第四部 ドラクリアン、黄昏に出撃す
ガリア、上官になる
第101話 新しい日常
それはそれは激動の一月だった。
メライアの駐留に向けてガリアが仕事を引き継いでいたのだが、これが思っていた以上に多いのだ。普段彼女が暇そうにしているのは、超高速で仕事を片付けていた結果に過ぎない。騎士に格上げされたキルビスと分担してようやく引き受けることができた。
愛瀬の時間を作るのも一苦労だ。なにしろ彼女も忙しい身。ガリア達への業務引き継ぎに加えて、各所との調整やら、物品の調達やら、エトセトラ、エトセトラ。そんな中で揃って取れる時間なんて微々たるものでしかない。遠出やら買い物やらの情緒的なデートもままならず、せいぜい空き時間を合わせて食事をしたり、部屋にこもってセックスしたりだとか。
ドタバタしたまま迎えた別れの日。期間は半年とちょっと。今月の忙しさを思えば、六ヶ月ぐらいあっという間な気がしてきた。
「ガリア。私が席を空けている間、頼んだよ」
「任せておけ。姉ちゃんと一緒にバッチリ仕切ってやる」
「それでこそだ」
心底嬉しそうに微笑んだメライアは、周囲の視線を窺いつつガリアにそっと耳打ちした。
「私が居ない間、他の女に手を出してもいいぞ」
おっと?
これはどういった風の吹き回しか。真意を確かめるよりも早く、彼女はウィンクして立ち去ってしまう。
……まあいい。前向きに受け止めよう。
「最後になんて言われたの?」
一緒に見送りに出ていたキルビスが、不意に野次馬根性を垣間見せる。ただ教えてやるのもつまらないのでガリアは搦め手を使った。
「なあ姉ちゃん、今からセックスしないか?」
「へっ!?」
突然の耳打ちに激しく狼狽えた彼女は、ガリアの手を引きそそくさと物陰に引っ込んだ。人目につかないことを確認し、指を震わせながら言う。
「ま、まあ、メライアが居ないとガリアも寂しいだろうし? 私も、その、ガリアに寂しい思いはさせたくないから、その、どうしてもって言うなら……」
おっと?
「ただ、まだ私も仕事があるし、ソフィアの目もあるから……よ、夜になったら、第四格納庫の、宿舎に……来て」
※
なんということでしょう。実の姉とヤッてしまった。気持ちよかったです。
一夜明けて冷静になった二人は、くたびれたベッドの上でマトモに目を合わせられずにいた。
なんとかしてこの沈黙を破ろうと、ガリアは必死に話題を探る。
「まさか、本当にヤらせてくれるとはな……」
前々から頼めばサせてくれそうな気はしていたが、まさか、こうなるとは。つくづく人生なにがあるかわからないものだ。
すると彼女は頬を染めつつ不満気にガリアを見やる。
「この際だから言っちゃうけど、私、メライアと同じでガリアのこと好きだからね」
「えっ、そうだったのか。なんかごめん……」
彼女は大切な家族なのだが、その先のことはあまり考えたことがなかった。しかしこうなるとそうも言っていられなくなる。
「謝られるのもなんか違う……でも、こうなったら……」
キルビスはガリアの頬をつまむと、ぐに~っと両手で引っ張った。
「ガリアには爵位と責任をとってもらうしかないかなあ。メライアにも悪いし」
なんだか話が大きくなってきたぞ。ガリアは馬鹿なので流れがよくわからなかったが、拒否権がないことだけはハッキリとわかった。なるほど貴族か。どうすればいいんだ?
まあ、なるようになるか。
「わかった。俺頑張る」
「うん、その意気やよし。姉ちゃんも応援してるぞ」
そんなわけで部屋に戻ると、今度はソフィアにドン引きされた。彼女は信じられないといった様子で二人を見やる。
「ええ、あんた達姉弟でしょ……?」
昨晩の出来事を彼女は知らないはずだ。だというのに、全て見透かした上で引かれている。
「ま、待てよ! なんでわかるんだよ!?」
今更否定しても仕方がない。言ってからカマをかけられているかもしれないことに気付いたが、吐いた唾は呑めなかった。
幸いにも(?)カマはかけられていなかったらしい。彼女は引きつつ言う。
「そりゃ臭いでわかるし……」
神の血ィー!!
隠し立てしてもどうしようもない。血迷い果てたガリアは、とんでもないことを口走ってしまう。
「ソフィアも混ざるか?」
「ちょっと!?」
キルビスに襟元を掴まれた。揺さぶられつつもガリアはソフィアの答えを待つ。
「い、いや……あたしはいいかな……」
断られたぜ。
どうしようもねえな。どうしよ。どうしようもねえ。
脳内禅問答を繰り返したガリアは、開き直って話を切り上げた。キルビスの手をそっと払いのけ、努めて真面目な顔で言う。
「俺は止まらない。どこまでも上を目指すからよ。騎士としても、男としてもだ。今日から仕事が忙しい。姉ちゃんも、準備ができたら行くぞ」
「あっ、うん……」
「あ、ああ。行って来いご主人」
そういえばこの女はメイドだったな。誤魔化すことに成功したガリアは、そそくさと着替えて仕事に向かう。忙しいのは本当だ。これまでメライアが片手でのしてきた事務処理をすべて片付けなければならない。半年で戻ってくるとはいえ、戻ったら戻ったでいろいろあるだろうから未来の彼女に押し付けることはできなかった。
とりあえずここ半年で必要になりそうな諸々をピックアップしつつ、締切などを確認。キルビスと分担したのだが、これだけで一日かかってしまった。いや、一日で終わっただけまだマシな部類ではあるのだが……。
しかし朗報も舞い込んできた。
廊下で偶然すれ違ったギルエラが、こんな事を言ったのだ。
「ああ、そうだ。今度ウチの新人が人員補充でそっちに行くことになった」
ありがたい。今は猫の手も借りたい状況だ。それに確か遊撃隊の新人は見込みがあった気がする。
しかし、忙しいのはガリアだけではなかったはずだ。
「そっちも人が足りないんじゃないか?」
すると彼女は苦笑する。
「結局ウチに新人を教育している余裕はなかったというわけだ。代わりにこっちはベテランを回してもらう」
人材を育てるのにもコストがかかる、ということだろうか。確かに遊撃隊の仕事はガリアが知っているだけでもとても多い。覚えるのも教えるのも大変なのだろう。
「こんな短期間で異動になって、シデナには少し申し訳ないが……まあ、あいつはガリアに憧れてたし大丈夫だろ」
そういえばそんな奴もいた。
「気の弱さはいただけないが、それなりに優秀な奴だとは思うから、よろしくな」
「任された」
これで少しは楽ができる……とは問屋が卸さないのだろう。波乱の予感に、ガリアは身を震わせていた。
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