第107話 情念、アイドリング
ビンゴだ。ガリアは指を鳴らした。これはシデナに事前に指示したハンドサインである。
メタルオーガの足元には、少女が一人横たわっていた。脚からはどくどくと血が流れている。自力で逃げ出すことはできないだろう。なんとかしてメタルオーガを引き離さなければならない。
そこで不意打ちだ。
指パッチンでオーガの注意を引くと同時に合図を出す。隠れて背後に回り込んでいたシデナが大弓を放つのだ。
鋼鉄の
「お嬢さん!!」
真っ先に駆け出したのはロバートだった。指示しても聞かないだろうし一旦任せよう。ガリアはメタルオーガに体当たりを仕掛ける。体格差は圧倒的だ。しかしVMは伊達ではない。
今回持ち出したのはケンファード。等身大ゴブリンクラスの傑作だ。身のこなしは羽のように軽く、腕っぷしは鬼のように力強い。
オーガの体躯は人間を優に超える。しかしそんな巨体を相手にガリアは一歩も引かなかった。筋繊維剥き出しの鉄拳を全身で受け止め、引き寄せた顔面に頭突きを食らわせる。
腰に提げられた剣を抜く。鋼で編まれた筋繊維を切り裂くための秘密兵器、ソードブレイカーだ。鋸状に加工された峰をメタルオーガに叩きつけて、筋繊維に引っ掛けた。
力任せに引きながら振り抜く!
独特の切断音。張り詰めていた筋繊維が一本、また一本と千切れていく。有効な手段ではあるが、しかしこちらもタダでは済まない。ソードブレイカーの峰は一度の使用でボロボロになっていた。あと三回も使えば折れてしまうだろう。
なればその前に仕留めるまで。
シデナの援護を受けつつメタルオーガを翻弄する。急所狙いだ。筋をズタズタにされて自由を喪った左腕を庇うようにオーガは動く。生み出された隙を突いて急接近。飛び上がって首筋に剣を突き立る。まずは一撃。
順調なようで、しかし新たな危機が訪れる。
女の悲鳴。少女のものだ。慌てて振り返ると、新たなオーガが少女とロバートに迫っているではないか。そのうえ、ロバートは腕を折られている。
ガリアは助けに行けない。メタルオーガに隙を見せるわけには行かないからだ。
絶体絶命のピンチ。どうするガリア!
※
少女は足を折られていた。オーガにやられたのだろう。持ち歩いている応急処置セットで患部の手当を行う。
メタルオーガの相手はあの二人に任せて、自分は少女の救出を優先しよう。ロバートは少女の肩を抱き、ゆっくりと立ち上がる。折れているのは右足だけ。なんとか歩けるはずだ。
「お嬢さん、気を確かに」
「あ、あの、その」
思った以上に憔悴している。長く放置されていたのかもしれない。いや、しかし、妙だ。まあいい。
後でワンチャンあるかもしれない。年下の女性には紳士的に振る舞っておく。年上には通じないのでスルーだ。所詮女は年上に弱い。
人肌に触れて乾きを潤す。監査の都合で仕方がないとはいえ、男だらけで辛かったところだ。救出がてら存分に堪能しておくのも悪くない。
面倒事は全部ナイト達がやってくれるし、女の尻は触り放題。そのうえ報酬もいい。なんて美味しいクエストなんだろう。
ロバートは油断しきっていた。だから気づかなかった。
背後から迫るもう一匹のオーガに。
気配を察知し振り返る頃にはもう遅かった。咄嗟に右腕をかざすも、魔術師用の簡易的なVMではオーガの重い一撃を凌ぐことは出来ない。繊維質の装甲はいともたやすく引き裂かれ、右腕の骨が砕かれる。
あまりの痛みに声すらあげられない。
見ればあのオーガはさきほど逃げ出した個体ではないか。肩の火傷は先程炎魔法で負わせたものだ。
ようやくわかった。少女は囮だったのだ。今更悟ったところでもはや手遅れではあるのだが。
痛みで詠唱もままならない。ジーレンは別行動。少女を置いて逃げるか? いや、もう手遅れだ。
怖い。
死にたくない。
オーガが棍棒を振り上げる。頭を潰すつもりだ。一思いに死ねるのなら、まだマシなのかもしれない。
恐怖から逃げ出したロバートは咄嗟に瞑目する。視覚が閉ざされた分だけ研ぎ澄まされた聴覚に、風切り音が舞い込んだ。
間髪置かずに切断音。ボトリと、何かが落ちる音がした。
それから一秒。まだ死んでいない。三秒。まだだ。五秒。なにかがドサリと崩れ落ちた。
ようやく踏ん切りのついたロバートが目を開けると、白銀のVMが視界に飛び込む。
「ジーレン……?」
しかし、仮面を脱いだその顔は見知ったものではない。
「よかった。間に合いました」
新入りのナイト。確か、シデナとか言う奴だ。剣を鞘に戻した彼は、腰が抜けていたロバートに手を差し伸べる。
「立てますか?」
忘れていた胸の高鳴り。
――一瞬、こいつなら、もしかしたら……と、思ってしまった。
※
シデナがオーガを屠ってくれた。ガリアもようやくメタルオーガとの決着をつけ、三人に駆け寄る。キルビス達が現れたのはほとんど同時の出来事だった。
「ロバート!!」
血相を変えて飛び込んだジーレンは、しかし相方の表情を見て一歩退く。彼女の存在に気付いたロバートは、左手で頭をかきながら下を出した。
「右腕やっちゃったよ。死ぬかと思った」
ジーレンはチラリとシデナを見やり、それからすぐに視線を戻す。
「……とにかく、無事で良かったです」
行政の依頼で死人を出されてはたまったものではない。こちらは彼らの実績に見合った依頼を出しているのだ。
生の喜びに浸っている所悪いが、ガリアには言い渡さなければならない事柄があった。
「これで依頼は完了だ。で、監査の結果なんだが……残念ながら、不合格だ」
ガリアは一度少女に視線を向け、再びロバートに向き直る。
「人助けは立派な行いだ。味方が居るからそれに専念するのも、決して悪い判断じゃあない。でもロバート、あんたは油断しすぎたんだ」
認可を受けた冒険者であれば、この程度の局面は一人で突破できなければならない。それが騎士が二人も居るから油断したのか、あるいは普段からジーレンに頼りきりだったのか。
「婦女子への態度だけならまだ見逃したんだがな。実力に関しては……こっちとしても、死人は出せないんだ。理解してくれ」
てっきり少しは犯行してくるかと思ったが、彼女は思った以上に従順だった。なるべく相手を刺激しないよう言葉を選んだのが功を奏したのかもしれない。
「わかってる。私はしくっちまったんだ。シデナが助けてくれなきゃ死んでた」
そう言って、シデナに小さく頭を下げる。
「新米のあんたが頑張ってるんだ。私もまた、下積みからやり直すことにするよ」
「そうですね。一緒に頑張りましょう!」
うんうん、いい感じだ。部下の成長を感じたガリアはキルビスの肩を叩く。
「いやーなんとか上手くいったみたいだ。ところでそっちはどうだった?」
キルビスはしばらくジーレンを見つめたあと、慌ててガリアに向き直る。
「ああ、うん。こっちはハズレだったみたい。なにも居なかったよ」
「そうか。問題なさそうでよかった」
「問題は……あったかもなあ」
ボソリと呟いて、ロバートとシデナを交互に見やる。結局ガリアにはその行為の意味がわからなかった。
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