第226話 君に届け!

 ゴブリンクラス――ステイメと細剣を用いた、由緒正しきバンパニア式決闘。十数年ぶりに行われた催しには、多くのギャラリーが集まっている。王城が壊れてもなおバンパニアの民はエネルギッシュだ。

「手を抜いたら処刑です」

 メライアに剣を手渡した後、笑顔のままに陛下は言った。物騒な発言だが、この試合の意味を考えれば正しい。

 それに、彼女はそもそも手を抜くつもりがないようだ。

「ガリア、君の成長を見届けさせてもらおうか」

 不敵に笑んだメライアが、真っ直ぐに細剣を構える。剣先をガリアの視線に合わせた、帝国亜流剣術一式、正面の構えだ。王国騎士なら誰もが知っている基本中の基本だが、その分汎用性が非常に高い。

 対するガリアはスラム流の喧嘩殺法。細剣を逆手に持ち替えて、低く低く身をかがめる。

 メライアは強い。教科書どおりを突き詰めた動きには、付け入る隙が微塵もないのだ。正直、勝てるかどうかもわからない。

 ……いいや。

 絶対に勝つ。

 勝ってメライアを手に入れる。

「男子三日会わざれば……ってな」

「残念だが、私は毎日君を見ているよ」

「そりゃどうも」

 軽口を叩き合いお互いに静止する。準備完了の合図だ。陛下の側近が、旗を振った。

「それでは、両者……始め!」

 先に動いたのはメライアだ。

 機先を制す。どんな勝負も流れを我が物とすることが勝利への早道だ。メライアは必要以上に定石を崩さない。

 だから盤石で、おいそれと崩せない。小手先だけの搦め手では、彼女に近づくことすらできないだろう。

「そこ!」

 えぐるように突き出される細剣。獲物を視線に合わせることで、距離感を狂わせ長さを隠す。『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』ということわざがあるが、逆説的に敵を知ることができなければ勝ち筋は薄いということ。相手に情報を渡さないのは勝利への第一歩だ。

 しかし此度は獲物が同じ。手に持った細剣の長さをイメージし、メライアの突きを回避する。

 そう、イメージだ。

 メライアの剣は教科書そのもの。お手本のようで見惚れるほどに美しい。それでいて変幻自在の太刀筋は、まるで咲き乱れる花のようだ。

 それだけに、隙を狙える望みは薄い。だから真正面から受け止める。

 回避を繰り返すガリアに、メライアが大きく一歩を踏み込んだ。ずいと縮む距離。彼女の間合いだ。

 ステイメの装甲であれば細剣でも破ることができる。この間合なら、彼女は一刀両断を狙うはずだ。

 それを逆手で受け止める。

 金属音に飛び散る火花。身を低くしていたガリアは、剣を外側に払ってメライアに突進する。

 全体重を下半身にぶつけて強引に体勢を崩す。ギルエラほどでないにしろ、メライアの下半身も相当に鍛えられている。VMの補助を受けたそれは、もはやただ押し合うだけで崩せるものではない。

 よろめいたメライアの足を払う。

 浮き上がったメライアを背負い込み素早く反転。

 メライア直伝――

「動力砕き!」

 そう、それはガリアがここに居る理由に他ならない。あの日あの時メライアに動力パイプを切られたから、ガリアは今ここに居るのだ。

 ステイメはオーソドックスなゴブリンクラス。着用したことでその設計は完全に理解した。

 仰向けに倒れ込むメライア。理想的な、完璧な挙動で投げた。動力パイプが寸断され、もう一歩も動けないはずだ。

 しかし。

「そんな名前をつけた覚えはないな」

 彼女は起き上がった。

「まったく、誰が教えたと思ってる」

 そう言い残して姿を消した。視界の外に逃げられたのだ。一介のゴブリンクラスたるステイメにドラクリアンのようなレーダーはない。唯一あるのは自らの聴覚。

 ――背後だ。間に合わない。ガリアは跳躍した。

 先程までガリアの居た位置を抉るように、メライアが斬撃を放つ。空気を薙ぐ音は細剣とは思えないほどのものだ。ガリアの隙を突いた一撃は、しかしそれほど大振りなものだ。

 VMにより強化された身体能力がなければ、無様に前のめりに逃げるしかなかっただろう。

 しかし今は違う。

 斜め後ろに向けて跳躍したガリアは、そのまま着地すると同時にメライアの背後を取った。大振りな一撃を放った直後の、無防備な背後だ。

「君はしぶといな」

「それだけが取り柄だ」

 一閃入れて勝利――かと思ったが、彼女はそんなに甘くはなかった。

 前のめりになって回避したメライアは、増大された膂力を頼りに逆立ちした。グワッと両足を開き、ガリアの剣を叩き落とす。

「そのしぶとさは、私も見習おうと思っていたんだ」

 立ち上がり、剣を構えるメライア。対するガリアは徒手空拳。不利な間合いを強いられている。

 攻めと捌きのせめぎ合い。打っては弾き、弾いては打つ。ガリアが攻めに回れるのは三手に一手。有効射程の差を鑑みれば、これでも食らいついている方だ。

 手も足も出なかった以前と比べれば、目覚ましい成長を遂げたと言えるだろう。

 いいや、しかし。

 それじゃあ、駄目だ。

 今ここで。追いついて追い越して、勝利をこの手に掴むまでは。

 諦めるわけには行かないんだ。

 両手で構えたメライアが、下から剣を振り上げる。いわゆる "繋ぎ" の攻撃だ。ここから上段の構えに移り、強力な一撃を放つ。その前にガリアは仕掛けた。

 回避を捨てて一歩踏み出す。斬撃が脇腹を砕く。伝送ルートが破損。急激になった左腕の装甲をパージ。じんじんと痛む左半身でがっちりと剣を押さえて一歩後退。前のめりになったメライアのか細い背中めがけて、手刀を振り下ろす。

 狙うは動力パイプ。

 ――直撃。

 まだだ。

「なに!? いや、しかし――」

 メライアは超人的な技能でVMの機能を維持している。潰れかけたパイプをわずかに流れる魔力だけで甲冑を制御しているのだ。それに気づいていたガリアは先んじてパイプを掴み、引きちぎる。

「終わりだ!」

 遂に。

 停止したステイメを御すことができず、地面に倒れ伏すメライア。

「まさか本当に負けてしまうとはね。正直、侮っていたよ」

「……まあ、愛の力ってやつだ」

「なんだ、それは」

 クスクスと笑うメライア。

 夜の王城は、歓声に包まれていた。

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