第57話 高慢貴族ベルモンデ

 俯いたまま黙り込むマリエッタを見下ろし、母親を名乗る女性は言い放つ。

「あなたの進路を認めたのは間違いでした。今からでも遅くはありません。演武の道に戻りなさい」

 マリエッタの表情が変わる。それは怒りか悲しみか。夢への愛は彼女の心を鋼に変える。

「いいえお母様。わたくしは騎士の道をやめるつもりはありません。この心に誓いましたから」

 しかしマリエッタの母親は、彼女と同様に頑固だった。娘の意地などどこ吹く風。主張の一切を曲げることなく、にべもなく告げる。

 だが、不思議と突き放すような印象は受けなかった。

「許しません」

 マリエッタはわずかにたじろいだが、ようやくいつもの調子を取り戻したらしい。固めた決意を胸に秘め、噛み付くように言い放った。

「あなたに許可など求めていません!!」

 岩をも砕かんばかりに固く握り込められた拳。繊細さと力強さを兼ね備えた腕には、日々の鍛錬が染み出しているかのようだ。彼女のトレーニングの成果は、今――確かに現れていた。

 そんな娘の姿を見て、話が平行線に陥ったことを見抜いたのだろう。女性は目を細め、試すような視線をマリエッタに向ける。

「では……あなたの覚悟を見せてもらいましょう」

 すると女性は、手提げ鞄からくすんだ水晶を取り出した。まるでこの展開を見越していたかのように、流暢な言葉を続ける。

「今日はこの国の一貴族――ベルモンデとして、に依頼をしたく参りました」

 ベルモンデというのが彼女の名前なのだろう。そんな顔をしている。

 ベルモンデはくすんだ水晶を陽の光にかざし、、すり抜けた光を見つめながら言う。

「こちらの七色水晶は、当家が演出のために用いているものです。しかし長い時を経て、遂にその輝きを失ってしまいました」

 七色水晶とは、光を当てると様々な色を放つ特殊な水晶だ。七色というのは沢山という意味で用いられていおり、実際は魔力を込めることでどんな色でも放つことができる……と、本に書いてあった。

「しかしわたくしどもの兵力ではドラゴンの巣に近づくこともできません。どうか騎士様、新たな七色水晶の採取を頼まれていただけないでしょうか」

 ベルモンデの顔をしばらく見据えてから、マリエッタは頷く。

「……わかりました。七色水晶の採取、承りましょう」

 するとベルモンデは軽く頷き、すぐに背を向けて立ち去ってしまった。ほんの一瞬だけ、彼女が満足そうな表情を浮かべていたのは……気のせいだろうか。

 少なくともマリエッタはそれを深く追求しようとはしなかった。立ち去る母の後ろ姿を振り切るようにガリアを見ると、彼女にしては珍しく陰気な笑みを浮かべる。

「さて、竜の巣突撃部隊を編成しなければなりませんわね」

 話の流れからして、七色水晶は竜の巣内部で採取できるのだろう。竜の種類にもよるが、基本的に数で押せばそう難しいものではない。

「どこに声をかけるんだ? 第三大隊辺りか?」

 ガリアの提案に、彼女は首を横に振る。適度に暇で適度に強い第三大隊は国民のお悩み解決作戦に適任だと思うのだが。他にアテでもあるのだろうか。

 しかしマリエッタの発言は、ガリアの予想を遥かに超えた。

「今回の作戦はわたくしとあなただけで行いますわ」

 意味がわからない。

「なんでだよ」

「簡単ですわ」

 わずかに勿体つけてから、彼女は言った。

「今回の標的は、鉄甲竜――ネマトーダなのですから」

 鉄甲竜ネマトーダとは。

 北の果ての鉱山跡地に生息する、鋼の鱗で全身を覆った巨大な竜だ。山のような巨体は、首をもたげれば大地が割れ、翼を広げれば嵐が起こると言い伝えられている。存在そのものを怖れられ続ける "災魔" の一種だ。

