最終話 頂の吸血鬼《ヴァンパイア》

 なんやかんやあって独立した。

 国名はドラクリア。卿の名前からそのまま取った。また国土として陛下から辺境の港町――以前にメライアと廃墟探索を行った街だ――を譲り受けた。元々住んでいた住民には、都会に新たな住居を無償提供するということで手打ちになった。ガリアの懐は痛んだ。

 国家の立ち上げは困難の連続だったが、仲間達の力を借りてなんとかした。帝国への挨拶だとか、周辺諸国への根回しだとか。その辺りはただの作業だったので割愛する。

 建国して、ガリアは吸血鬼の王として君臨した。この力の管理を主目的にしつつ、将来的には他所の国に住みづらくなったはみ出しものの受け皿になるつもりだ。例えば、ハーフエルフやら悪魔やら。ガリアが居るので治安維持は問題ない。

 VMに関しては、ドラクリアンとガヴァーナ、それとレギオンブレイヴだけ譲り受けた。王国の戦力低下に配慮した結果だ。

 ガリアとしてはドラクリアンとガヴァーナだけ引き取るつもりだったのだが、キルビスとマジータちゃんで引っ掻き回したレギオンブレイヴは整備性が最悪らしい。王国のエンジニアには、暗に「責任を持って引き取れ」と言われていた。

 ……と、ここまでは先日までの話。これからは、未来の話をしよう。



 白と黒のツートンカラーをあしらったウェディングドレスは、吸血鬼伝説の一節に記されたものだ。

 寂れて壊れかけた教会からは、彫像や絵画などといった信仰を表現するものが根こそぎ盗まれている。宗教色が抜け落ちた施設は……はみ出しもの達の門出には、ある意味で相応しいと言えた。

 そう、これはあの日の戦闘行為で破壊された結婚式場だ。

 ガリア達はそこで、ひっそりと結婚式を挙げていた。

「この先、どんな未来が訪れても……助け合い、支え合うことを誓いますか?」

 台本を読みながら神父(神父ではない)役を務めるのはツヴァークだ。頼んだら快く引き受けてくれた。

「誓います」

 誓いの言葉を以て式が終わる。ハーレム婚だと誓いのキスは省略されるらしい。キルビスは不満だったようだが……埋め合わせは後でやればいいだろう。

 厳かな式を終え、肩の力が抜けたのかツヴァークは大きく息をついた。

「ガリアの頼みだからやったけどさ、やっぱり神父なんてガラじゃねえよ。それに誰かに見せるわけでもないのにこんな事する必要あるのか?」

 一息に吐き出された言葉に、ガリアは答える。

「あるさ。こういうのは気分の問題だからな」

 メライアが頷く。

「その通りだ。こういった思い出の積み重ねが……今後の夫婦間のトラブルを乗り越えるうえで重要になる」

 見据えているものが重い。しかし女性陣は納得しているらしく、口々にこう言うのだ。

「様式的な思い出を疎かにする男は嫌われますわよ」

「あたしも結婚式は憧れだったしなー。ガリアがやってくれなかったらいずれ実家に帰ってたかも」

 そもそもソフィアには帰る実家がないだろう――というツッコミはさておき。

 この言われよう、式を挙げたのは正解だった。その証左とも言うべきか……キルビスなんかは涙を流して喜んでいる。

「私も、相手が実の弟だから、まさか本当に式が挙げられるなんて思ってなくて……。ガリア、姉ちゃん今、幸せだよ……」

「俺もだよ、姉ちゃん」

 実はガリアも半分ぐらいは挙げなくていいんじゃないかと思っていたので命拾いした。唯一の客人――エインズもまた、同様に頷く。

「ツヴァークには人の心がないな」

「ええ、俺そんなに酷いか……? そこは女心がわからないとかじゃ……」

 二人は未だに領地をほっぽりだして旅をしているらしい。ドライシーが思った以上に上手く回しているのであまり問題はないようだが……彼女が頼ってきたら少しぐらいは助けてやろう。

 説教されるツヴァークを横目で眺めていたギルエラが、何やら思い出したようにポンと手を叩く。

「そうだ。この前王城に立ち寄った時、陛下から祝いの手紙を貰っていたんだ」

 そう言った彼女が、魔法陣の中から便箋を取り出しガリアに手渡す。受け取って目を通すと……そこには祝報とはとても思えない呪詛の言葉が連なっていた。

 優秀な人材を引き抜かれてとても苦しいだとか、計画がおじゃんになって支持率が思うように上がらないだとか、婿を探すのが面倒だとか。最後の最後に一行だけ、結婚おめでとうと記されている。横からそれを覗き込んだマイアが苦笑した。

「呪いの手紙みたい……」

 込められた呪詛を感じ取っていると本当に呪われてしまいそうだ。

「縁起でもない。しまっておこう」

 タキシードの懐にスッとしまいこみ、気を取り直して襟を正す。するとどうだ、大きく地面が揺れたではないか。

「えー、まさか本当に呪い?」

 怪訝顔のマジータちゃんが、何かを感じ取ったように海の向こうへ視線を向けた。つられてガリアもそちらを見やると、巨大な影がこちらに向かってきているではないか。

 メライアが叫ぶ。

「災魔だ! あれは島亀か!?」

 祝いの席だというのに、なにやらとんでもないことになってしまった。しかしドラクリアの門出には丁度いいのかもしれない。ガリアは高らかに宣言した。

「あれが上陸する前に叩き潰すぞ!」

 ガリア達の目的は、この力を封じ込めておくことに留まらない。今の人類にはどうにもならない、あるいは大変な損害を被る可能性のある世界の危機――例えば災魔だったり、泥沼化した戦乱だったり――といった脅威に立ち向かうこともまた、力あるものの使命だ。

 大海原を掻き分ける巨体を見据え、ガリアは叫ぶ。

「来い、ドラクリアン・ギガンティック!!」

 荒波を蹴立て姿を表す鋼の巨人。受け継がれし、具現化された力そのもの――

 調子の変わらぬ愛機に乗り込み左右を見渡す。グレート・ガヴァーナ、レギオンブレイヴ共に準備は万端だ。

「さあ、俺達の初仕事だ。気合い入れて行くぞ!」

「任せろ」

「ガリアこそしっかりしてよね」

 迫りくる島亀を迎え撃つ三機。その後ろで、マリエッタとギルエラが呑気に言葉を交わす。

「今晩はウミガメのスープが良いですかね」

「俺は塩気が強い方がいいな」

 それぞれVMをバンパニアに返還しているので今は非戦闘員だが、そのうち彼女らにも新たなVMを用意する予定だ。そのための根回しも外交官のソフィアを中心に行っているし、キルビスとマジータちゃんもやる気十分。のんびりしていられるのも今のうちだ。

 なにせこれから先は永遠に続くのだから。

「あ、そうだ。今度料理教えてよ」

 マイアの言葉にソフィアが頷く。

「あたしでよければいくらでも」

 君達ちょっと呑気すぎない? まあいい。平和が一番だ。

「さっさと戻ってくるから、美味い晩飯よろしくな!」

 ガリアは叫んで駆け出した。その足取りは臆することなく巨大な敵を打ち破る。

 生まれてからこれまで、断片だけ切り取ってみれば、散々な人生だったかもしれない。あっという間だったが、苦難の連続だったように思える。そしてそれはきっと、これからも同じだ。

 しかし。

 これから先にどんな困難が待ち受けていようと、挫けてやるつもりはない。

 ガリアには希望がある。様々な出会いが与えてくれた、数多の大切なモノが。

 それさえあれば――この先に何があっても、乗り越えられる気がするから。



fin

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