第6話「複雑に絡み合う」
「本当ですか!?やったぁ!」
教室に琥珀の明るい声が響く。
「ち、ちょっとだけ...だよ?お店の時は、行けないけど」
「いいですよ!フーちゃんが入ってくれるって言ってくれただけでも嬉しいです!」
私は琥珀と仲直りした後、自分なりに考えて美術部に入ってみようと決めた。祖母に言ったら、
「美術部?いいじゃない!お店のことは心配しないで楽しんでらっしゃい」
と言ってくれた。
早速今日の夕方、私は琥珀と一緒に美術部へと赴いた。
「橘さん!来てくれてありがとう!」
部室へ入ると七瀬先輩のハグとともに迎えられた。
「うぅ...くるしぃ...」
先輩の豊満な胸の膨らみに顔が押し潰される。
「あはは、ごめんごめんつい嬉しくて」
「部長!はやく今日の部活始めましょう!」
「そうね、とりあえず琥珀さんは橘さんに準備のやり方を教えてあげて」
「はい!」
私は琥珀に準備室での道具の場所や使い方を教えてもらった。
「とりあえず今日はデッサンをしてもらおうかな。と言ってもこの間の絵を見る限り、細かい所まで描けると思うからそこに用意した花瓶を描いてみましょう」
七瀬先輩が用意したのは花柄の花瓶、見た感じ初心者が描くには少し複雑そうな柄だ。
たっぷりと時間をかけて1時間かけて私たちはデッサンをした。その間は鉛筆の心地よい音だけが教室内に自然のBGMとして流れていた。
「よし、できた」
私はひとつ頷いて鉛筆を置いた。七瀬先輩と琥珀はまだ終わっていない様子。手の動きを見るに細かいところを描いているのだろう。
(七瀬先輩って、綺麗な人だなぁ)
横顔から見える真剣な表情は見惚れてしまうほどの美しさ。私が見つめていると視線を感じたのかこちらに目を向けた。私はハッとすぐに視線を逸らし顔を赤らめる。先輩はというとくすくすと面白そうに小さく笑って鉛筆を置いた。
「できましたー!」
琥珀も描き終わり背伸びをする。
「じゃあできた絵を見せ合いましょうか、そしてお互いに良いところと悪いと思ったところを出しましょう」
私達は机に絵を広げるとそれぞれの意見交換を始めた。ただ私は絵に関する知識など皆無なので基本的に2人の話を聞いているだけだった。
「橘さんは、とても上手だけど全体的に絵が暗いわね。もう少し光を入れて明るくしたら見た目がもっと良くなるわよ」
「な、なるほど...全体的に明るくする...」
「橘さんも思ったことがあれば遠慮なく聞いていいからね、分からないことでも全然構わないわ」
わからないことなら山ほどある。けれどありすぎてどこから聞いていいのかがわからなくて発言しにくい。
結局私は特に何も言わないまま片付けに入り、今日の部活は終わりとなった。
「2人とも、この後時間あるかしら?」
部室を出て鍵をかけていると七瀬先輩が口を開いた。
「わ、私は、あまり遅くならなければ、大丈夫と...思います」
「私も大丈夫です!」
「良かったー、なら親睦会も兼ねて3人で駅前のケーキ屋さんに行かない?」
私の好きなケーキの置いている店だ、ぜひ行きたいが財布事情が怪しい。
「やったー!行きましょう行きましょう!」
「え、えっと...お金、ちょっと厳しいかも...」
「今日は私の奢りでいいわよ。後輩に出させるわけにはいかないわ」
「い、いえそんな!」
「いいからいいから、早く行かないと閉まっちゃうから行くわよー」
先輩に引っ張られる形で私達はケーキを食べに行った。結局先輩に奢ってもらい帰りにシュークリームまで貰ってしまった。
帰り道、琥珀だけ別の方向だったので私は七瀬先輩と2人で海辺の道を歩いていた。
「先輩、今日は...ありがとうございました」
「いいのよ、気にしないで。橘さんは今日の部活楽しかった?」
私は小さく頷いた。緊張したが絵を描いている時は静かでとても楽しい時間だと思った。
「なら良かったわ、橘さんあまり喋る方じゃ無いから心配してたのよ」
「す、すみません...人と会話するのは、苦手なので」
「わかるわ、私も人前に出るとつい緊張しちゃうのよね」
頭を掻きながら笑う。完璧そうに見えるから慣れているものだと思っていた。
「あの、先輩は...なんで生徒会なのに、美術部、なんですか?」
少し気になっていたので聞いてみた。生徒会と部活の両立は大変そうだ。しかも生徒会長で部長となると尚更だろう。
「それはね、絵を描いていると忘れられるからよ。めんどくさいことも、嫌な事も全部。もちろんそれで無くなるわけじゃないけど、少なくともその時間だけでも気分転換になるからね。ただ予想外だったのは昨年から部員が私一人になっちゃったことね」
「そ、そういえば、今日も私たち3人だけだった...他には、いないんですか?」
「それがね、私が入った時には結構な数がいたんだけど、1年の後半に3年生が引退した後、その時所属していた私ともう1人の子と1つ上の先輩5人の計7人のうち、私と先輩1人以外の5人が辞めるって事件があったの」
「えっ...!?」
「何があったかは...今は言えないわ。それからはたった2人で活動していたんだけど、その先輩も引退して昨年の後半は私一人ぼっちだったの」
先輩は近くのベンチに座り、私も横に腰掛けた。
「先輩は、辞めようとは、思わなかったんですか?」
「思わなかったわ」
七瀬先輩はきっぱりと言い切った。
「1人になった頃、生徒会長になって生徒会の仕事で忙しい時期があったからね、その息抜きをする場所がないと私はイライラでどうにかなりそうだった。みんなや親の期待を背負って、男子からはこの容姿のせいでジロジロ見られて!」
だんだん先輩の言葉に怒気が帯びているように感じた。表情も泣いているような顔をしている。
「だから!私には逃げる場所がほしかったの!少しでも1人になれる時間が...!」
そこで先輩はハッとなり涙を拭った。
「ご、ごめんなさい!私、つい私情のことまで...!」
「だ、大丈夫、ですよ...辛い時は、誰にだってあります」
「橘さん、ありがとうございます」
先輩はにっこりと笑うがどこか陰りのある表情だった。そんな先輩に私は、かける言葉が見つからなかった。
灰色の虹 御影カガリ @KagariVtuber293
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