第78話 復活のG

 毎度毎度の電撃作戦。突入は迅速に、制圧は確実に。メライア隊は仕事の速さがウリなのだ。

 岩の隙間にわずかに開いた入り口は、人間がようやく通ることのできるサイズ。ここを通り抜けてからキルビスが着装し、ガヴァーナを先頭にして生身の二人が後に続く。

 しかし、そこに予想されていた戦闘はなかった。

 洞穴の奥に広がる空間は松明で照らされ、細部まで見渡すことができる。切り出された岩が幾何学的な文様を描き、中央の祭壇には木材で組まれたやぐらのミニチュアのようなものがあった。それはもはや、研究施設と呼べるようなものではない。呪術的ななにかだ。

 VMの建造に魔術的な工程を挟む例はいくらでもあるが、しかしそれらとはかなり違う趣がある。そもそもこの場にあるのは正体不明のオブジェクトのみ。こんな環境でVMの研究などできるわけがなかった。

「ハズレか?」

 内部をつぶさにするべく歩き出したガリアを、しかしメライアは制止する。

「待て。このセットには見覚えがある。なんだったかな、確か教本に載ってたんだ」

「教えてあげましょうか」

 背後から声。罠を警戒しつつも三人は一斉に振り返った。そこに立っていたのはマリーだ。彼女は満足気に微笑むと、楽しそうに口を開く。

「これはネクロマンサーが降霊の儀式に使う陣です。今からここで、あなた方を生贄に私の両親を蘇らせます」

 どうやら仕込みの上だったらしい。だが彼女一人になにができる。ガリアが言おうとしたところで――キルビスに先を越されてしまった。彼女は挑発するように着装を解いてから、誘うように言う。

「あらら、乗せられちゃった。でも、あなた一人でなにができるの?」

「私だけではありません。出なさい」

 マリーが言うと、背後から仮面の男とローブの男が現れた。じんわりと漂う腐敗臭に、ガリアはある確信めいたものを抱く。背格好からして、仮面の男はガリアⅢだろう。そして、あのローブの男は――

「Ⅲ、ネクロマンサー。お膳は整えました。後は任せます」

 予想通りだ。マリーにガリアⅢにネクロマンサー。確認されている人員はこれで全員揃った。他に兵力が出てくる素振りはない。キルビスがにんまりと笑う。巨人着装で一気に片を付けるつもりなのだろう。アイコンタクトで確認――間違いない。

 言うまでもなくメライアも理解していた。三人がそれぞれ戦闘態勢を取る。

「巨人ッ――」

 しかし、キルビスの叫びは不気味な高笑いにかき消された。

「ハハハハハハハハ!! よくもまあ、ここまで思う通りに動いたものだ!!」

 あまり笑い慣れていないのだろうか。しゃがれた声はどこかぎこちなく、本心から発せられたであろう言葉ですらどこか芝居がかっている。

 ひとしきり笑って満足したのか、ネクロマンサーはそのしわがれた手をマリーの肩に置く。急な出来事に驚いた彼女が振り返ると、反対の肩にガリアⅢが手を置いた。

「あんたさぁ……この爺さんに担がれてたんだよ」

「担がれた? 私が?」

 想定から遥かに離れているであろう現状を目の当たりにしたマリーは、動揺も顕に震えた声で復唱する。

「そうだ。あんたは俺達に利用されてたんだ。ご両親を生き返らせるなんて計画は最初から存在しない」

「利用されていた? 存在しない?」

 聞いた言葉を噛み砕きもせずにそのまま繰り返す様は、まるで狂った鸚鵡オウムのようだった。それがよほど愉快だったのか、堪えきれなくなったガリアⅢは腹を抱えて笑い出す。

