第86話 ガリア教官の新任研修~VM操縦篇~

 戦局は荒れに荒れていた。ガリアが荒らし回ったからだ。

 戦場となる平野には、遮蔽物として廃墟を模したオブジェクトが林立していた。今回想定している僻地というのは、国境付近にかつて存在していた地方都市……という設定らしい。どうやら数十年前に暴れていた連邦のとある領地を想定しているようだ。どこまでも慣例的である。

 で、開幕からガリアは敵機をガン無視して相手方のオブジェクトを徹底的に破壊して回った。

 最初は呆然としていたギルエラ隊だが、ガリアの狙いに気付いたギルエラが作戦を変更。ギルエラ以外の四機でガリアを囲い込んだ。ここで集中砲火を加えてガリアを排除してしまうつもりなのだろう。

 甘い。

 確かにギガトンクラスの戦闘において数の利は絶対だ。四人で囲めばどんなベテランの装者でもそう簡単には逃げられない。

 しかし今回ばかりは話が別だ。一人一人の習熟度を確認していなかったギルエラの負けである。

 四方からの一斉射撃。ギガトンクラスの主武装は銃だ。艦戦などの大砲を小型化、携行品として改良したもので、現行品であれば四発まで連射できる。因みに製鉄技術の問題でこれ以上の小型化はできないそうだ。模擬戦では主に実弾ではなくペイント弾を使う。

 閑話休題。

 四機が一斉に銃を構える中、一機だけ構えの遅い機体があった。四方射撃では対面する味方機から射線を逸らす必要があるため、微細な判断が求められるのだが――恐らくそれが上手くないのだろう。戦場において、この遅れは致命的になる。

 もともとか前のぎこちなさから目をつけていた相手だ。ガリアはダガーを引き抜くと、体勢を低くして突撃した。ターゲットの急な動きに動揺したその機体が構えを解く。背後から放たれたペイント弾が、ガリアの足元に着弾した。背後のこいつには見どころがある。しかし――!

 跳躍。砂埃を上げて飛び上がったガリアのリムニルが、ターゲットの背後に回り込む。相手が気づくよりも早く、ガリアはガラ空きの土手っ腹に散弾砲を突きつけた。

「まずは一匹!」

 飛び散るインク。審判による撃破判定が下され、甲高い笛の音が鳴り響く。それを確認するよりも早く、ガリアはオブジェクトによじ登った。僚機を喪った三機は、しかし臆することなく再びガリアに射線を向ける。優秀な後輩だが、しかしまだ完全ではない。彼らは大切なことを忘れていた。

 銃を構えた一機が急に行方をくらます。撃破判定。その場の空気が一変した。

「ひとつ忘れておりましてよ!」

 外部スピーカーを用いて親切に警告してくれたのは、マリエッタの部下の片割れ――アリエルだ。

「あなた方の敵はガリアさんだけではありません」

 続いて現れたもう一機。彼女は確かドロシーだったと思う。呆然と立ち尽くす敵機に正確無比な一撃を放ち、再びその場を離脱する。狙撃手タイプなのだろう。

 残りはギルエラともう一機だ。

「腕を上げたなガリア!」

 オブジェクトの上に、頭部の形状が異なるリムニルが駆け上がってきた。指揮官機だ。

「指揮官が一騎打ちか! 思い切ったな、ギルエラ!!」

 構えたダガーを投擲。大盾に弾かれたそれに乗じて接近。勢いに任せてギルエラ機から盾を引き剥がした。

 しかし――

「お前はまだまだ甘いな」

 巨大な盾を勢いのままに奪い取ったガリア機は、崩したバランスを整えるようステップを踏む。ギルエラはそれを見逃していなかった。巨大な盾に蹴りを入れる。

「マジか!?」

 落下するガリア機。無防備な機体に、ギルエラはペイント弾を叩き込んだ。

「あーあ負けた」

 脱落したガリアは戦線を離脱し、戦の行方を見守ることにした。

 残りの新人は早々に撃破されてしまったようだが、マリエッタの部下二人も降りてきたギルエラの不意打ちであえなく撃破。戦いの結末はマリエッタとギルエラの一騎打ちに委ねられた。

