第50話 フレンドリー・ファイヤ
なんとなく、漁られたバッグの中身を確認する。疑っているわけではなく、事故を防ぐためだと自分に言い聞かせながら。
財布は……触れた形跡がない。中身も減ってはいなかった。やはり彼女は無実だ。
と、不意に手帳が目に入る。ページの端にヨレがあった。こんなヨレ、あっただろうか。
中身を確認する。明らかに開いた跡がある。ここのところ使っていなかった手帳だから、すぐにわかった。しかしなぜ、ザニアはこれを開いたのか。
……騎士の手帳を覗き見るのは、場合によっては財布などよりよほど重大なことではないのか?
「……考えてるだけじゃ、仕方がないか」
もう一度会ってみよう。今日の予定を変更し、貧民街のパトロールに向かう。道行く人に聞いて回り、すぐに見つかった。
「ザニア。ちょっと時間あるか? 話があるんだが……」
呼び止めると、彼女は焦ったように言う。
「あ、メライア。ごめん。ちょっと今忙しくて……そうだ。次の休み、いつ? あたしも合わせるからさ」
「休みか? それなら――」
「わかった。じゃあまたね!」
「あ、ちょっと」
結局まともに話もできなかった。呼び止める声も届かず、彼女は人混みに消える。……有り体に言えば、とても怪しかった。
あの逃げ方、はぐらかされたのはまず間違いない。それにさり気なくメライアの休暇を聞き出すことに成功している。一騎士の休暇など大したものではないが、公開されていない情報であることは確かだ。
しかしまだ、真偽の程はわからない。本当に忙しいならもう一度接触しても無駄だろうし、嘘だとしてもはぐらかされるだけだ。今度の休日、改めて接触しよう。
なにより、彼女にかまけてばかりはいられない。メライアにはまだまだ他に仕事があるのだ。
※
書類を作成しながら、ガリアは頭を抱えていた。面倒な案件を背負うことになりそうだ。
昨日、キルビスと一緒にスラムの調査を行った。人々の貧しい生活を見る度にキルビスがガリアを甘やかそうとして大変だったのだが、本題はそこではない。
どうやら、しばらく前からスラムの人間が不自然に行方不明になっているらしいのだ。
不自然に、というのはそもそもスラムの人間は放っておけば勝手に減るのが当たり前だからである。行方不明など日常茶飯事。昨日楽しくお喋りした相手が翌日には水死体になっていたりもする。
スラムで人が行方不明になる……それ自体は、(倫理的な問題を除いて)さしたる問題ではないのだ。因みにこのことをキルビスに話したら抱きしめられてしばらく離してもらえなかった。心配してくれるのはありがたいが、いちいちこれでは少し困る。
では、なぜ今回の行方不明は不自然なのか。理由は単純。発見された死体が少なすぎるのだ。
行方不明とはいえ、本当に蒸発したまま消えてしまう人間は少ない。全体の比率で言えば三割に満たないだろう。しかしここのところの行方不明者は、ほとんど死体が見つかっていないのだ。
スラムで人が居なくなる理由は千差万別。だからこそ、こうして同じような事象が続くのなら必ず裏がある。
というわけで調査を進めていたら案の定人攫い案件だったので、今報告書を作っているのだ。
どうにも連邦の奴隷商が流れてきているらしい。VMの登場で人間一人あたりの生産性が向上し、奴隷という概念は廃れていった。しかし連邦の一部領土では盛んなところもあるのだとか。
メライアが忙しそうだったのでキルビスと協力してある程度進めていたのだが、ここまで来るとガリアの手には負えない。ここらでメライアに報告を入れよう。また面倒な案件に繋がってマジータちゃんにハメられるのも嫌だし。
書類を仕上げて、ひとまず休憩に向かう。やはり書き物は疲れる。パーッと暴れてたほうが気が楽だ。
休憩室に行くと、ちょうどよくメライアも一服していた。隣に座ると、彼女も気づいたらしくこちらに視線を向ける。
