第14話 好き、の行き先
品川から京急に乗ると羽田空港に着いた。
写真を撮る為に、学生時代色々な空港に行ったから、羽田も勝手知ったる──だった。だから朱夏さんとの待ち合わせに選んだのだ。
空港ならばチケットが無ければ、飛行機には乗れない。
朱夏さんの電車に乗る時間を路線検索で見ながら、自分の羽田到着時間に合わせて、あまり待たずに乗れる飛行機のチケットを探した。
幸い平日だしキャンセルも出ていた為、二枚伊丹までのチケットを確保出来た。
朱夏さんは肩掛けの旅行バックだけ持って、こちらにやって来た。
「宙さん!」
最初手を振ったが、慌てて周りを見回す。
あの気持ち──オレは良く分かった。
いつも通り振る舞いたくても、形の見えない恐怖感から出来ないのだ。
「朱夏さん、大丈夫だから。空の上までは追いかけて来ない」
「そ…そうだよね」
「先輩もT-4に乗って来たそうだった」
「それ、前に雫ちゃんも言ってた」
「荷物それだけなら、機内持ち込みにしよう。時間のロスが少ない」
そう話しながら、航空会社のカウンターに向かう。
「宙さん、本当にありがとう。でも良いの?この前宙さん殴られたりして、迷惑かけちゃったのに」
「迷惑じゃないから。オレ、雨木先輩に航学時代、恩がある。先輩は忘れてるみたいだけど。だから朱夏さんの役に立つなら、それは雨木先輩を助けることになるから」
本心だった。
「実家の旅館は人の出入りは母が一括して見てるし、安心して任せて欲しい」
朱夏さんはようやくホッとした感じで、笑ってくれた。
不謹慎かもしれないが、雨木先輩が彼女を幼馴染以上に見ている理由は良く分かる。
朱夏さんの笑顔を見ると、こちらも明るくなる。雨木先輩に似ているかもしれない。
京都の実家に着くと、母は裏口から自分たちを通して、旅館の奥にあたる小部屋に朱夏さんを通した。
住み込みの中居さんはいなくなったが、昔は何人かいた。彼女たちが使っていた部屋だった。
「こんな部屋ですまないけど、この部屋なら来るのに、台所や帳場を通らないと来れないから、安全やと思う」
嫁いで来てから、40年以上この旅館で女将をやってる母は自信満々だったが、却ってそれも朱夏さんを安心させる要素になったようだった。
しばらくして部屋を見てみたら、朱夏さんは机に凭れて眠っていた。
きっと不安が大きくて、ずっと眠れなかったんだろう。
雨木先輩に無事到着したとメールで伝え、母にもう少し詳しい事情を話した。
自分が中学の時の騒ぎも、母は良く分かってただけに、今回の事も理解が早かった。
「ホンマ、しょうもない話やけど。──まあ、あんまり他人(ひと)に興味ない宙が守りたくなるような、可愛いお嬢さんなのは分かるけどなぁ」
「そんなんやない。大事な恩人の彼女や」
「あら、そーなん?相変わらず甲斐性ナシやな」
「余計なこと言うなや、お母ちゃん」
母はやはり遠慮がない。
あまり余計な気を朱夏さんに使わせたくなかったが、母には敵わなかった。
朱夏さんを京都に置いて、今度は伊丹から仙台までの便で基地に戻った。
戻るとすぐに松島基地航空祭だ。
今度こそ、きちんとナレーションをしないとまた隊長や総括班長から呼び出されてしまう。
雨木先輩は今回からフライトだったが、前日は何故かブリーフィングルームでてるてる坊主を幾つも作成していた。
確かに夕立で基地周囲、大雨が降っていたが明日には止むだろうと思えた。
外を見ると格納庫から走ってくる皐月三曹を見かけた。
またアイツ余計な点検してたのかな。
いっそこっちに来て、一緒にてるてる坊主を作れば良いのに。
その方が先輩は分かりやすく喜ぶだろう。
玄関でタオルを持って立ってたら、皐月三曹はかなり濡れていた。
「か、川嶋二尉。な、何ですか?」
「コレ。頭拭けば。また余計な点検してただろ」
「余計ではありません。整備はやるだけやっても、それでも足りない事もあります。その時自分に言い訳したくありませんし、大事な──チームの方々に何かあって欲しくないです。だから『余計な』点検ではないです。それがわたしの一番の希望です」
「…なるほど。分かってるんだ」
皐月三曹の今までの過剰な整備や装備品のチェックは、決して見返りを求めていないものだったのか。
「雨木二尉にそんな気持ちの負担は、かけたくないです。足代三佐には『RAINくんには多少プレッシャーかけても大丈夫』って言われましたけど。それじゃ、わたしが納得いきません」
今まで誤解していた。
皐月三曹はただ好きな人に、無事に飛んで欲しいだけだったんだ。
「悪かった」
「え?」
「今まで、アンタの事誤解してた」
「……」
「明日、ブルーのフライト、動画撮って貰えないか?」
「え?」
「朱夏さん──知ってるよな?」
「はい、ラインIDも知っています」
「動画送って欲しいんだ。来たがってたけど、来れないから」
「分かりました。川嶋二尉は何故朱夏さんを知っ…」
「早く拭いとけよ。じゃあ」
これ以上話してると、余計なことを話してしまいそうだった。
朱夏さんの笑顔…いつか心からの笑顔を見れるだろうか?
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