第5話 どんな縁だ
「RAINくん、何か色々噂になってるけど、何処まで本当〜?」
フライト中、突然前席から声をかけられた。
足代三佐は独特のトボけた調子で聞くので、何の話だか最初全く分からなかった。
「…噂ってなんの噂ですか?」
まさか先日飛んだ熊谷基地のフライトで、午前中雨模様だったのが俺のせいとか?
「あー、やっぱ渦中の二人は全く分かってない訳ね。そうだと思った。RAINくん、あまりに普段通りだし、皐月三曹はいつものハリネズミの針が30%長くなってて、それは通常運転て感じだったから」
「俺──と、皐月三曹っすか?」
「うん」
1番機の排気口からバシュっと、キャノピーに排気の煙がかかり気持ち咳込みたくなる所をグッと堪えた。
「…皐月三曹は非常に腕の良い整備士だと、自分は思っていますが」
「そう言う話じゃなくてさ、…だって基地内、お姫様抱っこで半周したって言うじゃない」
「えーー!?」
『うるさい!雨木!!無線で叫ぶな』
すかさず隊長機から無線で怒鳴られた。
──って事は、今の会話は全機にオンだった訳か?
「隊長命令でねー」
と、全く油断のならない足代三佐の声音はにこやかだ。
「違います!アレはロードワークに出てたら、皐月三曹に俺のペースに合わさせちゃったみたいで、倒れちゃったから、救護室に運んだだけです」
「隊長〜、まだデマみたいです。トボけられる程RAINはガード固くないんで」
『了解。続きは地上で』
まるでミッションの打ち合わせの内容を確認するかのように、隊長機から無線が入った。
「……」
『Smoke on』
視界が白くなり、世界は逆さまになった。
地上に降りると、何だかチーム全員の視線が痛かった。
ポンと肩を叩いたのは5番のORの萩原一尉で、以前彼が新田原にいた頃から憧れの先輩だったパイロットだ。
「まあ、俺たち見守る事にするから。大変だと思うけど、頑張れよ」
ち、違う!
フラれたけど彼女はいたし、こんな噂皐月三曹にだって迷惑な筈だ。
「俺、もうすぐラストフライトだから、お前も後輩が出来るな。まあ、面倒見良いみたいだし、よろしく頼むよ」
「え、でも俺より階級の上の方が来るのでは」
何せリードソロの5番機だし。
「それが俺の後から来るの、今年ようやく二尉になるらしくて、誕生日が12月とかでまだ24だって聞いた」
「え?!」
それは初めて聞いた。
そもそも5番機は隊長機の次に責任の重いポジションで、若手のパイロットが来る事はほぼ無い。
「広報の上がゴリ押ししたらしいよ。近年ミリタリーファンにはF-35が人気出すぎちゃって、ブルーは今ひとつなんだよね。でも一般にはやっぱ認知度高いし、広報としてはそれが筋道でしょ。だからミーハー受けする話題を作ろうって事じゃないかな。RAINは、川嶋宙(かわしまそら)って知ってる?」
「──!」
知っていた。
川嶋宙は航空学校の一年後輩で、京都出身。伏見の撃墜王とか、変な二つ名が付いてた。
腕は確かだ。
確か航学通ってる間、成績トップを走り続けて彼が在学中は譲らなかったと聞く。
「そうか、噂通りなんだな。俺は知らないんだけど、そう言う奴って反発も強いんだけど、RAINなら得意でしょう。そう言うの手懐けるの」
「え?」
「皐月三曹って山椒は小粒を通り越して、かなりハバネロなのに、お姫様抱っことか。なかなか度胸あるよな」
「あ、あ、あれは!」
まあまあと手を振って、萩原一尉は行ってしまった。
先日、自分としては人命救助したに過ぎないのに、一体どんな噂になってるのか。
確認するのも空恐ろしい展開だった。
夜の空き時間に、久しぶりに朱夏に電話した。朱夏のこだわりない笑い声は、今の自分のメンタルには大層助けになった。
「そう言えばね、わたし5月半ばの平日に松島基地見学に行くことになったよ」
「へえ?何でまた」
「わたし、副業で情報誌のブログ記事のライターもしてるんだけど、今度ブルーインパルスの特集組むことになった訳。それで広報室に取材申し込んでみたら、基地見学のツアーがあるから、その時ならブルーチームの人にインタビューもして良いって言われて。だからわたし、4番機のパイロットと整備士をって、指名したんだ」
「…知らなかった」
「一昨日決まったばっかりだから」
朱夏の声は楽しげだった。
「4番機の整備って今女性なんでしょう?」
「…女性」
確かに皐月三曹は見た目、背は小さめではあるが、その辺りにはなかなか居ないくらい美人ではある。
しかし隊内でも『ハリネズミ』とか『ハバネロ』とか言われている人物である。
彼女のルックスと性格には、ショートケーキだと思ったら、間にワサビ特盛だったくらいのギャップがある。
果たして能天気な性格の朱夏と、会話が成り立つんだろうか?
