第228話 続・プロポーズ作戦です!
ギルエラの朝は早い。
遊撃隊の業務は早くからの巡回作業。巡回コースによって開始時間は異なるが、起床時間は変わらないらしい。だからといって終業時間が早くなったりはしないが、代わりに中休みが長くなるらしい。
そんなただでさえ早い彼女の朝が、今日は更に早かった。ガリアが話があると呼び出したからだ。
「それで、話ってなんだい」
早起きには慣れているらしく、いつもと変わらない様子のギルエラ。対するガリアはそれなりに緊張していた。
「大事な話だ。……まず、俺とギルエラの関係をハッキリさせないといけない」
「俺とガリアの関係?」
復唱したギルエラは、首を少しばかり動かして中空を見上げる。これまでのことを思い出しているのか、しばし瞑目した。
それから、朱に染まった頬を袖口で隠す。
「……そうだな。確かにハッキリさせておかないといけない。これは」
まあ要するに肉体関係を持った友人なのだが。
この関係を手放したくはない。なにしろガリアは超がつくほどに強欲だ。ほんの些細な問題に俺達の未来を壊されてたまるか。
「だから結婚しよう、ギルエラ」
ギルエラは仰天した。
「はぁ!? けっ、結婚!?」
「ああ、結婚だ。正確に言うと俺の国に来て欲しい。陛下に取り付けた人材確保の条件は婚姻関係にある人間に限られている」
ガリアの説明で平静を取り戻したらしい。一度咳払いして、彼女は言う。
「……なるほど。新手の政略結婚というわけか」
特段そういった考えはなかったので、ガリアは狼狽した。
「? あ、ああ……まあ、そうだな」
話がこじれても困るし、そういうことにしておこう。
「そういうわけなんだ。だから俺と結婚してくれ」
迫るガリアに、ギルエラは一歩退いて顔をそらした。勢いで押し切るのに失敗したガリアは、無言で彼女の答えを待つ。
少し考えてから、彼女はおずおずと口を開いた。
「実のところ……俺は恋愛みたいなものにあんまり興味がないんだ」
そう言いながら、ゆっくりと視線をガリアに戻す。あまり浮ついた雰囲気がないからだろうか、確かに彼女が恋だの何だので浮かれている様子というのは想像できない。
ガリアの思考を読むように、彼女は言う。
「別に浮ついてるとかけしからんとか、真面目な理由じゃない。単純に興味が湧かないんだ。理由はよくわからないけど……」
理解できない話ではなかった。
ガリアもスラムで暮らしていた頃は、恋だの愛だのと言ったものにさしたる興味はなかったからだ。性欲はあったものの、それが情愛に隣接するものという認識はなかった。
彼女は続ける。
「このまま生きていても、多分行き着く先は家の都合だ。それなら……君に委ねてみるのも、いいかもしれない」
急に重い話をされたので、ガリアは露骨に狼狽えた。
「え、いいのか、そんな大役が俺で……」
そんなガリアを、彼女は鼻で笑う。
「なんだ、君から持ちかけた話だろ」
それから一呼吸置いて、こう言った。
「俺は、君になら委ねてもいいと思ったんだ。自信を持てガリア。王様になるんだろ?」
ガリアの背中をバシバシと叩く。
「もっと自信を持て。堂々としろ。王になるということは他人の運命を握るということだ。俺の操ぐらい、背負ってみせろ」
「……そうだな。ありがとう、ギルエラ」
なんかいい感じになってしまった。
※
なんとなく憚られたので後回しにしていたのだが、そろそろマジータちゃんと向き合う時なのだろう。
ここのところ毎日飲んでいる牛乳(牛の血が変化したものなので飲むと少しだけ元気になる)をぐいと飲み干し、ガリアは立ち上がった。彼女の部屋に向かうためだ。
食堂を出ようとしたところで、待ち人来たり。
「あ、ガリアくん。おはよ」
「あ、ああ、おはよう……」
覚悟というのはかくも崩れやすいものだ。脆く儚い決意は急速にしなびて、やっぱり明日にしようかななどと考え始める。だって向こうから来るなんて思ってなかったし。
しかし彼女はガリアの上を行っていた。
「ねえ、これ見て」
言うなり彼女は口を開いてみせる。恐る恐る覗き込んでみると……犬歯が異様に尖っていた。
これは吸血鬼の呪いで発現する唯一の外見的副作用だ。それを、ガリアは誰よりもよく知っていた。
「……は、ははーん、付け歯だな? 驚かせようとしても無駄だぞ」
しかし彼女の表情はピクリとも動かない。笑顔のまま、ガリアの瞳をじっと見ている。
ガリアは彼女に何もしていない。ならば別の吸血鬼か、あるいは彼女自信がなんらかの呪術を行使したか……とにもかくにも大問題だ。
「お、おい、一体誰に……」
「ガリアくんだよ」
生きた心地がしなかった。
嘘だ。俺はなにもしていない。むしろ吸われているのはこっちの方だ。
閑話休題。
ガリアは焦っていた。タスクがひとつ増えてしまったからだ。なんとしてでも無実を証明し、このたちの悪い冗談を処理しなければならない。
「待ってくれ。俺はまだマジータちゃんにはなにもしてないはずだ」
顔面を蒼白させたガリアが言うと、彼女は目ざとく口の端を吊り上げた。
「まだ?」
おっと?
「ああ、そうだ。まだなにもしてない」
「ふーん……じゃあ、いつかはしてくれるつもりだったんだね」
雲行きが変わった。満足気に頬を緩めたマジータちゃんは、見覚えのある牛乳瓶を持ち出す。
「種明かししよっか。君が毎朝飲んでるこのミルクに、私の血を少しずつ混ぜておいたんだよ」
うわキモ。
ドン引きしたガリアをよそに、とうとうと彼女は語る。
「吸血鬼の呪いは魂に作用する。病気みたいに感染するわけじゃない。つまり条件さえ揃えれば、直接的な吸血行為がなくても呪いが広がるんだよね」
「そ、そうなのか……」
「事情はマリエッタちゃんから聞いたよ。ガリアくんがいつまで経っても声かけてくれないから心配してたけど……そのつもりがあったなら焦る必要もなかったね」
彼女には一生敵わないのだろう。とりあえずプロポーズしつつ、ガリアは確信していた。
※
「で、結局……手伝って欲しいことってなんだったの?」
マイアには以前から根回ししていたのだ。
「ああ、俺の作った新しい国の運営を手伝って欲しかったんだ」
「皆に声かけて回ってるやつね。なるほど」
納得したように頷いた彼女は、少しばかり考えてからあることに気づいたらしい。腕を組んだまま、視線だけをガリアに向ける。
「ちょっと待って。まさか私にプロポーズしようとしてたの!? いきなり!?」
彼女の視点ではそうなるだろう。ガリアは後頭部を書きながら取り繕った。
「い、いや……本当はもう少し手順を踏むつもりだったんだが……陛下から変な条件を付けられちゃってな」
「え、ああ……そう」
拍子抜けしたようなマイアに、ガリアは改めて言う。
「でも、マイアのことは好きだ。結婚してくれ」
「そんな頼まれ方したら断れないじゃん」
マイアもまた恥ずかしげに後頭部をかいて、言った。
「いいよ、こんな年増でよければお嫁さんになってあげる」
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