「訓練生時代を思い出すなあ。勝率はどうだったか……」

 拾い上げた盾を構え直し、ギルエラは嘲るように言う。その笑みが二人の過去を物語っていた。

 しかしマリエッタも負けてはいない。

「昔話は後で致しましょう。メライアやマジータも交えて」

 まだ戦いは始まっていないとばかりに拳を振り上げ、両手に構えた武器を投げ捨てた。徒手空拳の構えだ。

「決着をつけましょう。後輩をあまり待たせるものではありませんよ」

「望む所!」

 それは凄まじい戦いだった。

 弾ける拳と盾。お互いがマイナーなメインウェポンであるが故に、その戦いの行先を想定できる者が居ない。

 ギルエラの盾は、決して守るためだけのものではない。攻防一体の万能兵器。受け流し、叩きつける。その変幻自在の戦闘機動は見るもの全てを魅了する。

 だが、対するマリエッタの拳も決して一辺倒ではない。スカルモールドでなくとも彼女の冴えは決して色褪せない。誇り高き彼女の拳はまさに芸術の如く。

 二つの道が交差する。王道を歩むことができなかったそれらが、お互いの覇権を争うようにぶつかりあうのだ。ただの模擬戦以上の気迫がそこにはあった。

「腕を上げたなマリエッタ!!」

「あなたも遊んでいたわけではないようで!!」

 マリエッタの真っ直ぐな拳を、ギルエラは盾で弾き返した。真正面から受け流すだけではない、ありとあらゆる戦術が彼女の脳には叩き込まれている。盾の扱い方。拳の捌き方。それまでの概念が崩壊するような戦い。永遠にも思われたその戦いだが、しかし終わりは必ずやってくるものだ。

「終わりに致しましょうか!!」

 独特の構え。マリエッタの編み出した、演武特有の構えだ。リムニルの拳が、まるで人間のような柔らかさを見せる。

 いいや、魅せると形容したほうが正しいのかもしれない。

 それはとても美しい構えだった。

 白鳥のように身体を開き。万物に知らしめるような出で立ちがこれまでの人生で積み重ねてきた誇りを想起させる。

 ああ、なんて美しいんだろう。

 辿り着いた技巧は民草を魅了する。

「アッターック!」

 もはや飾る言葉すら不要であった。

 マリエッタの拳は、物理法則すらも貫いてギルエラの盾を破壊する。

「なんのっ!」

 しかしギルエラも決して負けてはいない。己の得物を失ってもなお構えを解かず、好敵手の拳を受け止めた。激突――

 まあリムニルはそんな頑丈な機体じゃないので両者ともに砕け散ってしまったのだが。



 そんなわけで反省会。それぞれが本日の戦闘を思い返し、今後の糧とする。

「俺は悪くない。現任の騎士に狙われて逃げられるわけ無いでしょう」

 開口一番そう言い放ったのは、ガリアが最初に仕留めた装者。カイエンだ。ガリアは全面的に同意する。

「当然だ。俺はターゲットを逃さない」

 そもそも最初に彼に狙いを定めたのは動きが悪かったからなのだが、初心者にグチグチ言って興を削いでも仕方がない。貶すよりは褒めた方が良いだろう。

 というわけで、一番動きの良かった装者――シデナに話を振る。

「シデナ。お前は上手かった。咄嗟に俺を狙えていたのはお前だけだ」

 すると彼は嬉しそうに言う。

「ありがとうございます!」

「でもこいつがちゃんと当ててれば俺はやられずに済んだんだよな」

 水を指すように言うカイエン。うっせーなー!!

「俺が避けたんだから当たるわけねえだろ目ん玉腐ってんのか!!」

「ひっ」

 新人が一斉に怯えてしまった。マリエッタがガリアを制するよう前に出る。

「あなたは粗暴が過ぎます」

 言い返せねえ。

 どうやらこの中で一番未熟だったのはガリアのようだ。教育者的な意味で。

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