第51話 素行調査

 メライアは先に友人の件をハッキリさせたほうがいいだろう。というわけで、人身売買の件はマジータちゃんと組んで捜査することになった。

「マジータ、ガリアを頼んだよ」

「これで貸し一ね」

 マジータちゃんが冗談めかして言うと、メライアは苦笑しながら頬を掻く。

「後が怖いなあ」

 特段取り立てに来ないのも怖いですよねこの人の場合。

「まあ私も基本暇だしね。たまには現場に出ておかないと鈍っちゃう。……というわけでガリアくん、久しぶりに表仕事するお姉さんをエスコートしてね」

 彼女はバチコーンとウィンクする。表向きはそれだけだが、ガリアは背中に指で『ドラッグ』と書かれていた。ここのところこちらが優勢なので巻き返しを図っているのだろう。受けて立つぜ!!

「それじゃあ、また」

 そう言ってメライアは立ち去る。その足取りは、先程までよりは軽やかに見えた。一安心したガリアがそっと胸をなでおろしたのを、目ざといマジータちゃんは見逃さなかった。

「ほっほう、今のでわかっちゃいましたかガリアくん」

「なにがだよ」

 彼女はガリアの背中をバシバシ叩き、そのままグイッと肩を抱く。顔が近いぞお姉さん。

「またまた~トボケちゃって。メライアちゃんが元気になって安心してたクセに」

 鬱陶しい絡み方だったが、無視するわけにもいかないので素直に答えておく。

「そりゃな。あれぐらいわかる」

 すると彼女は嬉しそうに笑うのだ。

「よく見てると思うよ。やっぱり好きなんだ?」

 ガリアは即答しそうになって、ギリギリのところで思いとどまった。これは罠だ。いや、しかしバレたところで問題があるのだろうか。ネタにはされるかもしれないが、否定したところで『どうせ好きなんでしょ?』と言わんばかりにいじってくるのは目に見えている。ここまで追い詰められた時点で詰みなのだ。

 であれば潔く認めてしまったほうがいいだろう。

「まあな。恩人でもあるし」

 マジータちゃんは満足そうに頷く。

「なるほどねえ。うんうん。私も応援してるよ」

「ありがとうマジータお姉ちゃん!」

 足元に激しく火花が散った。無詠唱である。しかも威力が前より強くて滅茶苦茶痛かった。

 その場で転んだガリアに向けて、マジータちゃんは言い放つ。

「あんまりからかわないでくれるかなあ?」

 ドスの利いた声で言われると普通に怖い。頬が赤いのでまだ照れているようだが、ある程度は慣れてしまったのだろう。反撃手段を失ってしまった。

「うぅ……じゃあもう仕事しようぜ」

 本題は人身売買の子細であって、ガリアの恋路ではない。立ち上がって急かすと、ガリアをいじり足りないのか彼女は不服そうにしながらも頷いた。



 ザニアが非合法な何かに関与しているのではないか。その疑惑を晴らすため、メライアはザニアの素行を調査していた。

 そもそも彼女は普段なにをしていて、どのような活動で生計を立てているのか。霞を食べて生きていける人間などいない。必ずどこかで金銭か、あるいは現物を手に入れている。

 みを働いているわけではないのだろう。あのタイミングでメライアの財布に手を付けていなかったのが状況証拠だ。

 であれば、普通に仕事をしているか、あるいは誰かに養われているか。再会した時の状況からすると、普段から連れ込み宿のような場所で寝泊まりしているのは間違いないだろう。

 まずは件の連れ込み宿で聞き込みをしてみようと思い、失敗した。無人だなんて知らなかった。使ったことがないから。

 気を取り直して、今度は宿の周辺でたむろしている連中に聞き込みを行う。メライアの記憶が正しければ、彼らは先日もこのあたりに居た。

「あの女か? よく金持ってそうな男と一緒に入ってくのを見るぜ」

「たまに男怒らせて追い出されてるみたいだけどな!」

「そうじゃない時? 知らねえが、近くの酒場で夜通し飲んでるのを見たことはあるぜ。マスターと盛り上がってたな」

 聞いているだけで頭が痛くなってくるのを除けばなかなか有益な情報だ。彼らは観察眼に優れている。

「協力感謝する。これは情報代だ」

「すげえ! 女に金払ってヤッたことはあるけど、女と話して金貰ったのは初めてだ!!」

 まだまだこの国は貧しい人が多いとメライアは痛感した。与太話に花を咲かせる男達を尻目に、メライアは酒場へと向かう。

 酒場で夜通し飲んでいたということは、現金を手に入れる機会はあるということだ。であれば、養われているのではなくなんらかの手段で金銭を稼いでいるのだろう。

 ザニアの性格上、初見の酒場でマスターと夜通し盛り上がるとは思えない。最低でも顔見知り程度ではあるはずだ。

 酒場についたメライアは、ミルクを頼んでからこっそりと訊ねた。

「ザニアという女を知っているか?」

「……客の話をベラベラ喋るわけにはいかない」

 義理堅い相手のようだが、ここは貧民街。独自のルールが存在する。

「私はビジネスの話をしてるんだ」

 情報収集で一番早くて確実なのは購入することだ。金を貰ってわざわざ嘘を言う相手は少ない。買った情報の信用度については精査しなければならないが、買う相手を見極めれば確実性は引き上がる。

「……なにが知りたいんだ?」

「彼女はどこで働いている」

 情報は簡潔に。必要最低限のことだけわかればいい。あれこれ嗅ぎ回りすぎると流石に怪しまれる。

「運び屋だ。客まではわからないが、ウチで取引していたこともあるな。これ以上は教えられない」

「協力感謝する」

 飲み干したミルクの代金に色を付けて支払い、メライアは席を立った。

 手帳のチェックは予定の確認だろう。休日を確認したことからも辻褄が合う。騎士の予定を把握しておきたい運び屋といえば……最近の動向も考え、ドラッグの密売関係だろう。

 しかし、これならまだ救いがあった。

 カルテルではなく運び屋として働いているのは、基本的に雇われの部外者だ。多くは金に困窮しての行動であり、金銭面での問題が解決すれば足を洗うことができる。

 これがもし思想絡み……ヴァンパレスのような反政府勢力などであれば、更生は難しいところだった。一度染まってしまった人間の思想を塗り替えるのは難しい。

 ザニアを救うことができそうで良かった。ここのところずっと胸につかえていたものが取れ、メライアは深く安堵する。

 結局の所、彼女に後ろ暗いものがあることはわかっていたのだ。それをどうすることもできないのか、自分がずっと気にかけていたのは、恐らくその点なのだろう。そうだ、きっとそうに違いない。

 ともあれこれで、友人を見捨てずに済んだ。

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