第227話 プロポーズ作戦です!
ガリアが見事にメライアを倒してしまったので、陛下も首を縦に振らざるを得なかった。嫌々でも有言実行を果たすその律儀さは、ガリアの尊敬する陛下の姿そのものだ。
建国についてもある程度は手を回してくれるらしく、帝国宛の書簡まで用意してくれた。金と土地は相談中。人は妥協点を見出した。
因みにガリアの計画は亜空間で考えたものなので、誰にも相談していない。
つまり、キルビスにも話していなかったのだ。
「ちょっとガリア!? どういうこと!? 姉ちゃんなにも聞いてないんだけど!?」
知らない間に宰相にされていたキルビスが、ガリアの胸ぐらを掴んで前後に激しく揺さぶった。
「姉ちゃんなら助けてくれると思ったから……」
弱々しく言うガリアに、キルビスの威勢も刈り取られていく。
「いや、確かに、できることなら助けたいって思うけど……でも、なら相談してよ……」
「俺もそうしたかったんだけど時間がなくてな。まあ姉ちゃんならやってくれるだろと思って」
殊勝な態度を崩したガリアに、キルビスは騙されないぞとばかりに鋭い視線を向けた。
「情に訴えたいならすぐ調子に乗るのやめな」
「ぐ……」
しかし、しかしだ。
ガリアも無根拠で彼女に頼ったわけではない。彼女は必ず助けてくれると、そう思えるだけの根拠がガリアにはあった。
「前に言ってたじゃん。俺のこと一人にしないって」
「……まあ、やるよ。別に嫌じゃないし」
姉は偉大だ。
「でも宰相って何したらいいの? 姉ちゃん政治わかんないからわかんないんだけど」
「俺もよくわからない。多分二番目に偉い人ぐらいの扱いで良いんだと思う」
それにしても大臣との違いがよくわからない。いや、大臣は大臣で別の人間を立てるつもりではいるのだが……。
身体を抱くようにしたキルビスは、虚空に目をやり相槌を打つ。
「なるほどねえ……」
それからしばらく黙り込み、何やら考えるように身体を揺すった。ひとしきり思案してから再び視線をガリアに向け、ポツリと漏らす。
「ところで、メライアはどこに置くの?」
メライアの実務能力を鑑みれば、重要な役職に置くのが妥当と言えるだろう。それこそ宰相や大臣だとか。が、それ以前に彼女には外せないポジションがある。
「王妃だけど」
「ふーん……」
じとっとした視線。非難しているわけでも不平を述べているわけでもないが、のっぴきならない感情が肌を刺すように伝わってくる。しかしこれだけは譲れなかった。
無言で応じるガリアに折れたキルビスは、気を取り直して次の話を始める。
「それで、他の子にはなんて説明するつもりなの?」
「勧誘する」
「清々しいまでの股掛け男……」
※
「へえ、これであたしも吸血鬼になったんだ」
吸血鬼の呪いは一定量を超える吸血により伝染する。由来にもよるが、特にドラクリア卿の呪いは非常に強力なものであり種族関係なく伝染するようだ。
また、変質するのは魂なので血を吸う相手が吸血鬼でも問題ない。便利だ。
晴れて吸血鬼になった元ハーフエルフは、自分の体をまじまじと眺めて言う。
「何も変わったようには見えないけど……」
一糸まとわぬソフィアの肉体に、外見的な変化はない。変質したのは魂の有り様だけなので、仕方がないことなのだが。
「そういうもんだ。怪我でもしてみるか?」
「やだよ痛そうだし」
そう笑いつつも、先程の吸血行為を思い出したのだろう。ガリアに噛まれた首筋をさすり、そこに痕がないことを悟る。無言の納得を挟んだ彼女は、次にこう言った。
「それにしても……遂には吸血鬼か。あたしも堕ちるとこまで堕ちたね」
エルフの血筋は神の血筋。その身に流れる高貴な血に、生まれながらに苦しめられてきた彼女は……堕落にハマっていた。
環境の変化もあるが、ウェストの数値が増えてきているの暴食の証だ。ガリアとの性生活は爛れたものだし、他にもまあいろいろと。
そんな堕落の限りを尽くす彼女に、ガリアはひとつ提案した。
「次は悪の王国で外交官をやってみないか?」
「ええ、なにそれ」
荒唐無稽な提案に苦笑するソフィア。こうなるだろうとは思っていたが、ガリアは真剣だった。
「この力を正しく使うため……まあ、実際はほとんど封印みたいなもんだが……そのために、俺は新しい国を作る。だから人を集めてるんだ」
抑止力はメライアだけに留まらない。具体的にどれだけ必要だという論拠はないが、そこはガリアの好きにさせてもらう。だって俺の国だし。
「難しいこと急に言われてもよくわかんないけど……ガリアのやりたいことなら、手伝ってもいいよ」
うんと頷くソフィア。話が早くて助かる。だからガリアは油断していた。
「ありがとう。じゃあ結婚してくれ」
「は?」
※
「それで見事に手形を付けられてしまったわけですのね」
真っ赤になった頬を擦りながら言ったガリアに、マリエッタは苦笑した。
「まさか本気でぶたれるとは思ってなかったからよ」
「最終的に頷いてくれたのなら、良かったではありませんか」
ひとしきり笑ったマリエッタは、それから急にそわそわと辺りを見回し始める。人気も少ない深夜のバーは、ただひたすらに静かだ。昨日の今日の騒ぎなので、場内の平均就寝時間はかなり早まっているらしい。
なにか気にしているのだろうか。ガリアが首を傾げると、彼女は非難するような視線を向けてきた。
「それで……わたくしの血は吸わないのです?」
「ああ、それなら――」
彼女の顎に手を添えて、クイとこちらに向けさせる。ガリアよりも背の高い彼女にこんなことができるのは、腰掛けている時ぐらいだ。
「ソフィアに怒られたからな。順序はちゃんとしようと思う」
相手が誰であれ、吸血鬼の力を野放しにしておくことはできない。つまり呪いを伝染させた時点で、ガリアに手を貸さないという選択肢は消滅するのだ。断られるとは思っていなかったが、それはそれ。ソフィアが怒るのも無理はない。相手を都合よく考えすぎていたのだから。
だから今度は間違えない。一番大切なことを、最初に言っておく。
「マリエッタ、結婚しよう。俺の騎士になってくれないか?」
キャンドルの光が白い肌を照らす。宝石のような瞳に照り返す炎は、静かながらも情熱を湛えていた。
金の髪が、静かに揺れる。
「ええ、喜んで」
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