第68話 ストロベリーなパニック

 テンションの上がったガリアは怒涛の勢いでサタンドールを叩き潰して回った。母艦を見失った雑兵達に統率は微塵もなく、分断されて各個撃破される始末。王国軍をあれだけ苦しめていた物量差は、あっけなく崩壊した。

 あれよあれよという間に殲滅戦は終わりを告げる。まばらに残った戦いの跡は、その壮絶さを雄弁に語っていた。

「クックック……アーッハッハッハッハ!!」

 そこは戦地のド真ん中。力尽きた悪魔の人形を蹴り上げて、ガリアは高笑いする。

 血を吸われすぎた結果、その体を突き動かすのは煩悩のみ。しかし、それももはや限界であった。

 大番狂わせを働いたガリアは、ドラクリアンの制御を失い倒れ込む。夜の闇に包まれ、その機体は静かに眠った。



 おちおち眠ってもいられないんだが。

 ベッドに寝転がったガリアは、すりおろされたリンゴを食べながら窓の外の景色を眺める。

 先の戦の功労者であるところのガリアは、ドラクリアンに血を吸われ過ぎて死にかけていた。三日三晩ベッドの上で悶え苦しみ、ようやく回復の兆しが見えてきたところ……らしい。

 死にかけていた間の記憶などあるはずもなく、タイミングよく見舞いに来たマジータちゃんに聞いたのだ。

「夢とか見てた?」

 ベッドに腰掛けミカンの皮を剥くマジータちゃんと他愛ない話をしている。ミカンは二人で食べるためのものだ。器用なもので、頑固な薄皮もスルスルと剥いていた。

「……姉ちゃんがひたすら耳元でブツブツ言ってる夢なら」

 ガリアの言葉に彼女は苦笑する。

「それ……夢じゃないかも」

「えっなんだそれ怖……」

 やってたのかよ。

 せっかく取り戻しつつあった血の気が、凄まじい勢いで引いていく。久しぶりに姉の奇怪な行動を垣間見てしまった。

 ガリアの顔が青くなっていくのを見てマズイと思ったのか、フォローするようにマジータちゃんは言う。

「まあでも、仕方ないんじゃない。ガリアくんのこと煽ったのはお姉さんとメライアちゃんだし。結果オーライだったけど、二人とも結構気にしてたみたいだよ」

 彼女の言葉に、ガリアは忘れかけていた事を思い出した。目が覚めてからずっと気になっていたことだ。

「ああそうだ。俺、なんであんなに盛り上がってたんだったかな」

 自分がハイテンションで身を削り続けたことは覚えている。躁じみた様相でガリアワンを消し飛ばし、サタンドールを蹴散らしたこともしっかりと覚えていた。

 しかし、なぜ自分がそんな無残な状態になってまで戦い続けたのかは覚えていないのだ。ピンチに陥って二人に助けられてからの記憶が、全くと言っていいほど抜け落ちている。

 ガリアの疑問符に、マジータちゃんはわずかに身構えた。なぜだ。

「えっ? あ、そ、そだね……なんでだろ」

 そのうえにこの反応。恐らく彼女は真実の一端を掴んでいるようだ。しかし、訊いたところでシラを切られるだけだろう。貧血気味な脳ミソではまともな策も思い浮かばず、諦めるしかなかった。

 ――そんな素直にしてやるかよ!

「知ってるなら教えてくれよ~」

 病人は甘やかせとばかりにしなだれかかり、猫なで声を出す。体重を預けられたマジータちゃんは、剥いたミカンを皿に並べてからガリアを押し返した。

「私からは絶対に教えてあげなーい。メライアちゃんに訊いてみれば?」

 彼女がそう言うなら、恐らくメライア絡みのことなのだろう。メライアが関係していて、ガリアがあれだけ盛り上がること……都合のいい妄想ばかりが思い浮かび、頭が痛くなってきた。

 背上げされたベッドにもたれかかり、こめかみを押さえる。頭と股間に血が登ってきた。深く息を吸って、一旦心を落ち着ける。

 噂をすれば影。絶好のタイミングでメライアが現れる。彼女は小走りでベッドに駆け寄ると、透き通るような声でガリアを労った。

「本当に良かった。もう二度と目を覚まさないんじゃないかと、気が気じゃなくて……」

 いつもと違ってその態度は弱々しい。彼女なりにいろいろと思うところがあったのだろう。おセンチになっているところ悪いが、ガリアにとっての本題は別にあった。

「なあ、あの時さ、俺なんであんなに一生懸命やってたんだっけ?」

「へっ!?」

 ガリアが言うと、彼女は虚を突かれたように口元を押さえる。なんだか物凄いことを言われていたような気がしてきたぞ。

 メライアは、しばしの間虚空に視線を漂わせる。永遠にそうしているのではないかと思われたが、マジータちゃんに肘で小突かれ意を決したらしい。軽く咳払いして、ガリアと目を合わせずに言う。

「キスしてやると、言ったんだ」

「え?」

 真っ赤になった顔を隠すように、彼女はそっぽを向いてしまった。それでもガリアの理解が追いついていないことを悟り、付け足すようにもう一度言う。

「ガリアが勝ったら、キスしてやると言ったんだ」

 メライアとキス。

 前に一度したのだが、あの時は状況が状況だった。お互いに冷静ではなかったし、心の隙間に付け込んだような形になる。いや、今のガリアが冷静かと言われれば、それには議論の余地があるのだが。

 口の中が乾く。血が欲しい。

 お互いがお互いを意識しあい、おっかなびっくり視線を交わす。マジータちゃんが見ているのも忘れ、少しずつ、距離を詰めていく。

 しかし、どうやら見ていたのはマジータちゃんだけではなかったらしい。

「え、なに言ってんの」

 雰囲気をブチ壊した闖入者ちんにゅうしゃに、場の注目が一斉に集まる。扉の枠にもたれかかっていたのは、キルビスだった。メライアに窘めるような視線を向け、年上の威厳を見せつけるかのように言う。

「違うでしょ。勝ったらメライアがエッチしてくれるって言ったんだよ」

 先程まで甘酸っぱい青春の香りで満たされていた空間は、一瞬にして外気同様の寒気に包まれた。

 沈黙を破ったのはメライアだ。

「わっ、私は言ってないからな!? キルビスが勝手に言ってるだけだ!!」

 向けられた抗議の視線を、しかしキルビスは片手で払って受け流す。

「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」

 いや減るだろ。

 だが、大方の予想に反してメライアは黙り込んでしまった。絶対に怒ると思っていたのだが。

 当のガリア本人と言えば、思考が追いついていなかった。確かにそんな事を言われれば半狂乱にもなるだろう。鬼のような自らの戦いぶりにも頷ける。しかしいざ、それが質感を持って眼の前に突きつけられると……うまく言葉が出せなかった。

 蚊帳の外に追いやられてしまったマジータちゃんは、しかし楽しそうにメライアを見ている。周回遅れではあるが、彼女の言動にも合点がいった。

 はてさて、どうしたものか。

 ろくなレスポンスを返さないガリアとメライアを見て、キルビスは身をくねらせる。

「まあ、メライアがそんなに嫌だって言うなら、姉ちゃんが一肌脱ぐのもやぶさかではないんだけど?」

 セーターの胸元を指で押し開き、隠された双丘をガリアに見せつけた。二の腕で強調された豊満なバストがガリアの思考を奪っていく。

 駄目だ。血が足りない。

「いやー選べないっす」

 ガリアは意識を手放し、ベッドへとその身を投げ出すのだった。

 結局、今回のご褒美は有耶無耶になってしまった。

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