 どれだけの間、無為な時間が流れただろうか。嘲笑が洞穴にこだまする。

 時間の無駄を悟ったのだろう。ガリアⅢは呆然とするマリーに侮蔑の視線を向けながら、なんとかもう一度笑いを堪えて語り始めた。

「降霊の儀に必要な本当の贄は……若い女の絶望だ。この世から消えたい……そんな諦めの感情に、霊は呼び寄せられるんだ。死者の国へと誘うためにな」

 もはやなにも返さなくなったマリーに向けて、まるで独り言のように語りかける。

「そのために、あんたを利用した。そもそも温泉が枯れたのはネクロマンサーのせいなのにな! 必死なもんだから笑いを堪えるのが大変だったんだぜ! そもそもあんたの親は絶対に生き返らない。多分、派手な葬式やってただろ? アレはネクロマンサーに死体を辱められないための儀式でもあるんだよ! どうだ、死にたくなっただろ? ……聞こえてないか」

 そう言ってマリーを突き飛ばすと、ネクロマンサーを祭壇へと誘う。

「さ、新鮮なうちにやっちまおうぜ爺さん。俺はどこに立てば良いんだ?」

 そうこうしている間に儀式が始まってしまった。二人を止めるべきか? マリーを助けるべきか? ガリアの見せたわずかな迷いに応えるよう、メライアの檄が跳ぶ。

「ガリアはマリーを! 行くぞ、キルビス!」

「巨人着装!!」

「無駄だ!! ダーク!!」

 ガリアⅢの言葉と共に湧き出した闇から現れたディプダーデンが、キルビスのブラック・ガヴァーナに組み付いた。自動操縦――それが第二の能力なのだろう。しかしまだメライアが居る。

「ネクロマンサー、覚悟!!」

 彼女が剣を抜き放つと、ネクロマンサーはローブの長い袖の中で小さく指を鳴らした。小さく振りかぶった剣が、大きな音を立てて砕け散る。一瞬にして武器を奪われたメライアは、次の攻撃を警戒して大きく飛び退く。案の定、元いた場所から炎の渦が湧き上がった。

「そこで大人しく見てろ。の瞬間をな!!」

 マリーは呆然としている。担ぎ上げて逃げ出さなければならない。

 しかし、ガリアはその言葉を聞き逃すことができなかった。

「アリアだと!? お前達の狙いはアリアだったのか!?」

 宿敵の顔と名前は、今でもハッキリと思い出すことができる。ガリアクァット――本当の意味で見返すことができなかった、もう一人の自分。

 ガリアⅢは揚々と語る。

「アリアは確かな誇りと覚悟を持っていた。自分勝手な俺達の中で、あいつだけが生真面目に職務を全うしていた。なのにあいつは無意味に死んだ! 飄々と生きてるだけのお前に殺された! そんな事が許されてたまるか!!」

「黙れ!」

 アリアは死んだ。もう居ない。それが正しい。そうでなくてはならないのだ。

「今にあの女の絶望を糧にアリアが俺に宿るだろう!! 見届けろ、俺の生き様を!!」

 ネクロマンサーが祭壇に立ち、古びた杖を振りかざす。マリーの身体から紫色の靄が吹き出し、ガリアⅢの周囲を包み込む。儀式が始まってしまった。もはやガリアにはどうすることもできない。

 陽の光すら届かない洞穴の真っ只中だというのに、天から光が差してきた。忌々しいほどに眩しいそれは、二つの光球を伴ってガリアⅢに舞い降りる。

 ――しかしそれは、想定外の事態だったようだ。

「待て、どういうことだ!? どうしてあいつが混ざってるんだ! おい!」

 目を見開いたガリアⅢ。しかし二つの光球は、無遠慮にもその肉体へと侵入する。

 空気が変わった。圧倒的ななにかが、この場の空気を支配している。

 気づけば、天から差し込む光は消えていた。

 闇の中で俯いていたガリアⅢが、ゆっくりと顔を上げる。口の端を大きく吊り上げ、心底嬉しそうに彼は言うのだ。

「……久しぶりだなぁ、ガリアゼロ」

 お前が来たのか。

「ガリアワン!?」

 半ば記憶から抜け落ちていたそれは、しかし今、間違いなく眼の前に姿を現したのだった。

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