝きを失っている。

 そんな所に、女神は休憩を提案したのだ。


「休憩って言ったって、ただその辺で横になるだけじゃないですか?」

「そうじゃないわよ。ちょっと待ってて」


 そういって女神は机の引き出しのようなところから、何かを取り出す。

 マウスパッドのようなものを机の上に引く。

 そしてそのパッドの上で手をかざすと、そこから湯気がたったカップが二つ現れる。

 女神はそれを持って、相賀の元に近づく。


「ほら、これ飲みなさい」

「これって……」

「コーヒーよ。ここに来てから何も口にしてないでしょ?」

「言われてみれば……」


 相賀は元の世界で死んでから何も飲み食いしていない。


「でも、なんで何も飲み食いしてないのに、僕は空腹にならないんですか?」

「それは、ここに来た時の状態を維持しているからよ」

「維持、ですか」

「あなたが死ぬたびにここに戻ってくると、元の世界からここにきた時の身体の状態に戻るのよ。記憶は継承しながらね」

「へぇ……」


 そういって相賀はコーヒーを受け取る。

 特に砂糖もミルクも入っていない、ただのブラックコーヒーであるが、しばらくぶりの休憩に相賀はどこか落着きを取り戻していた。

 そのブラックコーヒーを一口すする。

 口の中にコーヒー特有の苦味が広がるが、久しぶりの味のあるものを飲んだ相賀は、自然に涙が出てきていた。


「ちょ、ちょっと!なんで泣いてるのよ?」

「ごめんなさい。なんだか緊張がほぐれたような感じがして……」

「そう、それなら良かったわ」


 そういって女神は微笑む。

 こうして、ひと時の休憩をはさんだところで、再び転生を行う作業に入る。

 ここで、女神は一つの提案をする。


「一回乱数生成をリセットしない?」

「リセットですか?」

「そう、この乱数生成の調整だと限界があるわ。だからここら辺で、一回情報をリセットさせて、新しい乱数で始めるほうが良さそうと思うんだけど、どうかしら?」

「僕は構いませんよ。それでいい感じの世界に転生できるなら」

「それじゃあ、新しい乱数を設定してっと」


 女神はパソコンを操作し、新しい乱数を生成するためのシード値を設定する。

 そして、乱数の生成を始めた。

 相賀の視界は暗転し、新しい世界に転生する。

 すると、どうだろうか。

 今度は相賀の目前に茶色と青色のコントラストがいい感じにマッチングしている惑星が浮かんでいた。

 これぞ、相賀が望んでいた異世界なのかもしれない。

 そんなことをしているうちに、時間切れ窒息死となって女神の元に戻ってきた。


「私も見てたわよ。いい感じの惑星があったじゃない」

「えぇ……。そうですね」

「何よ、テンション低いじゃない」

「そんなんじゃないですよ」

「まさか、また生存できない惑星なんじゃないかって思ってるでしょ?」

「まぁ、思ってますけど」

「とにかく行ってみないと分からないじゃない」


 そういって、女神は乱数を再生成しようとする。


「それじゃ、張り切って行きましょ」

「張り切れませんけど」

「まぁまぁ。そう言わずに、行くわよ」


 そういって女神は乱数を再生成した。

 直後、視界は暗転する。

 すると、体に冷たい何かがまとわりつくような感覚を覚える。

 それと同時に、全身に強烈な痛みが走る。

 相賀は何がなんだか分からないまま、もがき続ける。

 そして、そのまま時間切れとなった。

 女神の元に戻ってきた相賀は、女神に何があったか聞く。


「一体、何があったんですか?」

「どうやら惑星には行けたようなんだけど、座標が間違っていたようで、海面から100m下に転生したみたいね」

「水深100mの所に?」

「えぇ。それに残念なお知らせなんだけど……」

「残念なお知らせ、ですか?」

「あの惑星の海、どうやら塩酸で出来ているようなの」

「海が塩酸……?」


 水以外の液体で構成されている惑星。

 そんな所に転生させられたらたまったものではない。

 そういうわけで、この惑星も残念ながら居住には向いてなかった。

 その後、シード値を変更して再度乱数を生成するということを繰り返すが、残念ながら居住可能な惑星には届きはしなかった。

 その中には、メタンの雨が降るような超極寒の惑星だったり、惑星全体が二酸化炭素で覆われていたり、はたまた大気の密度が小さかったりして、どれも人間が生存していくには不向きな環境であった。

 そのようなことを繰り返すこと十数回。

 いよいよもって、あとがなくなってきた。


「ここまで生存可能な世界がないなんて、思いもしませんでした」

「そうねぇ。確か最初の方に言ったかもしれないけれど、人間が生存可能な惑星が存在する確率なんて、大きな図書館から特定の文字列を抽出してくるより低いわ」

「……その例え、よく分かりません」

「な、何よ!文句でもあるわけ!?」


 女神は、自分の例えに不満を抱いた相賀に反論する。

 二人はコーヒーを飲みながら、しばしの休憩をとっていた。


「しかし、目的の乱数を生成するには、少しデータが足りない気がするわね……」

「そりゃ人間ができるデータ収集なんて、人工知能に比べれば雀の涙みたいなものですし」

「しかし、どうにかして乱数の調整を行いたいところではあるわね」

「けどどうするんです?いくら神様といえども、やれることには限界があるでしょう?」

「いいえ、限界はないわ。だって私神様だから」


 そういうと、女神はパソコンの画面に手をかざす。

 そのまま手を前に押し出した。

 すると、画面に手が吸い込まれていく。

 そのまま肘あたりまで画面の中に手を入れた。


「それじゃあ行くわよぉ」


 女神がそういうと、パソコンから電気がほとばしり始める。

 女神はものすごい勢いで情報の処理を行った。

 そして、手をパソコンから引き抜く。


「分かったわ。この乱数の法則性が!」


 そういった女神の目は何かを確信していた。

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