ガリア教官の新任研修
第85話 ガリア教官の新任研修~プライベート対応篇~
城下町の中央に居を構えるフランケ―士官学校は、歴史ある由緒正しい学び舎だ。貴族の子女から見どころのある平民まで数多くの人材を抱え、メライアやマジータちゃんなど優秀な人材も数多く輩出している。
士官学校の名を関してはいるものの、ここ数年の改革によってその実態はバンパニア王国最高峰の教育機関となっていた。それでも王国軍が主な輩出先であることに変わりはなく、現在でも毎年多くの人材を送り出している。
彼らの卒業は寒期の終わり。ようやっと命の息吹が目を覚まし始める頃に、彼らは社会の荒波へと放り出されるのだ。
というわけで、騎士団としては彼らを丁重におもてなししなければならない。社会人一年目というのはとてもデリケートなもので、特に最初の数カ月は今後の人生にダイレクトに作用してくる。……らしい。流れで生きているガリアにはよくわからなかった。
いろいろあって歓迎会が終わり、それぞれの隊での懇親会に移る。メライア隊への配属はゼロ人だったので、特にやることがない。
そう。新しい人材が入ってきたからといって、ガリアの生活になにか変化が生じるかと言えば、特にそんなことはないのだ。
少しだけ暖かくなってきた、いつもと変わらない日常。ドラクリアンの整備に顔を出し、ヴァンパレス関連施設の調査をし、エトセトラ、エトセトラ。
いつものように仕事を終えて、ゆっくりと夕食を……とるはずだった。
「あなたがガリアさんですか!?」
フレッシュで元気いっぱいな声。食堂でラ・メーンなる異国のスープを飲んでいると、知らない青年に話しかけられた。
「俺は確かにガリアだが……はて」
忘れているだけで、知り合いなのだろうか。しかし本当に見覚えのない顔だ。城で働く人間なら一度くらい顔を合わせていると思うのだが、彼の顔は全く記憶に残っていなかった。
ガリアの困惑を察したのか、彼は自ら名乗り出る。
「この度、遊撃隊に配属となりました。シデナと申します!」
遊撃隊と言えばギルエラの隊だ。そこに今日入ってきた新人ということであれば、ガリアが知らないのも頷ける。だが、それでも謎が全て解けたわけではない。
「それで……なんの用だ?」
埒が明かないので真正面から訊ねると、彼はあたふたと両手を振る。
「ああ、いえ、特に用事があるわけではないんですが……その、あの……」
要領を得ない言動を前にして、ガリアの懐疑心は加速した。まさかスパイか? あらぬ疑念を抱いていると、ギルエラがひょっこりと顔を出す。
「ガリア、どうやら彼は君に憧れているらしいぞ」
部下に助け舟を出してやったのだろう。彼女はあっさりと言い放った。
しかし、わからない。
「え、俺に憧れる要素あったか?」
自分で言うのもなんだが、ガリアは雑な人間だ。一本通った信念も、身命を賭して守りたいようなものもない。その場その場の気分に合わせて日々を好き勝手に生きているだけだ。
ガリアと同じことを考えているのだろう。ギルエラは容赦なく言い放つ。
「ないな。全く」
そうハッキリと言われてしまうと流石に腹が立つわけだが、さりとて言い返せる要素もない。
しかしシデナなる新人は、一生懸命に首をブンブンと横に振る。
「そんなことないです! ドラクリアンの戦う姿と圧倒的な強さ……ガリアさんに憧れた学生は多いです!」
ギルエラは腑に落ちたように「なるほど」と頷いた。
「確かにドラクリアンはインチキみたいに強いな」
そこを強調したのはどういう意味だ。いや間違ってはいないのだが。
ムキになって否定するのもダサい。ガリアがツッコミを入れずに放置していると、ギルエラは取り繕うように言う。
「……いや、まあ、あの出力に振り回されないガリアも上手いと思うぞ」
心理戦で勝利を収めたガリアは誇らしげに胸を張った。シデナは目をキラキラと輝かせて言う。
「あれだけ特異な機体を手足のように操れるのって本当に憧れます。僕なんかギガトンクラスですら苦戦しているのに……」
今まであまり意識したことはないが、こう褒められると凄いことのように思えてくる。もしかしたら自分は思っていたよりもだいぶ凄い人間なのかもしれない。うおおおおお!
