第3話「ともだち」
「やっと着いた……うぅ、気持ち悪い」
バスを降りた私は疲れ切ったように呟く。最寄りのバス停から約二十分、バスに揺られながら登校するのだが、私が今日から通う高校、『群青高校』は山の麓にあり、その通学路の途中には急な坂があるのだ。そのためバイク通学は認められているがまだ入学初日、親に送ってもらう人もいるのだがほとんどの生徒はバスを利用していた。当然、車内はぎゅうぎゅう詰めになり人込みが嫌いな私は少し酔ってしまった。
「次からはもう一本早いのに乗ろうかな……」
そうぼやきながら校門までの坂道を上る。バス停から校門まで五分程度だが、運動なんてやってこなかったのでちょっときつい。
「あの、大丈夫ですか?」
道の端っこをのろのろと歩いていると一人の女子生徒に声をかけられた。
「えっ……は、はい、大丈夫です」
突然声をかけられたので裏返ったような声が出てしまった。
「あ、ご、ごめんなさい!辛そうに歩いてたものだったから、体調悪いのかなって思ったんですけど、驚かせるつもりはなかったんです」
「そうですか……、えっと、貴女も新入生?」
「そうですよ、私は琥珀双葉って言います。あ、学校見えてきましたね」
話をしているうちに校門のところまで着いた。右手には校舎があり、左手奥にはグラウンドが見える。
「わぁ、すごいですね!なんだかワクワクします!」
彼女はキラキラした目で校舎や行き交う生徒たちを見ている。身長が低いこともあり、なんだか可愛い妹のようだ。一方で私はこれからの学校生活への期待もあるが不安なことの方が多い。
「あ、そういえば、名前まだ聞いてなかったですね」
彼女は思い出したように言った。
「私は、橘双葉です」
「橘さんですか、同じ名前だなんて奇遇ですね!」
「そ、そうですね」
「あ、私のことは琥珀でも双葉でもどちらで呼んでもかまいませんよ。名字で呼ばれるのにも慣れてますから」
「じゃあ、琥珀さんで」
「そういえばクラス分けの張り紙が貼ってあるみたいですし早く見に行きましょう。一緒のクラスだと良いですね!」
なんだかうまく会話ができていないような気がする。人と会話するのが苦手だということもあるが、一方的に話されると圧倒されてしまう。
「ありましたね、うわぁ、人がいっぱい」
校舎の下駄箱前にクラス表は貼ってあった。その前にはたくさんの人が群がっていてとても見に行けるような状況ではない。
「もう少し、待ってみましょうか……」
「そうですね、私も流石にあの中には行きたくないです」
琥珀は苦笑いしながらバッグから水筒を取り出した。私も祖母が用意してくれていた水筒を取り出して口に含み、一息ついた。
「橘さんって中学校はどこだったんですか?」
「あ、えっと、南の浦です。琥珀さんは?」
「私は熊谷です、案外近いですね」
南の浦と熊谷中学は校区が隣同士だった。もしかしたら家も近かったりするかもしれない。
「部活とかはしてなかったんですか?私は美術部でした」
「何も、してなかったです。どうにも合う、部活がなくて」
「そうなんですね、ならこっちでもやらない感じですか?」
「はい、家が書店をやってるので、店の手伝いもありますし」
「偉いですね、お店の手伝いしてるなんて。私の親も倉島駅の前のところで飲み屋を経営してるんですけど、店番なんてやったことないですよ」
「そうなんですか、あ、人少なくなってきましたね」
確認し終えた生徒が自分のクラスへと行ったからか、先程のような人の数はいなかった。
「お、本当ですね。なら話の続きは後でしましょうか」
私たちは荷物を持つとそれぞれ自分のクラスを確認する。
「えっと……、あった、A組」
クラス数は学科ごとによって違い、私は普通科の進学コース、A組からD組までの四クラスある。
「えーっと、あ、私もA組、同じクラスですね!」
どうやら琥珀も同じクラスのようだ。さっき知り合ったとはいえ、知っている人が同じクラスだと少し安心する。
「クラスは二階にあるみたいですね、うー、緊張するなぁ」
「琥珀さんなら、すぐに他の人と、馴染めそう」
「いやいやいや、そんなことないですよ。私ってすごく引っ込み思案で、中学でも実は友達がほとんどいなくって」
「そうなの?」
とてもそんな風には見えない。むしろ私から見える琥珀は真逆の性格。
「そうなんですよ、けど高校ではいっぱい友達を作ろうって思ってですね!頑張ります!」
琥珀は小さくこぶしを握る。そんなことを話しながら歩いていると私たちの教室前まで着いた。私も琥珀も緊張が走る。無意識のうちに私は琥珀の制服の袖を掴んでいた。
「大丈夫ですよ、ほら」
それに気づいてか琥珀は手を差し出す。私は掴んでいた手を放し、琥珀の手を握った。琥珀はフッと微笑んで教室の扉を開いた。
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