ディストーデ・アフェクション

第105話 ナイトのおしごと!

 シデナの実地研修にちょうどいい仕事が舞い込んできた。

 ありがたくないことに女王付きの騎士ヴァージンナイトは大変な売れっ子で、黙っていてもポンポン仕事が舞い込んでくる。これにはメライアの功績が大きく、手持ちの仕事を最速で片付けてしまう彼女は他所の部署の仕事をちょくちょく手伝っていたらしい。そんな彼女に見込まれたガリアの評価も勝手に上がっている。それほどでもあるが。

 そもそも女王付きの騎士というものは女王陛下の私兵に近い存在だ。滅多に来ない有事の際に女王の個人的な意思で動かすことのできる、いわゆる陛下の便利屋。それが転じて平時でも何でも屋として扱われるようになったのだとか。

 実際は常に女王の御身に寄り添いその意志を汲み取り続けるべきなのだろう。しかしメライアのような優秀な人材は飼い殺すわけにもいかず、陛下自身の意思もあってこんなことになっているようだ。大人の世界は七面倒くさい。

 とはいえその風評の御蔭で今はいい仕事が出来ているので、まあ良しとしよう。

 今回の任務は冒険者への同行である。

 冒険者というのは所謂冒険者のことなのだが、今回一緒に働く冒険者というのは行政の認可を得て特殊な依頼に従事する人々のことを言う。

 通常、冒険者登録というのは各ギルドごとに独自に行われている。理由は様々あるが、基本的には競争原理を煽って切磋琢磨を促すためのシステムだ。

 そんな醸成された市場で戦う冒険者には大変優秀な人材が多く、常日頃から人材不足に悩まされている行政からすれば喉から手が出るほど欲しい人々。しかしせっかく育てた人材を行政に奪われるのはギルドにとって不服でしかない。いらぬ諍いを避けるために、行政はギルドを通して冒険者に依頼を出すのだ。

 一応依頼を出す冒険者は行政側である程度把握しておきたいので認可制にしている、というわけ。

 今回の同行は、そんな彼らが本当に認可を出すに足る人物かを確認するという目的がある。要は権威を傘に悪いことをしていないかどうかの審査だ。あまりこれに引っかかるような冒険者は居ない。

「というわけだ。ゴブリンクラス二機の申請を頼む」

「わかりました!」

 元気がいいのは良いことだ。

 ガリアはやけに距離の近いキルビスから日程表を受け取り、手持ちの予定を当てはめていく。なんだかんだでこのタイムテーブルの調整が一番面倒だ。

「ここは別の予定入ってなかった?」

 言いながら彼女はメモを指差す。言われてみれば確かに何かあった気がする。メモを遡って確認。あった。

「危なかったわ……助かった」

 彼女は得意気に胸を張る。距離は近いままだ。

「ガリアだけだとちょっと危なっかしいからね。メライアからもサポートするよう頼まれてるし」

「だから距離が近いのか?」

「へっ?」

 指摘されてようやく気付いたらしい。彼女は一歩横歩きし、ガリアとの距離を置いた。小さく咳払いして言い訳をする。

「まあ、その、高度な肉体的接触を伴ったことで心理的障壁が一段階取り払われたと言うか」

「なんだそれ……今晩もするか?」

「あ、うん……」

 彼女との肉体関係はダラダラと続いていた。感情のベクトルに若干のすれ違いがあるとはいえ、惹かれ合う二人の男女。長らく一緒に居たわけでもないので背徳感も特になく、メライアが暗に認めていることも相まって辞める理由を失ってしまったのだ。二回目からはソフィアもなにも言わなくなったし。