「まあそれほどでもあるが……でも誰にでもできることだ。簡単じゃないだけでな」
これは持論だが、あくまでVMは人体の延長上にある。自分の肉体よりもむしろ動かしやすいぐらいだ。思考することのできる人間ならば、いずれは絶対に使いこなせるようになる。……と、ガリアは思っていた。
「本当ですか!? 僕……頑張ってみます!」
持論を述べただけなのだが、彼は存外に喜んでくれたようだ。ガリアには今まで自分より明確に立場の低い人間が存在しなかったのだが、こういうのも悪くはないと思える。忙しい中にあってもこぞって歓迎会など開くわけだ。
※
なんの因果か、ガリアは実働系部隊の新人研修に付き合うことになった。VMの模擬戦である。
「本来であれば私の受け持ちなんだが、今年は外せない用事が入ってな……。君になら頼めると思うんだけど……どうかな?」
メライア直々の頼み事だ。それにこれはガリアの実力を信用してのこと。断るわけがない。
「任せておけ。バッチリこなしてやろう」
「助かる。私はギガトンクラスの研究室に居るから、何かあったら呼んでくれ」
メライアはそう言うと、研修のマニュアルをガリアに渡して去っていった。中身に目を通す。どうやら初回は全力でボコボコにしても構わないらしい。指導などしたことがないのでこれはありがたかった。
しかし、模擬戦の内容が気になる。
「僻地での集団戦を想定……完全に戦争だなあこりゃ」
用いる機体はリムニル。現行機であるアインベリアルの一世代前に位置する機体だ。
本来、正規軍の武装はギガトンクラスを中心に行われる。バンパニアはドラゴンクラスを桁違いに多く保有しているが、これは本来であれば対人戦には過ぎた力。戦争にトルネードクラスを持ち出さないのは明確に条約で定められているが、ドラゴンクラスもまた(紳士協定ではあるものの)積極的には運用されない。あくまで対魔物か、あっても抑止力。内戦だというのにズンドコとドラゴンクラスを投入してくるヴァンパレスの開発力が異常なのだ。
そんな戦争の花形であるギガトンクラスを用いた集団戦は、明らかに国家間での戦争を意識している。
とはいえ周辺諸国の情勢は安定していた。連邦の一部貴族に不穏な動きは見られるが、それはあくまで一部。目下の敵はやはりヴァンパレスだ。
となるとこれは慣例なのだろう。一応は王国の正規軍ということで、侵略に対する力は備えていようだとか……多分、そんなんだ。
見えない脅威に備えるのも重要だが、やはり優先すべきは目下の問題。新人にはとりあえず習熟度の向上に努めてもらって、その間にギガトンクラスの集団でドラゴンクラスに対抗する戦術を研究するべきだろう。基本教練は基本だから基本なのだ。そもそも戦争するにしても、バンパニアの国境付近には様々な地形が存在するので平野での模擬戦はあまり参考にならない。最も有効なのは恐らく山岳地帯を想定した訓練なのだろうが、そうなると本当に国境付近に出向くことになる。……のだが、それは恣意的な威嚇行動の範疇だ。情勢が安定している時代にやることではないだろう。
陛下の改革政策のお膝元である王国軍であっても、やはり巨大組織の宿命からは逃れられない。こういった時代にそぐわない慣例が、王国軍にはいくつもある。まだまだ先は長い……と、メライアは嘆いていた。
考えていても仕方がない。とりあえずは与えられた業務に移ろう。
ガリアは訓練場である平原に足を運んだ。
ズラリと並んだ赤と青。本来であればリムニルの機体色は深緑か土色なのだが、今回は模擬戦ということでわかりやすくペイントされているのだろう。教官側が赤で、新人側が青だ。
ギガトンクラスの武装は基本的に外付けである。武器の選択は自由。戦いはすでに始まっている。
……始まってはいるのだが、はてどうしたものか。
今回のチームはガリアとマリエッタ、それと彼女の部下二人。対するチームはギルエラを指揮官とした新人四人組のチームだ。ルールは指揮官機の撃破。例年であればこちらの指揮官はメライアなのだが、今年はマリエッタである。小隊指揮であればガリアよりも彼女の方が何枚も上手なので妥当だろう。
――というのが前提条件。ガリアに求められるのは、チームでの行動に適した武器選択。ドラクリアンならとりあえず暴れていれば良いのだが、今回はわけが違う。
「……指揮官様の意向に従うか」
いい案が思いつかないので、マリエッタに確認をとることにした。
「え? あなたのポジションですか?」
「ああ。いろいろあるだろ。アタッカーとかシールダーとかガンナーとか」
「あなたが思い通りに動くとは思っていなかったので、あまり考えてはいませんでしたが……。従って頂けるのでしたら、遊撃として前線で好き勝手暴れていてください。こちらで合わせますので」
どうやら彼女はガリアを暴れ馬かなにかだと思っているようだ。まあいい。
それが与えられた任務であれば、全力でこなすだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます