第7話 優しさは武器か?
オレ、川嶋宙が松島のブルーチームへの内示を受けたのは、異動予定のたった20日前だった。
2週間前に異動の告知なんて、ザラに聞く話だから、別に驚きはないが、自分の年齢でブルーへの異動は絶対にないと思っていたから、内心結構驚いた。
正直、幾ら教育隊時代にT-4に乗るとは言え、F-35に乗ってからの再度T-4は辛いものがある。
予め上からのお伺いがあったなら、断っていたかもしれない。
しかし今回は上からの絶対的なお達しとかで、自分に発言権がなかった。文句を言える立場でもないから、大人しく荷物をまとめ引き継ぎをして松島に向かった。
那覇から松島。
5月でもかなり気温差がありそうだ。
今は大分改善したものの、子供の頃から喘息持ちだった為、母が大層心配したが年中天候不良の小松や、北の果ての千歳に行く事を考えたら良いかもしれない。
ブルーチームはかなり忙しいが、年間スケジュールは決まっており、スクランブルはない。
そして今ブルーチームには、自分の尊敬する先輩が、一人先に異動していた筈だ。
──雨木雫二尉。
性格的に優し過ぎるのか、航空学校でも周りに慕われ過ぎて、しょっちゅういじられていた。
京都弁が抜けなくて、喋ると「舞妓」と揶揄われるのが嫌であまり話さないでいたら、随分気を遣って、毎朝声をかけてくれていた。
フライトテクニックも安定していて、ギリギリ追い詰めないと実力が出ない自分とは大違いだ。
彼のフライトをまた側で見られる日々が来るのは、結構楽しみではあった。
異動してみて気が付いたのは、松島は大層のんびりした雰囲気だった事だ。
那覇が慌し過ぎたのだが、地元住民とも震災を共に越えた信頼関係があり、駅前の食堂などでも「パイロットさん?ブルーの人?ブルーじゃない方の人?」などと気さくに聞かれ、居心地が良かった。
チーム内もやはりテクニックのある先輩ばかりだから、勉強になる事が多くじきに馴染む事が出来た。
雨木先輩は相変わらず、誰にでも愛想良く誰にでも優しく、そしてチーム全員からいじられていた。
今では同じ4番機の整備士、皐月由奈三曹との関係で盛り上がっていたが、話を聞いてみたところ、どうも倒れた皐月三曹を雨木先輩が介抱しただけのことらしい。あの人の事だから、なりふり構わなかったんだろうけど、全くいつも損な役割だ。
しかも皐月三曹もその噂をはっきり否定しておらず、こう言う事で女性ばかり庇われるのは、不平等だなと感じ、自分としては少々不愉快ではあった。
尤も異動したばかりで態度に出す訳にも行かないから、見ないフリをしていた。
梅雨に入り雨ばかり続いた後の晴れた日、格納庫に行ってみたら、皐月三曹が何故か一人で作業をしていた。
アレは、雨木先輩のヘルメット…。
丁寧に磨いて点検しているが、皐月三曹の仕事なのだろうか?
「それ、雨木先輩のだろ?」
一心不乱に磨いていたのか、オレが近づいたのに気が付かなかったらしい。
顔が真っ赤だった。
「……」
「……」
しばらく互いに顔を見合わせてしまった。
こう言う時、何と声を掛けたら正解なのか分かる人がいるなら、教えて欲しい。
とりあえず決まりは決まりだからと思い、注意だけでもしておこうかと思った。
「装備は装備のチームがいるだろ。勝手に人の仕事に手、出すなよ。それに勝手にそう言うの、あの人には迷惑かもしれないだろ」
すると赤い顔だった皐月三曹が、今度は真っ青になって俯いたが、キッと顔を上げると言い返して来た。
「め、め、迷惑だって、そんな事良く分かってます!川嶋二尉に言われなくてもーーすみませんでした。ご忠告ありがとうございます。失礼致します!」
飛び跳ねるようにして、雨木先輩のヘルメットを掴むと行ってしまった。
すると5分程経って、後から何と雨木先輩がやって来た。
「何があったんだ?」
雨木先輩は少々シビアな声音で、声をかけて来た。
「別に、先輩が気にするような事じゃないです」
「いや、それは──」
皐月三曹が何か言ったのだろうか?
自分は女性一般との、こう言う情のやり取りが苦手で那覇でも一度問題になってしまった。
出来る限りの努力をしているのだが、どうしても上手く行かない。
大抵は「貴方に何が分かるの?!」とキレられてしまう。
「誤解も何も…。皐月は紅一点だし、色々男ばかりの中で気使ってんだから、少しは遠慮してやれよ。大体お前より隊の中では先輩だぞ」
雨木先輩は少し呆れ声だった。
「変に思い込んで、仕事増やしてるから注意しただけです」
嘘は言ってない。
「は?」
ただ先輩は、皐月三曹の個人的な気持ちには全く気が付いていないようだ。
それは皐月三曹も知っているようではあった。
「先輩、細かく気がつくようでいて、意外とヌケてますよね」
溜息吐きたくなった。
全部説明したら、皐月三曹が気まずい思いをするだろう。しかし此処で説明しなかったら、オレはかなり誤解されそうだ。
──結局自分を犠牲にすることにした。
流石に雨木先輩に誤解されるのは辛く、時間いっぱいロードワークに費やして、忘れる事にした。
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