第106話 秘めたる想い
慣れない経験ばかりで、シデナは緊張しているようだった。そんな彼を揶揄してロバートが言う。
「さっきから全然喋んないけど、こいつなんなの?」
強気な女性の歯に衣着せぬ物言いに、シデナはますます萎縮してしまった。部下のフォローは上官の仕事。ガリアはすかさず紹介する。
「言ってなかったな。シデナは見習いなんだ」
ジーレンが柔和な笑みを見せた。
「なるほどね~。それじゃあ新人ナイトくん、よろしくお願いしますよ~」
こちらは凶暴そうなロバートと違ってゆるふわお姉さんといった様子。シデナも幾分か緊張が和らいだようだ。
「よ、よろしくお願いします……」
それからジーレンの興味はキルビスに移ったらしい。ガリアと交互に見比べて疑問符を浮かべる。
「キルビスさんとナイト……ええと、ガリアさん、似てらっしゃいますけど、ご親戚ですか?」
「うん、姉弟だよ。私が姉で、ガリアが弟」
「そうなのですね! なるほどなるほど……」
二人の関係を気にしていたわりに、ガリアにはさほど興味がなさそうだった。同じ保護者属性同士惹かれるものがあるのだろうか。
そんなこんなで雑談に花を咲かせていると、あっという間に現場についた。二人の冒険者はその早さに驚きつつ、本分に目を向ける。
「さて、あの森が目撃ポイントか」
それは見事な森だった。鬱蒼と生い茂る青々とした木々。時折囁くような風が吹くのを皮切りに、枝葉の擦れる音がまるで噂話のように一斉に湧き上がる。こんなのどかな森にメタルオーガが居るだなんて。
積荷からVMを降ろして着込んでいると、森の中から黄色い声が上がった。森ののどかさからは想像もできないような悲鳴に、一同は青くなった。
「ヤバい、被害者だ! 着装!!」
一番早く飛び出したのはキルビスだ。彼女のガヴァーナは特別製。一瞬で身にまとうことができる。
それに続くはロバート。彼女は魔術師で、上半身のみに纏う特殊なVMを用いているからだ。
ガリア達三人も二人に続いた。しかし着いた頃には戦闘が終わっていて、さっきまでオーガだったものが当たり一面に転がっている。少し進んだところでキルビスが周囲を警戒していた。
そんな中、ロバートが村娘の肩を抱く。
「危ないところだったねお嬢さん。でももう安心だ。私が来たからな」
ねちっこい手付きで村娘を抱き寄せたロバートは、露骨に顔を近づけて耳元で囁いた。安堵で弛緩した腕を払い除け、その衣服に手をかける。
「そう。力を抜いて、このまま……」
やべーぞレイプだ!
「いつもやってるのか?」
ガリアの声を聞いた途端、ロバートはビクリと震えて佇まいを整えた。ビッシと立ち上がり回れ右。敬礼して、一言。
「「いえ! しかし今回は誘われたので!!」
村娘に目をやる。衝撃の連続で放心状態に陥っていた。とてもロバートを誘える状況だとは思えないが、しかしこれではマトモな証言を得られない。すなわちロバートの発言を肯定も否定もできないということだ。
明らかにクロだが証拠がない。こんな時、メライアはどうすればいいと言っていたか……。
「推定無罪……致し方ない。シデナ、彼女を馬車に預けといてくれ」
「わかりました!」
仕事を頼むと、彼は嬉しそうに全うする。簡単なものでも任せてもらえるのが嬉しいのだろう。それを見届けて、ガリアはロバートに視線を戻す。
「証拠がない。あんたの言葉を信じよう」
ホッと一息つくロバートと、それを生暖かい瞳で見つめるジーレン。これまで何度も同じようなことがあったのだろう。事と次第によっては認可の取り消しも視野に入れなければ。
シデナが戻ってきたので、メタルオーガの討伐を再開する。
「姉ちゃん、他に魔物は居たか?」
警戒中のキルビスに訊ねると、彼女は鋼鉄の首を振った。
「さっきの戦闘で逃げたみたい。足跡だけしか残ってないね」
あれほどの惨劇だ。オーガ並の知能があれば普通に逃げる。メタルオーガの足跡も無いし、地道に探索するしかない。
それから愚直なまでに歩き続け、陽が天頂まで上がってしまった。流石に策が必要だ。干し肉を口にしながら作戦会議に移る。
「人数多いし二手に分かれないか?」
このロバートの提案が採用となり、チームが分かれることになった。
※
キルビスはジーレンと二人で歩いていた。
前衛職二人のコンビ。チームの決め手はガヴァーナだ。圧倒的にスペックが高いため、多少の数の差は埋められる。
ガリアと別行動になるぐらいなら、こんなもの置いてきてしまえばよかった。
退屈な道中。周囲にオーガの気配はない。なにも立ち寄らないのだろう、営みの痕跡すら残っていなかった。
これ以上は無為だ。二人は探索エリアを変えることにした。……が、一向にオーガの気配は現れない。
「どうやらハズレみたいですねえ」
「だね。この辺毒キノコしか生えてないよ」
広葉樹の葉も繊維質なものばかり。樹の実もならないこの時期には、オーガどころか草食動物すらマトモに寄り付かないようだ。このあたりにコロニーを作るのは無理だろう。
「これはガリア達と合流したほうが良さげかな。その前にちょっと休憩」
一度ガヴァーナをパージし、腐ちて横たえた樹木に腰を下ろす。ジーレンもそれに習って大きな石に腰掛けた。特徴的な兜を脱ぎ、久方ぶりに素顔を晒す。
さて、どうやって合流しようか。キルビスが弟の行動パターンに思いを馳せていると、部外者であるところのジーレンが興味津々といったふうに口を開く。
「キルビスさんは弟さんのことが好きなんですか?」
なんでバレた。
「恋する乙女は雄弁です。見ていればわかりますよ」
なにも口にはしていなかったが、動揺の色が目に見えていたのだろう。ジーレンは小さく微笑んでみせた。見透かされてるみたいで嫌だなあ。
「引いた?」
意地の悪い質問で意趣返しを図るも、彼女は微笑んだまま言うのだ。
「いえ。私も似たようなものですから」
「なにそれ」
「叶わぬ恋、ですよ」
おおっと?
「いや叶ったけど」
「えぇっ!?」
ようやくリアクションらしいリアクションを返してみせた彼女。キルビスの勝ち誇った表情を見て我に返ったのか、小さく咳払いして無理矢理に落ち着きを取り戻す。
「……自分というものに、嘘をつかずに生きているのですね」
「まあ、そうとも言うのかな?」
自分というもの、か。
正直を重ねるなら、こうだ。
「今までずっとガリアのこと考えてたからさ。私がどういう人間なのか、自分でもよくわからないよ」
これまでの人生を振り返る。キルビスの世界は、あの時からずっとガリアを中心に回っていると言っても過言ではないだろう。自分の中から彼を排除したら、一体なにが残るというのか。それがよくわからない。
そんなキルビスを見て、一言。
「気持ち悪いですね」
そういうことは思っていても心の中に留めておくべきではないのだろうか。しかし彼女は抗議の視線を伏し目で受け流す。
「でも、羨ましいです」
視線の先に誰が居るのか、キルビスにはなんとなくわかってしまった。恋する乙女は雄弁というのが、今は少しだけわかる気がする。
「さて、さっさと合流しようか。休憩終わり」
きっと彼女も似たようなことを考えているはずだ。返事を待たずに歩き出すと、ジーレンもそれに続くのだった。
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