第4話「人が多いのは苦手」
「はい、じゃあ今日はここまで。この後部活体験会があるから、各自、気になる部活はちゃんと見ておけよ」
担任の網野先生が気だるげそうにプリントをひらひらとさせる。入学して数日、早くも周りは仲良しグループを形成し始めていた。琥珀も初日から気の合う友人を作っていて、私はと言うと数人から多少話しかけられはするものの上手く話しができずにいるためかクラスのみんなからは距離を置かれているような気がしている。だが琥珀だけはそんなことを知ってか知らずか、休み時間になると必ず私のところに来て話しかけてくれていた。
「橘さん、一緒に行きましょう」
「うん、いいけど、私どこにも入る気は」
「いいからいいから、回ってるうちに入りたいって思うかもしれないでしょ」
「わかったから、引っ張らないで」
私と琥珀は荷物を持つと、どこから回ろうかと話しながら教室を出た。
いろいろと回ってみたがなかなか良いと思う部活がない。運動部は暑苦しいしそもそも体動かすのは苦手、マネージャーでもいいとは言われたが、男の人の目も気になって落ち着かなかった。その反面、琥珀はとても楽しそうに見て回っている。人当たりが良く、行くところで先輩たちから誘いの声を受けている。
「うーん、どこも楽しそうで迷っちゃいますね」
「そうだね、次はどこ…むぐぅ」
琥珀はむすっとした顔で私の口を指で塞ぐ。何か悪いことしただろうか。
「橘さん最初の部活回ってる時からずっと楽しくなさそうな顔してます。もしかして男の人が苦手だったりしますか?」
「えっと、それもあるけど、人が多いのは、苦手」
「それならそうと言ってくださいよ、もぅ」
「ご、ごめん」
「なら、次はここに行きましょう」
琥珀がプリントの項目に指をさしたところには美術部と書いてあった。
「ここなら運動部より人は多くないと思いますし、実際に体験もできるみたいなので橘さんも楽しめると思いますよ」
美術部、一番行きたくなかった場所を聞いて私は無意識に琥珀から目をそらしていた。どうしよう、とても色がわからないから、なんて言えない。
「橘さん?」
「あ、えっと」
「嫌なら別のところでも良いんですよ、まだ明日も部活体験はあるみたいですし」
そう言ってくれた琥珀の顔はどこかさみしそうな表情をしている。その表情を見た瞬間、胸の奥がチクリと痛む。嫌な記憶が脳裏をよぎった。
「嫌、じゃない」
絞りだしたような声でなんとか答える。嫌な汗が出ている気がした。
「本当に?無理しなくてもいいんですよ」
「大丈夫、それに、絵描くのは私も好きだし」
「そうなんですか?それなら早く行きましょう!」
琥珀は笑いながら私の手を引く。ちょっと強引なところもあるが琥珀は本当に優しい。これまでこういう人と関わってこなかったので少し新鮮だ。
私たちは美術室までやってきた。時間は残り三十分程度、おそらくここがラストになるだろう。少し古びたドアを開け、私たちは教室へと入る。ペンキか絵の具か、独特のにおいがしている室内は様々な風景画や人物画が飾られている。モノクロの絵にしか見えないが、美術館に飾られている絵と同じくらい上手い。
「お?見学者さん?」
扉の真横で座って本を読んでいた女の人がこちらに気が付いた。鼻が高くて髪が長い、外国人にも見えるとても綺麗な人だ。
「ようこそ、美術部へ。私は部長の七瀬一美」
「私は琥珀双葉です、こっちは友人の橘双葉ちゃん」
「ダブル双葉ちゃんね、体験はしていく?」
「はい!是非!」
「ふふっ、琥珀さんは元気ね、いいわよ。橘さんは?」
「私も、やります」
「オッケー、準備するから少し待っててね」
部長さんはそう言って美術準備室と書かれた部屋へと入っていった。
「ここの部長さん、やっぱり綺麗な人ですね」
「やっぱり?」
「あの人、生徒会長さんですよ。しかも学校一の美人で有名です」
「そ、そうなの?知らなかった」
「橘さんそういうのに疎そうですからねー、自分が噂になってることも知らないでしょ」
「噂?私が?」
「そうですよ、会長にも匹敵する美人の新入生だ、って学校中の噂ですよ」
そんな噂になっているなんて当然知らなかった。どうりで先程の運動部で視線を集めていたわけだ。そういうのは好きではない。
「私、そんな噂になるほど、可愛くないのに」
「そんなことないですよ、橘さんとても綺麗ですし、惚れ惚れしちゃいます」
なんだか恥ずかしくて顔が火照っているのが自分でもわかった。祖母以外にこんなこと言われたのは初めてだ。
「や、やめてよ」
「あはは、照れた橘さんも可愛いですね、彼氏さんとかいるんですか?」
「か、彼氏なんて、そもそも男の人は…」
「えぇー、勿体ないなぁー」
「あらあら、楽しそうね」
準備が終わったからか部長さんがクスクスと笑いながら準備室から出てきた。
「お待たせしました、どうぞこちらへ」
上品な佇まいで準備室の中へと促される。中には二人分の席とA4の画用紙、絵の具セットと席の前にはそれぞれ三つずつ犬と猫のぬいぐるみが置かれていた。
「この部の体験ではそのぬいぐるみを描いてもらいます。上手い下手は気にせずに、楽しんでくれたら嬉しいわ」
「可愛い~、私猫さんにします!」
「じ、じゃあ、私は犬で」
それぞれ席について筆をとる。どうしよう、あのぬいぐるみはどんな色をしているのだろうか。
「では、始め。時間は二十分、分からないことがあったら何でも聞いてね」
そう言って部長さんは扉前の棚に腰かけた。案外自由な人なのかな。私は絵の具に手を伸ばすがぬいぐるみと絵の具とを交互に見るだけでなかなか手に取ることができない。
(どうしよう、パーツごとに色は違うのかな)
うーんと悩んでいるうちに時間はどんどん過ぎていく。チラッと琥珀の方を見るとやはり経験者ということもあって速いペースで描き進めている。
(もう、どうにでもなっちゃえ!)
私はBLACK、Whiteと書かれた絵の具だけをパレットに採り、見えたままの絵を描き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます