第77話 ネクロマンサー
豪奢な邸宅は、観光地としての見栄えを優先したものだ。領主の生活レベルを落とし、貧相な建屋で暮らすことは簡単だろう。その分住民の生活は豊かになるかもしれないが、観光客の目にはそうは映らない。やはり
そんな邸宅は、当然のように内装も作り込まれている。公の建物としての本分はむしろこちらだ。
現在マリーの尋問を行っているこの部屋は、秘密裏に会談を行うためのもの。壁の向こうにはエリスと側近が待機していて、こちらの会話を確認していた。吸音魔法の効果で音声は一方通行。これは当主と一部の側近のみが知る構造で、マリーには教えていないそうだ。
「……わかりました。知っていることで良ければ、話しましょう」
観念したマリーの言葉に、この場に居る全ての人間が耳を傾けていた。
「この街の温泉が枯れ始めてから、私達姉妹は様々な方策を練ってきました。外部の術士を招き寄せて根本的な解決を目指したり、残った湯元から組み上げたりだとか、それはもういろいろと」
過ぎ去った苦労を噛みしめるような表情。しかしその瞳の奥に宿った悍ましいなにかに、ガリアはいち早く気付いてしまう。この女は、なにやら良くないことを企んでいる。
「結果として、エリスは闘技場の誘致を選びました。コロシアムでの武闘大会は各地で人気を博していますから、それにあやかろうということなのでしょうね」
辛い過去を語っているはずなのに、その口ぶりはあまりにも饒舌だった。なにかがおかしい。ズレている。きっとガリア以外の二人も気付いたことだろう。
ああ悲しいかな。その堰はもう解き放たれてしまった。彼女の語り口は止まることなく、常軌から少しずつ逸していく。
「でも平和な温泉街に闘技場の喧騒は似合わない。エリスはリアリストが過ぎていると思うのです。だから理想に届かない。私は違う。私は最善を諦めたりなんかしませんよ」
その瞳は、ここではないどこか――遥か遠くの空に向けられている。しかし、違った。彼女が見ているのはほんの近く。目と鼻の先にそれを感じ取っている。
「私は……両親を生き返らせることを選びました」
「死者の蘇生だと? そんなことができてたまるか」
それが自然の摂理だ。しかしマリーはメライアの言葉などどこ吹く風とばかりに話を続ける。
「エリスには成し得ない。しかし私にならできます。そのために傍若無人なテロリストとも手を組みました。ネクロマンサーには感謝しています。彼が居なければ私は計画を立てることすらできなかったでしょう」
彼女は立ち上がり、両の腕を大きく広げた。抱えきれないものを懸命に支える少女のように、ゆっくりと虚空を抱きしめる。
「パパとママならきっとこの街を救ってくれます」
声に震えや緊張はない。瞳はしっかりと目の前を見据えている。彼女は正気だ。
「もういいでしょう。それでは――」
誰かが指を鳴らした。マリーだ。彼女が指を鳴らしたのだ。
刹那、邸宅の頑強な天井が、いとも簡単に崩れ落ちた。瓦礫を避けるように部屋の角に逃げると、水晶の瞳と目があってしまう。
「ドラゴンクラス――ヴァンパレスか!?」
ガリアの叫びは轟音にかき消される。
巨人の手の平は、鉄骨の補強が施された壁を紅茶に浸したビスケットのように容易く砕く。またたく間に大地へと誘われた五指は、まるで即席の玉座のようにマリーを招き入れた。
「まずっ、ああ、もう! メライア、部下の粗相の責任よろしくね!!」
キルビスは叫ぶ。メライアの答えも待たずに、両の拳を叩き合わせた。
「巨人着装!!」
キルビスの足元から広がるのは漆黒の魔法陣。瓦礫の山を押し開き、装者の四肢を包み込むように現れたのは、陽光を照り返して黒光りする人型――ブラック・ガヴァーナだ!
「オリジナルの血縁か!」
見知らぬドラゴンクラスが叫ぶ。胸に刻まれた『DepDarDan』の文字。ディプダーデン――名称からしてDナンバーだろう。であれば、その装者は間違いなく彼らだ。
「偽物なんか興味はないの!」
まだ見ぬガリアのコピーにキルビスが啖呵を切る。しかし彼は狼狽えない。ハッチを開いて素早くマリーをコックピットへと引き込む。仕留めなければ逃げられる。
「確かに俺は三番目だ。でもどっちが本物だとか、そんなことに意味はないだろ、なあオリジナル!!」
三番目のガリア――ガリア
「そうかもな! でも姉ちゃんは俺のだ!!」
「知らねえ身内なんかこっちから願い下げだね!!」
そう吐き捨てたディプダーデンに、ブラック・ガヴァーナの体当たりが炸裂する。時間稼ぎは成功だ。邸宅をなぎ倒して、ディプダーデンは倒れ込む。
「なかなかやるな。だが目的は達した! ディープ!!」
ガリアⅢの叫びと共に、ディプダーデンを暗闇が包み込んだ。局所的な闇はわずかな広がりを見せた後、地中に染み込んでそこにあったものを消し去ってしまう。……逃げられた。
「逃走に特化した能力……なかなか厄介だな」
いつの間にやらエリスを保護していたメライアが、ディプダーデンが居た空間を眺めながら言う。次いで、エリスに向き直る。
「申し訳ない。緊急事態とはいえ屋敷を破壊してしまった。国から正式に補償を出そう」
「仕方がありませんね。それで手打ちに致します」
キルビスの言った責任とはこのことだろう。大人の世界は大変だ。
大人の世界に感心していたところで、ガリアは一息ついた。ついたついでに愚痴をこぼす。
「あーあ、でも振り出しか。どうやって見つけりゃいいんだ」
貴重な情報源であるマリーはどこかへ行ってしまった。得られた情報も微々たるもので、調査に進展はない。
しかし、そこでエリスが光明をもたらす。
「いえ、あのような代物を隠しておける空間は限られています。領地の外にはなりますが……怪しい洞穴が、ひとつだけ」
観光客に紛れての移動を想定していたので領内に的を絞っていたが、わずかばかり大胆な逃亡を図っていたらしい。件の洞穴は、人通りの途絶えた街の東端にあった。
いや、そもそもあのディプダーデンの能力があれば、拠点の移動など容易いことだったのだろう。それでも領地から遠く離れなかった理由は、マリーのこだわりだと見るのがいい。
つまり、マリーはヴァンパレスの動向をある程度制御できるほどの立場にあるということだ。
しれだけ資金提供が大きいのか、あるいはまた別の理由があるのか。彼女の言っていた死者蘇生の件も気になる。
「そもそもネクロマンサーってなんだよ」
ガリアの疑問には、メライアが答えた。
「ネクロマンサー……またの名を死霊術師。読んで字の如く、死霊を主に取り扱う術士……その成れの果てだ」
しかし、と彼女は付け加える。
「いかに禁術の使い手とはいえ、死者蘇生なんて話は聞かない。せいぜいが腐乱死体の不正利用ぐらいのものだ。ヴァンパレスと組んで良くないことを企んでいる可能性が非常に高い」
「先王の復活、とか……」
キルビスがポツリと呟く。メライアは頷いた。
「ありえない話ではないだろうな」
ロクでもないことになっている。ガリアの頭脳では先王の蘇生が具体的にどんな事件を引き起こすのか想像もつかないが、あまり良いことはないだろう。
「とにかくだ。早めに対応したほうがいいだろうな」
所詮は逃げ出した連中の寄せ集めだ。ガリア達はすぐに洞穴へと向かうのだった。
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