第102話 上官の家庭事情

「今日から転属になりました。シデナです! よろしくお願いします!」

 フレッシュな新人がやってきた。とはいえ既に見知った仲だ。長々と自己紹介に時間を割くのも面倒くさい。

「俺も上司はやったことないから上手くできるかわかんねえけど、とりあえずよろしく」

 部下というものをどう扱っていいものか、ガリアは未だにわかりかねていた。教えてくれる頼れる上司はもう居ないわけだし。

 ただ、まあ。

 彼女のように部下を導くことができたなら、それは素敵なこなのとではないかと思えた。

「まずは……そうだな、簡単な奴から。基礎的なVM系の書類を教えよう」

「あ、それなら遊撃隊でやりました」

 おっと。そういえば、彼は昔のガリアと違ってペーペーのド素人ではない。士官学校を駆け抜けて遊撃隊で鍛えられた、立派な騎士の卵だった。ギアを一つ上げていくぞ。

 そんな折、タイミング良く新たな仕事が舞い込んできた。もっとも、その内容は不幸な事故でしかなかったのだが。

「ガリア、緊急事態! 北町でドラゴンが!」

 キルビスの妙な報告にガリアは眉をひそめる。

「放たれた? ドラゴンが?」

 どこかの馬鹿が子ドラゴンをペットにしていて、それが成長とともに育てきれなくなって逃してしまった――という事例が、過去に一切なかったわけではない。いや、アレはドラゴンではなかったような気もするが。

 しかし今回はそんな牧歌的な事件ではないらしい。

「調査隊がヴァンパレスの研究施設を襲撃したら出てきたんだって」

「絶対にマズイやつだな」

 蟲竜の件は偽ガリア達の独断だった。このことから、ヴァンパレス本体は未だ市井に危害を出すのを否としている可能性が高いだろう。ならばこれは逃亡した三役による犯行……というのも考えにくい。彼らは文字通りの逃亡兵。竜を収監している規模の施設で実権を握れているとは思えなかった。

 つまりこれは、本体とはまた思想の異なる立場の人間による凶行ということだ。ヴァンパレスも一枚岩ではないということか。

 特定の思想のもとに集う反体制組織というのは、その性質上統率が取りやすいものだ。それでも意思の統一が図りきれていないということはつまり、組織の肥大化が着々と進んでいるということだろう。

 早く潰さないと、取り返しのつかないムーブメントになってしまう。

 ……だが、まずは目の前の惨事だ。

「規模は?」

「大型種が五匹。スゴイヤバイ」

 一大事である。

「ドラクリアンを出す。シデナは……」

 普段であれば実地研修を兼ねてギガトンクラスを持ち出すところなのだが、今は申請を出す時間も惜しい。そこまでして欲しい戦力でもないし。

「よし、俺の後に乗ってろ」

 ドラクリアンのコックピットには空きスペースがある。安全なところから実戦に慣れていくという観点で行くなら最善手だろう。

「は、はい! 光栄です!」

 その意気やよし。三人は急いで現場へと向かった。



 治安維持部隊のアインベリアルが、いとも簡単に蹴散らされていた。

 そんな中で一機奮闘するドラゴンクラス。アレは確かオールベルーンだ。調査隊のダイアが乗っている。

「遅かったなガリア!」

 その声には疲労が滲み出ていた。竜を五匹も押さえていたのだから疲れもするだろう。バトンタッチだ。

「後は任せろ。お前は後から槍でも投げていてくれ」

「へいへい任せたよ」

 代わって前に出たガリアは、早速竜の首を絞めた。出力を上げて骨をへし折る。そこでキルビスが声を上げた。

「これ、人造竜だ!」

「なんだと?」

 言われてみれば確かに妙だ。この五匹はあまりにもその形質が似通っていた。普通の竜は同じ品種でも個体差が激しい。牙や角、耳の長さだとか、鱗の模様だとか。しかしこいつらはじっくり見ても見分けがつかないぐらいに似ている。

