第12話 共同作戦開始

「雨木先輩!」

訓練が全て終了し、ブルーの格納庫から出た時宙に呼び止められた。

「先輩、昼にオレのラインに来てたんですが」

いつも涼しい顔の宙だが、今日は少し違っていた。

「朱夏さん、住んでる部屋の場所突き止められたとかで、アパートに近付けなくて、今ホテル暮らしらしいです」

「──!」

「ヤバくないですか?」

宙の表情はかなり緊張していた。

「オレ、明日から夏休み入るんです。たった3日だけど──その、先輩の代わりにはとてもならないとは思うけど、東京に行って来ようかと」

俺の休みは8月末の、松島基地航空祭が終わってからになる。

本当なら自分が行きたい。

そうは思ったが、自分が行って何が出来るかと言うと、大した対策は思いつかなかった。

朱夏は何故俺に知らせず、宙に知らせたんだろう。

一つだけ思い当たった。

多分この一件では宙も似たような経験があり、朱夏の立場や気持ちを思いやる事が出来るからではないだろうか?

少ない時間で、少しでも効率の良い方法で朱夏を守るならば、宙が行った方がいい。

「今夜朱夏に電話するから、お前も付き合え」

「分かりました」

宙も真剣な顔で頷いた。



『雫ちゃん!』

声をひそめて話す朱夏の声は緊迫していた。

夜、休憩室から宙に立ち会って貰って、朱夏に電話をかけた。

「大丈夫か?今、何処にいるんだ?」

『都内怖いから、横浜のシティホテルに移動したの。どうやらブルーインパルスの記事に名前が載ったのが、マズかったみたい。それで会社に打ち合わせに行った所から、後をつけられたみたいで。この前宙さんが間に入って止めてくれてから、しばらく音沙汰なかったから油断してた』

「マメに連絡取ろう。毎晩この時間なら大丈夫だから。昼間はなるべく人の多い所にいるのが良いだろう。あと、明日宙がそっちに行く」

『え?宙さんが?』

「コイツ明日から夏休みなんだ。本当は京都が実家なんだけど、東京に行くって言ってくれたから」

しばらく朱夏から、返答がなかった。

『──そんなの、申し訳なさ過ぎるよ』

「朱夏…」

すると向かいに座っていた宙が、スマホを渡すようジェスチャーした。

スマホを受け取ると、宙はまるでフライト前の確認の時のような声で答えた。

「朱夏さん、こんばんは。朱夏さんは何も考えなくて良いから、オレを雨木先輩だと思って頼って欲しい。これから雨木先輩と作戦考えてから行くから、朱夏さんは危ない時は、すぐに警察にでも飛び込めるようにして」

『は、…はい』

宙の勢いに朱夏は押されるように、返事をした。

「明日羽田空港まで来ませんか?オレ、新幹線で東京まで、そこから羽田まで行きます。横浜から羽田なら京急で一本でしょう。空港なら人目も多いし、空港警察もあるし」

『分かりました。後で宙さんが乗る新幹線の時間、ライン下さい。雫ちゃん、宙さん、本当にありがとう』

「朱夏、不安だったら夜中でも良いから電話しろよ」

『…うん』

電話を切ると、早速宙に礼を言った。

「ありがとう、宙。お前のお陰で朱夏もこちらの提案受け入れてくれた。せっかくの休みに悪いけど」

「いえ…雨木先輩の役に立てるなら」

宙は照れたように微笑った。

コイツって、随分不器用なんだな。

──そう言う意味では、整備士の皐月三曹と良く似ている。

総括班長から「川嶋を頼むな」と肩を叩かれた事があったが、宙もちゃんと真っ正面から話せば、普段の無愛想さが嘘のように見える。

今まで見た目に惑わされてたんじゃないだろうか?色々な大切なことを見逃していたような気がする。

「それで──先輩、どうしたらいいと思いますか。警察は事件にならないとアテにはならないんです。自分の時もそうでした。ただ後つけてるだけだと、なかなか取り合ってくれない。接近禁止命令出てても、来て何かあってからじゃ遅いし」

