第5話「しつこいよ...」

「う、上手い......」

「凄いです!橘さん上手!」

七瀬先輩と琥珀が私の描いた絵を見て絶賛する。絵なんて初めて描いた上に人に見られるとなるとかなり恥ずかしい。

「あ...あんまり見ないで...恥ずかしい、です」

「いやいや橘さん本当に初心者なんですか!?コンクールで上位狙えますよ!」

「モノクロの絵でこんなに味のある絵見たことないわ...」

ちょっと褒めすぎではないだろうか。そもそも私は見たままを描いただけだ、私にとっては無機質な絵にしか見えない。

「橘さん、良かったら明日も来ない?また貴女の絵を見てみたいわ」

「い、いえ...その...」

「あ、ごめんなさいね、他に興味のある部活あるわよね」

「いえ、そういう訳では...無いのですが、部活には...入る気が、無いというか」

「あら...それは残念ね、貴女には才能があると思うのだけれど」

「そうですよ!橘さんこんなに上手な絵描けるんですから、勿体ないです!」

何がもったいないのだろうか、私にはよく分からない考え方だ。たまに聞いてみたいと思うことがある、人に、勿体ない、なんて言っている人のその、勿体ない、とはどういう意味で言っているのか。どういう気持ちで言っているのだろうか。

「ご、ごめんなさい...」

それでも私は自分の気持ちなど伝えるような勇気は無く、出てくるのは謝罪の言葉だけだった。

「いいのよ、入る入らないは本人の意思だから私たちが強制できることではないわ。けど、もし興味があるのならいつでも待ってるから」

七瀬先輩は少し残念そうな表情だったが、優しい笑顔を見せた。


それから1週間、毎日のように琥珀に部活に入るよう誘われた。

「やっぱり橘さんは入るべきです!美術部!」

「だ、だから...私は、入る気なんて...」

「どうしてですか!あんな才能あるのに、絵の練習すれば橘さんならもっと良い絵が描けますよ!」

グイグイと押してくる琥珀を少しうっとおしく思う。けど喧嘩になるのも嫌なのでそれとなく毎回やり過ごす。けれど、流石の私もそろそろ我慢の限界に近づいてきた。

「橘さん、やっぱり行きませんか?」

この日も放課後、琥珀は私の席まで来て勧誘をしてきた。けれど私の気持ちを少しは察したのかいつもより控えめ。

「ごめん、なさい...前も言ったけど、私本当に部活には、入らない」

「けど!七瀬先輩も優しいですし、いつも入ってほしいって言ってくれてますよ」

「気持ちは、ありがたいけど...」

「それに私、橘さんと絵描きたいです!橘さんとならきっと-」

「もう......やめてよ...!」

教室に私の声が響く。周りのクラスメイト達の視線が私と琥珀に集中される。私は目に涙をためて琥珀を見て言った。

「何回も、言ってる...!私は、入る気は無い!嫌だって...言ってるじゃない!しつこいよ...」

言いたいことを言うとそのまま机に突っ伏し、顔を腕に埋めて泣いてしまった。

「あ...ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃ...」

琥珀の困惑した声が聞こえた。だが私はただ泣くことしかできなかった。自分に甘えていることくらい知っているが、今の私にはこれ以外の方法なんて分からなかった。

「琥珀さん、ちょっとやり過ぎだ」

一部始終を見ていた先生が琥珀を廊下へと連れ出した。クラスに残っていた女の子達が声をかけてくれてその後戻ってきた先生に言われて、私は保健室で少し気持ちを落ち着かせて帰ることになった。保健室にいる間に琥珀が来てくれることを少しだけ期待していたが、彼女が来ることは無かった。


次の日、私は顔を合わせづらく教室外では基本的に琥珀を避けるようになってしまった。ただ、友達なんていないので中庭に隠れるようにして過ごしたり図書室で1人本を読んだりして、琥珀から逃げていた。次の日も、その次の日も次の日も。

そして数日が過ぎた昼休み、この日も中庭で1人弁当を食べようと授業が終わった瞬間に席を立ったのだが、

「待ってください」

琥珀に腕を掴まれた。振りほどこうともしたが、体は動かなかった。

「お話、いいですか?」

「......うん」

私はこくんと頷いた。

2人で中庭へと赴き、手頃なベンチに座った。気づけばもう5月、あっという間に入学して1ヶ月が過ぎていた。

「あの、橘さん、先日は本当にごめんなさい。橘さんの気持ちも考えずに、しつこく誘ってしまって」

そう言って琥珀は深々と頭を下げる。

「い、いや...それはもう、いいよ...頭、上げて」

「あの時、泣かせてしまって...ごめんなさい!」

「琥珀さん...もう怒ってない、から...謝らないで。それに、私も...しつこいなんて言って、ごめんなさい」

私は琥珀に言い過ぎてしまったことを後悔してた。余計な一言だったから、あの時琥珀とまともに合わせる顔が無かった。

「い、いえ...しつこく言ってしまったのは事実ですので、それこそ橘さんが謝ることじゃ、無いです」

「琥珀さん、私も、少し言い過ぎたので...今回は、おあいこです」

「でも...」

「それに、せっかくの、いい天気なのに...話すだけで、時間潰すのは...嫌だ」

私は灰色の空を見上げて言った。雲ひとつない、何の色もない灰色だが太陽の暖かさが気持ちいい。

「ふふっ、そうですね。とても良い天気です。お弁当、食べましょう」

「うん!」

「そうだ、前から思ってたんですけどね、お互い下の名前で呼び合いませんか?」

「えぇ?けど、同じ名前...」

「いいじゃないですか、私たちの間だけなら紛らわしいなんてこともありませんし」

「そ、それなら...双葉、ちゃん」

試しに呼んでみるがかなり恥ずかしい。なんだか自分のことをちゃん付けで呼んでいる気分。

「はい!なら私はフーちゃんって呼びますね!」

「えぇ!?それ、ずるい...」

「下の名前でとは確かに言いましたが呼び方の指定まではしてません、それにあだ名の方がわかりやすいですし」

意地悪そうに笑う琥珀を私はずるいずるいと言いながらポカポカと殴る。けど、なんだか不思議と楽しい気持ちだった。

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