 ダイアが叫ぶ。

「奴らはサタンドールを量産するためにヴァンパレスが開発したんだ!」

 それで収監していたのを咄嗟に放ったということか。何かにつけてはた迷惑な連中である。ガリアは竜の尻尾をちぎりながら叫ぶ。

「この五匹で最後か!?」

「わからない、まだ地下に檻があった!」

 増援の可能性は十二分にある。ただでさえ数が多いのに、これで街を守りきるのは困難だ。足の踏み場を考えるだけでも骨が折れるというのに。

 人気ひとけの失せた街を踏み荒らす竜に恨めしげな視線を向け、ガリアは叫んだ。

「いいかよく聞け! 俺は逃げも隠れもしない!!」

 言いながら、ドラクリアンのコックピットハッチを開放した。ヴァンパイアトークンから腕を抜き、生身の体で天を仰ぐ。

「飼い主に見捨てられた哀れな穀潰し共! 新鮮な餌がここにあるぜ! 早いもん勝ちだ! さあ!!」

 それを見た竜は、一斉にドラクリアンへと狙いを定めた。挑発が効いたかどうかは定かでないが、結果が伴えば問題などどこにもない。ガリアの眼前に、竜の鼻先が肉薄する。

 刹那、四匹の竜はその場で八つ裂きになった。

「危ないなあ、もう!!」

 ブラック・ガヴァーナだ。キルビスの技量をもってすれば、獲物に夢中で隙だらけな相手など造作もない。

「姉ちゃんならやれると思ったんだよ」

「だからってこんな……」

 彼女の呆れ声に混じり、背後から人間の声が聞こえてくる。恐怖に支配されて掠れた悲鳴だ。

「……やっべ、忘れてた」

 そうだ。今のガリアは一人じゃない。コックピットにシデナを乗せていたのだ。

 命の危機に怯える彼は身を強張らせ、開いた瞳孔で戦場を見据えていた。だらしなく半開きになった口からは、吐息や悲鳴と共に液体が漏れ出している。命の危機を迎えていたのだから、これでも上等なぐらいだろう。場合によっては失禁していてもおかしくない。

 彼の肩を揺すりつつ、ガリアは上官らしく指示を出す。

「とりあえず姉ちゃんは残りが居ないか確かめてくれ。ダイアはそこで待機しすり抜けに備えるように」

 結局、竜――ゼンドラーグンなる名称らしい――の増援はなかった。咄嗟に全ての成体を放っていたらしく、残っていたのは幼体のみ。生身でも十分に渡り合えるようなか弱い相手だ。サンプルとして回収する。

 それから撤収し、ようやく落ち着きを取り戻したシデナは二人を見てこう言った。

「それにしても、お二人は凄いですね……作戦も立てていないのに、咄嗟にあんな連携ができるなんて」

 前例のないパターンだし、一切の事前準備もしていない。急ごしらえの戦術だと考えれば、結果としては上々以上だろう。しかしあの時ガリアは成功を確信していた。

「姉ちゃんなら俺の考えてることわかってくれるからな」

 しかし対するキルビスはどこか不満気に言うのだ。

「それがわかれば苦労しないから。一昨日だって――」

 そこまで言って、彼女は口をつぐむ。一昨日の出来事と言えば、まあ……アレだろう。迂闊に口外するようなことでもない。

「……なにかあったんですか?」

 疑問符を浮かべるシデナ。ガリアは窘めるように言う。

「大人の事情に首を突っ込むもんじゃない」

「えっ、でもガリアさん僕と同い年じゃないですか」

 おっと。そういえばそうだった。ガリアもシデナも今年十八になる歳だ。

「姉ちゃんが年上だからいいんだよ!」

 なんとか誤魔化そうとする。しかしシデナは手強かった。

「そもそも大人の事情って……あっまさか。へえ……」

 なにかを察してしまったのか、あるいはブラフか。硬直した姉弟の姿を見て、シデナは深い意味のこもっていそうな笑みを零すのだった。

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