 仕事の忙しさから各々に鬱憤を溜め込んでおり、ストレス発散という意味でもお互いに充実した時間を過ごすことが出来ていた。

 だがそれはそれ。日中は真面目に働かなければならない。ついさっき飛んできた伝書鳩から書類を受け取り確認。今回同行する冒険者の子細が綴られている。

 魔術師のロバート。これは偽名で、本名は不明。男尊女卑が激しい集落の出身らしく、実際には女性なのだが舐められないように男性名を名乗っているのだとか。

 その名前を見て、キルビスが眉をひそめる。

「うわっ、偏食レズじゃん。こいつ認可受けてたんだ」

 どうやら彼女のことを知っているらしい。耳慣れない単語にガリアは首を傾げた。

「なんだそれは」

「行く先々で大活躍してるんだけど、その度に若い娘を引っ掛けて手篭めにしてるんだってさ。でも自分より年上の相手には興味ないんだとか」

「うわあめんどくせえな……絶対男嫌いなタイプじゃん」

「当たり。よくわかったね」

「小説だと大体そうだし、そもそも出身地がアレだしな」

 男尊女卑の集落に嫌気が差していろいろとこじらせてしまったのだろう。歪なコンプレックスを抱いてしまうような人生には同情するが、生まれの不幸でいえばガリアも負けていない。張り合っても仕方がないと言ってしまえば、それまでだが。

「可哀想なやつでも仕事は仕事だ。本当にヤバかったら認可を取り消すだけだ」

 巷の噂はどうであれ、彼女の本質を見極めるのがガリアの仕事だ。



 当日、ギルドで待ち合わせて合流。

 ロバートは二人パーティで参加していた。お互い軽く自己紹介してから、隣に立つ女性を紹介される。

「連れのジーレンだ。こいつも認可持ちだから構わないだろ?」

「ああ。目的はあくまで査察だからな」

 ロバートはガリアやシデナに敵意の孕んだ視線を向けていた。表向きは普通に接しているようだが、やはり根本的に男性が苦手なのだろう。

 そんな相方の無意識の敵愾心を誤魔化すように、ジーレンは大げさな身振り手振りを交えて友好的な態度を示す。

「どーも騎士ナイトさまがた。よろしくおねがいします」

「よろしく頼む。さて、早速依頼の確認といこう」

 今回の依頼はメタルオーガの討伐。騎士団が出向くほどではないが、放置しておくのも良くない、微妙な塩梅の魔物だ。行政から冒険者に回される仕事の七割はこのタイプである。

 メタルオーガというのは、金属タイプの蟲竜を捕食し続けた結果肉体が硬質化したオーガのことだ。最大の特徴である露出した筋繊維には、無機物が混ざり込んでいる。また、この時期のオーガ種に共通する特異な器官があった。

「あのデカチンコを切り落とすのが楽しみで仕方ない」

 ロバートが笑顔で物騒なことを言う。というのは、この時期のオーガは生殖のためペニスが異様に肥大化しているのだ。異種族に欲情するようなことはないが、見た目が醜悪なので女性冒険者からの評判はすこぶる悪い。

 しかし男嫌いの彼女にとって、その肥大化した男根は絶好の的でしかないらしい。万が一にでも彼女の前で陰部を晒すようなことがないように努めよう。着替えとか。

 賑わうギルドの喧騒の中で、キルビスが依頼書を眺めながら言う。

「結構遠いね。どうする?」

 ここからオーガの出現地点までは歩いて半日といったところか。面倒なので馬車を使いたいところだ。

 しかしロバートはこう言った。

「報酬は限られてるんだ。歩いていくに決まってるさ」

 どうやら交通費は支給されないらしい。民間事情に疎いガリアでは考えが至らなかったところだ。しかしこれはチャンスでもある。

「普段ならそうかもしれないが、今日は俺がいる。ナイトマネーだ」

 ガリアは騎士として国に仕える存在だ。だから、任務で使った交通費は別途支給される。

「おっ、太っ腹じゃん!」

「やるねーナイトさん」

 芳しい反応だ。こういった細かい気遣いで好感度を稼ぐといい……というのはメライアのアドバイスだった。カネと頭は使いようである。

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