インタビューなんて皐月三曹は嫌がりそうだよなぁと、朱夏にかける言葉がなかった。
「今月はあとフライト何処であるの?」
「4月は熊谷だけだけど、GWに横浜の催事で飛ぶよ」
「そっか!雫ちゃんも操縦するの?」
「俺はまだ後ろか地上で手伝いかな。5月の静浜はナレーションするけど」
「へえー!あれって専門の隊員さんがいる訳じゃないんだ」
「違うよ。まだTR…トレーニング中のパイロットがやるんだよ」
「面白いね。松島行ったら色々聞かせて」
朱夏は、今している仕事の話をあれこれすると「おやすみー!」と、明るく電話を切った。
「雨木二尉!」
いきなり大きめの声で呼び止められて、びっくりして振り向いた。
振り向くとそこにいたのは、皐月三曹だった。
此処は食堂で、今は丁度昼休みである。
一瞬ざわりと皆の視線が集まるのが分かった。
そして見回すとすぐ逸らされたが、じっと息をひそめて見ないフリして、注目されているのが分かる。
「……あー、皐月三曹」
「はい」
「ちょっと来て!」
無理矢理、皐月三曹の腕を引き、食堂を出た。
外に出た。
ブルーの格納庫の脇まで来た。
ここまで来れば、あの見てないようで皆んなが見てる視線から逃れられるか?
「……用事は何?」
聞くと、皐月三曹は真っ赤になって俯いていた顔を、深呼吸してから上げた。
「す、す、す、すみませんでした!」
皐月三曹は深々と綺麗なお辞儀をした。
先に謝まられてしまった。
アレ以来、基地内の注目度が高過ぎて、声もかけられなかったのである。
「いや……皐月三曹こそ、迷惑だったろう?本当に俺こそデリカシーに欠けてた。あの時一刻でも早く運ばなきゃと思って、自分で運んじゃったんだけど、救護室にスマホから電話して、担架を持って来て貰うべきだった」
皐月三曹は下げていた頭を、ゆっくり上げた。
「………ます」
「え?」
「違います」
猫のような、キリっとした眦の大きな目がこちらを見上げていた。
「雨木二尉は間違ってません。わたしだって同じアクシデントがあったら、同じ判断をしました。ただ──わたしじゃ雨木二尉を運ぶことは不可能だから、結局担架を持って来て貰うことになったと思いますが」
何で俺が倒れる設定なのかは置いておいて、皐月三曹の真っ直ぐな気持ちは良く分かった。
「……うん。ありがとう」
「い、いいえ!こちらこそありがとうございました。助けて頂いたのに、お礼も言わずすみませんでした」
「──?!」
まだ頬が赤かったが、皐月三曹は笑顔だった。
初めて見た。
いや笑顔、と言うにはちょっと固いかもしれないが。
皐月三曹はペコリと頭をもう一度下げると、くるりと振り向いて行ってしまった。
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