第9話 イケメンの事情

休暇が終わり松島に帰ると、休憩時間に川嶋二尉を捕まえた。川嶋二尉は時間があるとロードワークに出てしまう為、意外と話しかける隙がない。

「あ…あのさ」

まず朱夏が自分の幼馴染である事を説明し、助けてくれた事に礼を述べた。

「…別に。当たり前の事をしただけです」

綺麗な顔立ちで、こんな風にすました表情をされてしまうと、取り付く島もない。

「いや──殴られたって聞いた。俺も朱夏のオヤジさんの事、初めて聞いたんだけど、本当にアイツ困ってたみたいだから、助かった」

「……オレ、ああ言うの大嫌いなんで。付きまとわれるの困るって言うの、多分見た目以上にダメージあるから、女子ならもっと厳しいんじゃないかと思ったから」

まるで自分もストーカーに遭った事があるような言い分だ。

「川嶋二尉もそんな事が?」

「先輩、まどろっこしいから『宙』で良いです。先輩は聞いてませんか?オレ、那覇で付きまとわれて危うくF転になりかけたんです。もしかしたらP免か免職だったかも」

F転は機体の名前にFが付く戦闘機のパイロットから、輸送機や回転翼など他種の機体のパイロットになる事。P免はパイロット免許停止──事実上パイロットを辞める事になる。

かなり厳しい処分だ。

知らなかった…。

確かに彼程イケメンだったら、ありそうな話だ。

「隊の先輩に誘われて、付き合いで合コンに行ったんですが、一度話しかけただけの人に、何か勘違いされたらしくて。オレ中学から男子校だったし、女子と話すの苦手だから、どうしたら良いか分からなかった。どう言う訳か独身用の官舎に潜り込んで待ち伏せされてて、警察沙汰になったんですが、彼方が『連れ込んだのはオレ』だって主張したからややこしくなって」

「ひどいな」

「警察も女性の被害の方を信じる傾向があるから、オレが疑われたんです。当時の隊長が『コイツは最初の合コンで女口説ける程、器用じゃありません』って庇ってくれなかったら、危なかったです。今回松島に異動になったのも、那覇から離れた場所に赴任させる為だと思ってました」

流石にその理由で5番機のパイロットにはならないだろう。

それにしても、朱夏と言い宙と言い、人よりも優れている事が、人から被害を受け、それを信じて貰えない原因になるとは思わなかった。

「宙、嫌な事話させて悪かった。でも本当に朱夏を守ってくれて、ありがとう」

「こちらこそ、つまらない話聞かせてすみませんでした。でも雨木先輩なら信頼できるから」

アレ?宙、今微笑ったか?

「朱夏さんからもメッセンジャーから、お礼が来てました。あの日偶々祐天寺に住んでる友達んちに泊まりに行って、帰りによく行く店に服買いに行ってたんです。助かったなら良かった。アレ、本当に父親なんですか?朱夏さんとは似てなかったけど」

「……俺が知ってる範囲では、そうだけど」

子供の頃から朱夏を可愛がっていたように、俺には見えていた。

「気を付けた方が良いっす。ああいうヤツって諦めが悪いから」

今の朱夏の状況を考えると、宙の言葉にはかなり重みがあった。

「失礼します」

走る準備をしていた宙は、会釈をすると行ってしまった。



7月に入ると、北海道新幹線の全線開通記念行事があり、ブルーも展示飛行をする事になった。

すぐに千歳の航空祭もある為、なかなかハードスケジュールだ。

2010年代から将来必ず来ると言われていた少子化の影響で、自衛隊では陸も海も空も、人員確保の為に広報はかなり工夫を凝らし必死だった。

ゴールデンタイムの番組の取材を受け、ニュースでも取り上げて貰い、自衛隊をメインにしたドラマや映画も放映された。

かく言う自分もテレビの特番でやっていた、航空機の特集を見て、当時カメラ好きだった父にねだって、航空祭に連れて行って貰ったのだ。

既にT-4が使用機体となって34年になるが、まだまだ現役でアクロバット飛行を行っている。

それはあくまで保安の為にある自衛隊と言う組織をアピールする為にも、戦闘機ではなく訓練機で、安全面が確保されている機体を使用すると言う目的にも叶っていると自分は考えていた。

俺は5月の静浜基地の航空祭で、ナレーションを担当したが、千歳でもナレーションが回って来た。

何故なら本来なら当番だった宙の、ナレーションの仕上がりが余りにも悪く、隊長と総括班長の両方からダメ出しが出たからだ。

次の石巻川開きのお祭りまでに、宙のナレーションの訓練まで担当する事になってしまった。

「川嶋は俺の話は聞かないが、お前の話なら聞くから」

溜息吐きながら、後藤二佐が言った。

いつも天候の事で後藤二佐には、何やら気を揉ませているので、仕方なく引き受けた。



案の定、と言うか千歳基地航空祭の午前中の天気はじっとり肌の濡れるような雨だった。

「気象隊の予報だと13時半くらいに少し晴れ間が見えるらしい。だからいつでも飛べるように待機しておけ」

隊長から指示が出て、各々準備を始めた。

天候の予測に気象衛星と連動して、パソコンからかなり正確な予報が出来るようになったが、気象隊に時々いる歴戦の経験を持った隊員は、ネットから出ないような予報を偶に引き当てることもあるようだ。

ほんの僅かな雲の切れ間を縫って、ブルーが飛ぶ事は良くあった。

ターミナルビルを出ると、そこには何と朱夏がいた。

ここは北海道だ。

今日来るとは聞いてない。

一緒にいるのはーー青いパイロットスーツを着た宙だった。

二人で何やら話している。

別に遠慮する必要はなかったが、ターミナルビルの玄関から、中に引き返してしまった。

二人が並んでいる所を見るのが、何故か辛かった。

二人が話していたっておかしくはない。

あの事件から、どうやらSNSを通じて繋がっていたようだし、朱夏にしてみればかなり危険な所を救った、宙は恩人なのだから。

しかし、身長が184cmあり見た目は誰が見てもイケメンな宙と、やはり女子にしては背が高く、スタイルの良い可愛らしいタイプの顔立ちの朱夏が並んでいると──どう見ても似合いのカップルに見えた。

自分と朱夏は、一度デートしただけの幼馴染。

異議を唱えられる立場にはない。

午後にあのテンションの高いナレーションが出来るか、不安になってしまった。

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