「──まず、ウチのお袋に電話かけてみる。俺は…分からなかったけど、お袋なら朱夏の親の事、知ってる事もあるかもしれない。後はーー東京の募集事務所に一人元弁護士だった人がいるから、その人に聞いてみようかと」

「弁護士?」

「朱夏次第だし状況にもよるけど、逃げるばかりでなく攻めに出るのは…どうかな?」

「確かに、逃げ回るよりは心理的に楽かもしれませんが。それで──朱夏さんなんですけど、もし迷惑じゃなければ、羽田から、そのまま大阪に飛んで京都のオレの実家に預けて来ようかと。一時期だけでも逃げる場所いるでしょう?」

「お前の実家って大丈夫なのか?」

「ウチ、京都の割合古い旅館なんです。伏見の方なんだけど。人の出入り多いけど、地元のネットワーク強いから簡単に余所者はうろつけないし、事情話せば母は承知してくれるかと」

「成る程。じゃあ、お互いに実家に電話だな。後でまた」

1時間後、また休憩室で会う事にして、宙と別れた。



母から聞いた話では全ては見えなかったが、当時子供だった自分の目から見えていた事実よりは、内容は深刻だった。

あの拡散力のある母が今まで黙っていたのは、偏に朱夏の将来を考えたからだが、宙が以前怪しんでいた通り、朱夏と朱夏の父親には血の繋がりがなかった。

「わたしも朱夏ちゃんのお母さんが離婚した後に、偶然会って知ったのよ。朱夏ちゃんのお母さんの、前のご主人との間のお子さんだったのね。朱夏ちゃんのお母さん、貴方たちが小学生の頃心臓悪くしてて、入院したりもしてたから、ウチで朱夏ちゃん預かったりもしてたわ。ご主人と二人きりに出来ないからと言って」

「そう言えば夏休みにずっとウチに来てた事が…」

では何故、朱夏の父親ーー義父は朱夏につきまとうのだろうか?

嫌な予感がした。

朱夏は今、実母の筈の母親とも連絡を取っていないと話していた。

宙に話すと、宙は頷いて言った。

「そんな事だと思った。アレは父親が娘を見る目じゃなかった。まるで獲物か何か見るような目で『父親がこうして会いに来たんだ』なんて、まともじゃない」

「──宙、俺、自分が行けなくて本当にもどかしいけど、朱夏の事は全部任せる。俺は俺の出来る事をするから」

「分かりました。ウチの方はOKなんで。いつも人手不足だから、手伝ってくれるなら歓迎だそうです」

朱夏もその方が気を遣わなくて良いだろう。

「お前、行動予定の申請書書いてけ。俺が出しとく」

「ありがとうございます」

もう夜の10時を回っていた。

まずは明日の準備をして寝ることにした。



翌朝早く、宙は矢本の駅から仙台に向かった。

残される身は辛いものがあったが、朱夏の身の安全は任せて欲しいと言っていた宙を信じる事にした。

「雨木二尉!」

背後から声をかけられ、ハッとした。

いけない、秋の入間基地航空祭を最後に足代三佐がラストフライトになる。

そろそろ自分がORとして、前席に座る日が近づいて来ていた。

ウォークダウンの訓練中だった。

終わった後、皐月三曹がタオルを持って来てくれた。

「雨木二尉、もしかして体調が良くないですか?実は今朝川嶋二尉から『雨木先輩の様子、気をつけて欲しい』って言われてたんです」

「いや…ごめん。大丈夫。少し心配事があるだけだから」

宙の冷静さに少し驚いた。

俺の心配までしてるとは。

俺がしっかりしなくて、どうする。

西の方に向かい、祈るような気持ちだった。

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