 しかしその性格は噂に反して穏やかなものとされている。こんな化物を抱えながらこの国が未だ元気に生きているのがその何よりの証拠だ。

 しかし巨体に見合った広い心を持っていても、縄張りに侵入したものに対しては容赦がない。北の大鉱山が閉鎖されたのも、この竜の巣を掘り当ててしまったからだとメライアが言っていた。

 平たく言ってしまえば、生きる災害だ。

「ネマトーダの巣に一度に潜ることができる最大戦力は、ドラゴンクラスの吸血甲冑が二機ほど……。いざという時のことを考えると、ドラクリアンの戦闘力は適任と言えるでしょう」

 それっぽくお題目を並べ立てるマリエッタ。しかしその本音は、陰気な笑みと次の言葉に集約されていた。

「それに……あなたがかき回したのですから、責任を取るのが筋というものでしょう?」

 確かに茶々を入れたガリアにも責任の一端があると言えなくもないかもしれない。様々な言い訳を脳内でこねくり回したが、言葉にするよりも早くマリエッタに腕を掴まれた。膂力ではとても敵わない。そのままメライアの部屋まで連行された。

「――というわけで、ガリアをお借りしますわ」

 マリエッタが言うと、メライアは特に反対の意も示さず頷く。

「わかった。実行の際には細心の注意を払うように」

「心得ておりますわ」

「いやいやいやいやいや待てよ。俺のこの意思は全て無視かよ」

 ガリアが韻を踏むと、なぜかメライアの部屋に居たマジータちゃんが邪気のない笑みを浮かべる。

「まあまあ、人生何事も経験だよ。それにネマトーダはガリアくんも生で一度見ておいたほうが良いと思うよ」

 なにかを企んでいる様子はない。どうやら心からガリアがネマトーダとやり合うべきだと思っているようだ。マジータお姉ちゃんは薄情である。

「では、しばらくお借りしますわね」

 誰も疑問を挟むことなく、ガリアの作戦参加が決まってしまった。



「いいの? マリエッタちゃん可愛いしガリアくんとられちゃうかもよ?」

「問題ない。あいつ私のこと好きだし」

「ほほーう。メライアちゃんにしては珍しく強気の発言」

「本人に聞いたからな」

「……えっ、知ってるの?」

「うん」

「……で、お付き合いの方はなされてるので?」

「いやそれは……まだしてない」

「いやそれはじゃないから……流石にそれはガリアくんが可哀想だよ……」

「う……いやしかし……」

「えっ? いや、だって好きなんでしょ?」

「それはそうなんだけど……いやでもいろいろあるし……」

「待って、メライアってそんなめんどくさいキャラだったっけ?」

「め、めんどくさいとはなんだ。私はその、ただ……」

「いや、私も他人のこと言えた義理じゃないけどさ。いくらなんでも奥手すぎない?」

「う……」

「どう転んでも勝ち戦なんだし躊躇う理由ないじゃん。付き合っちゃいなよ。はい決定」

「ちょっ!? 勝手に決めるな!!」

「流石にガリアくんが可哀想で見てらんないよ。あの子いくつだと思ってるの?」

「……十八歳」

「そんな多感なお年頃で、好きなお姉さんに恋心を弄ばれてたと知ったらグレちゃうでしょ」

「元々半グレみたいなものだろ」

「それはそうだけどそうじゃないの! メライアちゃんがガリアくんを弄んでたことがバレたら世紀の大魔王になっちゃうんだよ!」

「流石に飛躍しすぎじゃないか。ガリアなら大丈夫だろ……多分」

「やっぱりメライアちゃんはガリアくんのこと買い被ってるよね。何度かヘコんでたの忘れてるでしょ。好きだからって過信しちゃ駄目だよ」

「うっ……」

「とにかく、戻ってきたらすぐに告白すること。いい?」

「くう……わかったよ……」

「よろしい。それまでに覚悟を決めておくこと」

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