「おつかれ。調子はどうだい?」
いつもより少しテンションが低い。とはいえ今は仕事の話だ。
「ああ、順調だ。順調すぎてヤバいものを見つけた」
「ほう、どんなネタかな?」
「それがな――」
話を聞く彼女は、少し様子がおかしかった。ガリアの話を聞いてくれているのは間違いないのだが、ちょくちょく別のことを考えている気がする。物事を切り分けて考える彼女にしては、珍しいことだ。
上の空とまではいかないにしろ、このままではあまり良くないだろう。一通り離し終えてから、ガリアは訊ねる。
「……なんか悩みでもあるのか? ちょっと変だ」
すると彼女はたいそう驚いたらしい。ポカンと口を開き、しばしガリアを見つめる。少しアホっぽくて可愛い。
それをしばらく眺めていると、ようやく自分が呆けていたことに気づいたらしい。彼女は軽く咳払いをし、取り繕うように言った。
「……いや。いろいろあったはずなのに、君はちゃんと前に進めているんだなと、感心していたんだ」
感心していたわりには少々アホっぽい絵面だったのだが、まあいいだろう。
「そりゃあ、いつまでも気にしてたって仕方がないからな。それに……一人じゃないから」
口をついて出た言葉を、ガリアは後悔した。事実とはいえ思わず小恥ずかしいことを口走ってしまった。隠しておくつもりだったのに。
するとどうだ。メライアが意地の悪い笑みを浮かべたではないか。
「なんだ、妙に素直じゃないか。可愛い奴め」
肩を組まれてグイグイと揺すられる。ちょっとおっぱい当たってるんですけどうわっ柔らかっ。
が、これで確信した。やはり彼女は調子がおかしい。ガリアが云々というのは、恐らくブラフだ。
「……メライアも、一人じゃないんだ。悩みがあるなら言ってくれ」
ガリアが言うと、彼女は急に動きを止めた。相変わらずおっぱいは当たったままだが、指摘はしないでおく。
「君も人の気持ちがわかるようになってきたか……いや、私がそれだけ顔に出ていただけかもしれないが……」
ようやく観念したらしいメライアは、佇まいを整えて語り出す。
「本当に個人的な悩みなんだ。こういうの、部下に話すのはかっこ悪いしどうかと思って……でも、そう言われちゃうとな」
彼女は照れくさそうに頬をかきながら言う。どこまで調子が悪いのか、語り口にいつものキレがなかった。
「実はこの前、昔の友人に会ってな。……まあいろいろあって、どうにも怪しいんだ」
「いや端折りすぎだろ……」
「ああ、そうだね。ごめんごめん」
彼女なりにボケたつもりだったのだろうか。普段はもう少しわかりやすい冗談を言うのだが。
「この前、君と別れて貧民街のパトロールに行った時のことなんだが――」
それから彼女は、起きたことを事細やかに説明した。再会からなにから、なんならマジータちゃんに相談した内容までそのまま。調子が悪すぎて要点をかいつまんで説明できなかったのだろう。意外な一面だ。
おかげで、ガリアなりに考えて答えを出すことができた。
「――というわけ。ちょっと情けないよね。こんなことで悩むなんて」
自嘲気味に彼女は言う。少し茶化したほうが彼女も話しやすいだろう。
「俺、友達居ねえからよくわかんねえけど……怪しいと思うならこっそり調べちまえばいいんじゃねえのか? 聞きにくいなら別に直接確認しなくてもいいだろ」
ボケた上で、ガリアは持論を述べる。
わざわざ向き合おうとするから疲れるのだ。少しセコいかもしれないが、隠れて調べて早くハッキリさせてしまえばいい。シロなら一安心だし、クロだったらその時考えればいい。
すると彼女はハッとしたようにガリアを見る。
「ああ……そうか。別に本人に確認しなくてもいいのか……。ああ、案外思いつかないものだな……」
ボケは通じていなかった。
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