灰色の虹

御影カガリ

第1話「灰色の世界」

 目の前に広がるのは、どこまでも広がる海。潮の甘いようなしょっぱいような香りが鼻腔をくすぐり、波の音とどこからか聞こえてくるカモメの鳴く声が私の中でこだまするように響く。まだ春先で吹いてくる潮風は冷たさが残るが、それ以上に私やこの世界を照らす太陽の光は、とても優しくて暖かい。

 私の見ている世界と他の人が見ている世界は、同じだけど全く違う。見慣れてしまった灰色の世界。私はもう何年も一人でこの世界を見てきた。最後に見た色は、小さい頃におばあちゃんとこの海辺で見た満天の夜空に咲いた花の、いくつもの色。咲いた瞬間は夜空いっぱいに輝いて、その輝きは一瞬で儚く散っていく。その風景が私の瞳に焼き付いて、今でもその場で見ているかのように鮮明に思い出せる。ただその色を最後に、私の世界からすべての色は失われてしまった。

 私は両親が物心ついた時に事故で他界してしまって、ずっと祖母と二人で暮らしている。

「双葉ちゃん、人にはねそれぞれ色があるの。優しい色もあれば、怖くて暗い色もある。色っていうのはその人の本質を映す鏡みたいなものよ。今は分からないことかもしれないけど、いつかきっとわかる時が来るよ」

 祖母がいつも私に言っていることだ。双葉というのは私の名前。両親がつけてくれたらしい。祖母はとても優しくて、私が分からないことを何でも教えてくれる。

「ふう、寒くたってきたし帰ろうかな」

 冷たい風はより一層肌寒くなってきた。腕時計で時間を確認すると既に時刻は夕方の六時半を回っていた。時折こうして私は海を見に来る。考え事をしたり本を読んだりするのには静かでとてもいい場所だ。

「おーい、双葉ちゃーん」

 背後から私を呼ぶ声。背伸びをしながらそちらを見ると、声の主はすぐそばの小さな公園で買い物袋を持った祖母だった。

「どうしたの?ちょうど私も今から帰る所だったんだ」

 私は座っていた時についたスカートの砂を払い落とすと祖母の方へと駆け寄った。

「ちょっと中学校の先生に用事があってね、そのまま夕飯のお買い物に行くとこなんよ。よかったら双葉ちゃんも一緒に行く?」

「うん、行く。今日のご飯は何?」

「今日は双葉ちゃんの好きなシチューよ」

 そう言ってにっとりと笑った。おばあちゃんの笑顔を見るとどこか懐かしさを覚える。かすかに覚えている、お母さんと同じ暖かい笑顔だ。そのまま私は祖母と近くのスーパーで材料を買い、海辺の公園から二十分くらいのところにある小さな住宅街の自宅へと二人で歩いて帰った。

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