なりたい自分

第55話 ガリアの休日

「ま、まぶしい……」

 朝日に目を焼かれないよう手で影を作りながら、ガリアは呻く。今年の日差しは、いつもより強い気がする。

 ガリアがおっかなびっくり朝日に立ち向かう中、キルビスは特に気にすることなく伸びをしていた。薄いトップスの隙間からバストのカーブが覗いている。豪快な姉の仕草に、ガリアは少し驚く。

「姉ちゃん眩しくねえのかよ……」

 彼女はキョトンとしながら言う。

「え、別に眩しくないよ」

 そうだろうか。

「いやいつもより眩しくないか? ……やっと慣れてきた」

 おどおどしながら朝日を眺めるガリアを見て、キルビスは苦笑した。

「ここのところ内勤ばっかりだったから、暗さに目が慣れちゃったんじゃない」

 確かにガリアはここ数日内勤ばかりしている。メライアのVMが壊れてしまったので、外回りからは遠ざかったのだ。城中の伝送系――魔力を通す路のことである――の点検だったり、暗がりで行った業務も多い。

 しかしそれならキルビスだって同じ条件のはずなのだが。

「今日はお休みなんでしょ? 久しぶりに外に出てみたら?」

 少し意外な提案だった。絶対に一緒に出かけようと言いだすと思ったからだ。

 先日メライアと外泊した翌日、キルビスは異様に機嫌が悪かった。メライアと宿に泊まった旨を告げたところ青くなってひっくり返ってしまったし、起きたら起きたでガリアにべったりくっついて離れなくなってしまったのだ。丸一日くっついて仕事をしていたので、傍から見たら奇妙な光景だっただろう。メライアにも引かれた。

 彼女は明らかに弟離れができていない。

 それを思えば、今日の提案は進歩した結果とも言える。

「姉ちゃんも一緒に行くか?」

 冗談めかして言ってみると、彼女は手を振り苦笑した。

「やーね。姉ちゃんは今日もお仕事。眷属は飛ばしておくから、安心して行ってきなさい」

「いや飛ばすなよ!」

 あれ以来常に視線を感じると思ったらあんたのせいだったのか。ガリアが振り返ると、まるまる太ったカラスが居た。怖い。

「姉ちゃんはガリアのこと絶対に見捨てないから」

 見捨てないというのは、常に監視しているという意味ではない気がするのだが。ガリアの怪訝顔をしばし見つめてから、姉は耐えられないとばかりに吹き出した。

「も、もう、冗談だって。そんな怖い顔で睨まないでよ」

 心底おかしそうに言うキルビス。しかし年頃の男児にとってプライベートの秘匿は死活問題だ。ただでさえ彼女と同部屋になってから捗っていないというのに。

 ようやく笑いが収まったらしい。彼女は冗談めかしてこう言った。

「監視してるってのも冗談だって。じゃなかったらあんなに詳しく聞く理由ないでしょ?」

 メライアと外泊した時のことだろう。そもそも、そこまで必死になって探ろうとしないで欲しいのだが。

「それに、姉ちゃんが隣に居るからって遠慮して控えたりしなくていいからね。男の子なんだから。逆に心配しちゃうよ」

 具体的な単語は何一つとして含まれていなかった。しかしガリアには、この姉の言おうとしていることが手に取るようにわかる。

 できるわけがなかった。

「そう思うなら部屋変えてくれよ!」

 キルビスは叫ぶ。

「そしたら姉ちゃんに内緒で女連れ込んじゃうかもしれないでしょ!?」

「なにがいけないんだよ!!」

 ガリアが言うと、キルビスは顔を真っ赤にした。声の震えを必死に抑えながら、精一杯に絞り出す。

「ね、姉ちゃんはこんなにガリアのこと愛してるのに……! ガリアは、ガリアは……!」

「お、落ち着けよ……俺も姉ちゃんのこと大好きだけど別に監視したいとは思わねえぞ……」

 思わずとんでもないことを口走ってしまったが、吐いた唾は飲めない。それにまあ、べ、べべ別に嫌いではないし?

 最初はとんでもない奴だと思っていたが、彼女の愛は本物なのだ。ただ、時間が経ちすぎて形が歪んでしまっただけで。

「ほんと……?」

「ほんとだよ」

 照れ臭いことこの上ないが、今は乗ってやるしかない。しかし彼女はとんでもない要求を突き出した。

「じゃあキスして。恋人みたいなやつ」

 別に美人だし身体も最高なので関係を持つことは満更でもないのだが、いざそういった感情を向けられるとどうしていいかわからなくなる。ガリアが硬直していると、彼女はまたも吹き出した。

「くっくく……冗談だってば」

 冗談っぽくないんだよ!!

「まあ、もしもガリアが望むなら……私は、いいけど」

 いつかの予想が当たってしまった。脳裏に白い目をしたメライアの姿が横切る。知らないのでわからないが、普通の姉弟の距離感ではない気がした。普通ではないので仕方がない気もするのだが。

 とりあえず今日は出かけることにしよう。



 とはいえ、休日に外でやることも特にない。場当たり的に生きてきたガリアに趣味のようなものはないからだ。

 城下町の景色も見慣れてきたので、趣向を変えて少し外れた小道を歩く。知らない場所に行くのは、楽しい。

 同じ国の中なのに、城下町とはまた違った雰囲気だ。よくよく観察してみると、柵の作りが違うものになっている。チンピラをしていた頃には気にもしていなかったことだ。暮らしが変わると世界の見え方が変わると言うのはこういうことなのだろう。きっとこの積み重ねで人生も変わっていくのだ。

 なにもかもが新鮮な景色を眺めながらしばらく歩いていると、見知った顔と出くわした。

「あら、ガリアではありませんか」

 立ち止まり、息を切らしながら言うマリエッタ。相当な距離を走っていたらしい。薄手のトップスは汗に濡れ、紅潮しほんのりと桃色を浮かべた肌に張り付いていた。

「こんなところでトレーニングか?」

 ガリアが訊ねると、マリエッタは自慢気に頷く。

「わたくしはなにもしなくても優れた騎士でもありますが、勤勉なのでこうして日々研鑽を重ねているのです」

 そう言ってから、なにかに気づいたように辺りを見回した。

「今日はメライアと一緒ではないのですね」

 どうやらいつも一緒に居ると思われているようだ。

「非番は俺だけだからな」

 すると彼女は意外な提案をしてきた。

「それなら、わたくしのトレーニングに付き合ってくださらない? 一人ではどうしても単調になってしまうもので」

 張り付いたトップスに浮かび上がる腹筋がエロい。ガリアは躊躇うことなく頷いた。

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