第2話「いつもの朝」
携帯のアラームの音で私は目を覚ました。時間は朝の七時、昨日までならもうひと眠りしようかなとまた夢の中へ落ちていくのだが、今日は四月二日、高校の入学式の日だ。カーテンをサッと開けると日の光が差し込む。空も窓から見える向かいの家も、海も砂浜も灰色でモノクロの世界ではあるが、一枚の写真みたいで私は好きだ。
「ん?いいにおい」
二階のキッチンのほうから甘い、ホットケーキミックスの焼けるにおいが漂ってきた。祖母が朝食を作っているのだろう。私はパジャマから壁に掛けてある新品のブレザーに袖を通す。着慣れない制服だが少し大人になったような感じがして自然と笑みがこぼれた。部屋のベッドの横にある姿見鏡で自分の制服姿を見てみるとまだ見慣れないせいか違和感が残る。私は祖母と同じ銀髪だと教えられたことがある。髪を切るのはあまり好きではないのでロングヘアー、結んだりはしていない。ブレザーの色は群青色だと教えられたが、色なんてとうに忘れてしまったのでこの制服が似合っているかなんて自分では分からない。
「双葉ちゃーん、朝食もうできるから降りてらっしゃい」
祖母が私を呼ぶ。はーい、と私は返事をして携帯に繋いでいた充電コードを抜き、机に置いていた学校指定のリボンをポケットに入れるとリビングへと降りた。
リビングに入るとより一層、甘い匂いが部屋に充満していてそれが私を包む。
「おはよう、双葉ちゃん。制服、よく似合ってるわねえ」
祖母にそう言われて少し恥ずかしくなる。多分顔は赤くなっているだろう。
「そ、そうかな……?」
「ええ、とっても。ほら、もうできたから座りなさいな」
私はテーブルの窓側の席へと座ると私の目の前にパンケーキが二つ乗ったお皿と、はちみつの入った容器が置かれた。
「紅茶、今日はどれにする?」
「んー、ダージリンがいいかな」
「用意するから先に食べておきなさい。遅刻しないように時間には気をつけなさいね」
祖母はそう言ってキッチンへと入っていった。私はパンケーキにはちみつをかけると一口サイズに切り、口の中へと頬張った。
「うん、おいしい」
はちみつのまろやかな甘さが口の中に広がる。私はそのままもう一口、二口と食べ進め、あっという間に一枚目を食べ終えた。
「双葉ちゃん、今日は何時ごろに帰ってくるの?」
「確かお昼過ぎには帰ってこれるよ」
「ならお昼ご飯は作っておいておくからちゃんと食べておくのよ」
「うん、お店のほうは手伝わなくていいの?」
「今日は優ちゃんが来るから大丈夫よ、家でゆっくりしておきなさい」
祖母はこの家の一階で本屋を営んでいる。そこまで大きくはないがこの近辺に大きな書店は無く、ここで本を買っていく人は多かった。バイトの人はいるが時間が空いた日に私も店番を手伝ったりしている。
「はい、紅茶できましたよ。熱いからやけどしないようにね」
ダージリンの独特で華やかな香りが私はとても好きだ。私はもう一枚のパンケーキも食べきり、紅茶を一口飲む。体の芯まで紅茶の熱さが染み渡る。ふう、と一息ついて窓から見える外の景色を眺めた。私の部屋から程ではないがここからも海が見える。その景色をぼーっと眺めながら紅茶を飲んでいるとトントン、と机を軽く叩く音が聞こえた。
「ほら、もうすぐバスの時間じゃないの?遅刻しないようにね」
「あ、本当だ。ありがとう」
時間を見ると七時四十五分を過ぎたあたりだった。私は残った紅茶を飲み干しお皿を流しのところに置くとバッグを持った。
「じゃあおばあちゃん、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
私は時間を確認しながらバス停へと向かった。
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