第56話 情熱の騎士マリエッタ

 マリエッタのトレーニングは、有り体にいってハードなものだった。

 城下町の外周をダッシュ(キツい)だとか、壁殴り(痛い)だとか、上体起こし耐久(つらい)だとか、そういった類のものばかり。自らを鍛えているというよりは、追い込んでいると表現するのが正しいだろう。

 つまり本当に鍛えているのは身体ではなく心。バキバキに割れた腹筋や丸太のような太腿は結果としてそうなっただけに過ぎない。

 それにしたってこの過酷さは堪える。荒れ地での全力ダッシュが終わったところで、ガリアは座り込んだ。

「そろそろ休もうぜ。死ぬ」

 休憩を提案するも、彼女は応じない。

「勝手に死んでいてくださいます? わたくしはまだまだこれからですので」

 取り付く島もないほどに辛辣な対応。鍛えが足りていないガリアの心は折れた。

 一人だけで休憩というのはなにかに負けた気がして嫌だったのだが、仕方がないだろう。この様子ではテコでも動かないし、なんなら死んでも続けている。

 筋トレは効率のスポーツだ。闇雲に鍛えているだけでは思うような筋肉などつかない。――と、本で読んだ。だというのに、マリエッタの長身には鎧のようにびっちりと筋肉がついている。

 彼女のトレーニングはお世辞にも効率がいいとは言えない。並大抵の努力ではないだろう。それだけ努力しているなら、功績を見せびらかしたくなるのも……わからないでもない。

 それにしても生き急ぎ過ぎだろう。

 彼女がなぜここまで自らを追い込んでいるのか。結局この日は、なにもわからなかった。

 そして翌日。

 友人が無理なトレーニングをしていることについてどう思っているのか、メライアに訊ねてみた。

「マリエッタのトレーニングか? まあ、無茶ではあるな」

「あれほっといてもいいのか?」

 ガリアが訊ねると、しかし彼女は首をかしげる。

「本人が良いならそれでいいだろう」

 それは信頼の裏返しなのだろうか。ともすればドライにも聞こえるその言葉は、しかし不思議と突き放すような印象は受けなかった。

 まあ、彼女がそう言うなら。

 それにしても、ここ数日の彼女は前より美人に見える。外泊してからぐらいだろうか。元々彼女は可愛い系の顔立ちなのだが、目元が少し上品になっているような気がした。

 こういった場合は指摘したほうが喜ばれると本には書いてあったのだが、これがなかなか難しい。気のせいだったらただの浮かれポンチのナンパ野郎だ。かえって軽薄に思われるかもしれない。いや、メライアがどう思っているのかはわからないのだが。

 しかしそろそろ指摘しておきたい。根拠はないが、直感が間違いないと告げている。彼女は前より綺麗になった。

 あまり顔を眺めていると怪しまれそうなので、超高速で思考を回す。――これだ。

「そういやなんか良いことあったか?」

 メライアは疑問符を浮かべた。

「ん? なんだいきなり」

 どうやら遠回しが過ぎたらしい。こうなりゃヤケだ。

「いやあ……なんか最近さ……ちょっと、綺麗になったんじゃないかなーって気がしてな……ガハハハハ」

 メライアは無言でそっぽを向いてしまった。機嫌を損ねてしまったのか、そのままこちらに背を向けてスタスタと去っていく。照れ隠しで気持ち悪い笑い方をしたのがまずかったのだろうか。反省。



「あれ、メライアちゃんどうしたの赤くなって?」

「んなっ!? な、なんだマジータか……。いや、別になにもないが」

「ふーん。ところで最近化粧濃くない?」

「なっ。違う、これはメーカーを国産にしただけだから!」

「へー……。確かに品質いいもんね。でもどうしてまた急にそんなこと」

「う……いや、それは……なんだ、地価が」

「恋しちゃったんだ」

「うるさい!」

「相手は誰? やっぱりガリアくん?」

「お、お前……わかって言ってるな!?」

「いや知らないけど……まあメライアちゃんがどうこうするならガリアくんかなって」

「読まれている……単純で悪かったな……」

「それにしてもメライアちゃんがねえ。七個も年下の男の子をねえ。ふぅん、へえ」

「うるさい。年の差を強調するな。……仕方ないじゃん、気になっちゃうんだから……」

「まあ良いんじゃない? 私もガリアくんのことは結構好きだし」

「おい」

「……恋敵、欲しい?」

「おい。どういう意味だ」

「メライアちゃんも頑張ってね」

「待て。どういうつもりだ。おい」

「ちゃ~お~」

「おい!!」



 翌日。ガリアがエントランスの掃除をしていると、品のある女性に話しかけられた。

「すみません。宿舎はどちらにおありで?」

 緩いウェーブを描いた金髪はギラギラと眩しい。碧色の瞳からは高圧的な印象を受けるが、女性の物腰はあくまで柔らかなものだった。

 宿舎の場所を教えることは簡単だが、それは一流の仕事ではない。できる男の対応は違う。

「まず受付で入城証と行き先プレートを貰ってくれ」

 彼女は宿舎の場所ではなく、宿舎に行く方法を知りたいのだ。ガリアが決め顔で案内すると、しかし女性は胸元のバッジを強調した。

「特別入城証、ご存知ありませんこと?」

 知っている。関係者にのみ配布される顔パスバッジだ。

「……シツレイイタシマシタ」

 完全に牙を折られたガリアは、掃除を中断して宿舎までの道を示す。口頭では説明し難い位置にあるので、直接案内することにした。

「コチラ、シュクシャニナリマス」

 宿舎につくと、女性はなにかを探すように辺りを見回す。人探しなのだろうか。それなら宿舎より適切な場所があるのだが。

 と、偶然にもマリエッタが通りかかる。ガリアにこの女性の相手は荷が重いので引き継いでもらおう。そう思ったがリアが声を掛けるより先に、立ち止まったマリエッタが驚愕の声を漏らす。

「お、お母様……!?」

 マリエッタに母と呼ばれた女性は、娘を前にして本性を現すように口の端を吊り上げる。

「ごきげんよう。久しいですね、マリエッタ」

 それはまるで、満面の笑みを模した仮面のようだった。見てくれだけなら百点満点。しかし実際に前にしてみれば、そこに浮かんでいるのがポジティブな感情でないことなどすぐにわかる。

「ごきげんよう……お母様」

 相手が母親だというのに、マリエッタは怯んでいた。いつもの態度からは想像もできないほどに弱腰な彼女を見て、ガリアは思わず興奮してしまう。

「どうしたんだよマリエッタ。そんなにビビっちまって」

 ガリアの煽るような言葉に、しかし彼女は無言を貫いた。大きく開かれた額からはダラダラと汗を流し、視線を露骨に逸らしてしまう。

 女性はマリエッタとガリアを交互に見やると、鼻で笑ってから嘲るように言った。

「ずいぶんと仲がよろしいのですね。家業をなげうってまで貫き通した騎士道とは、殿方との絆を深めるためのものだったのですか?」

 あれれ……。俺、なんかやっちゃいました……?

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