第46話 ガリア、ガリアⅠ、ガリアⅦ

 迫りくる木造の竜に、その機体は対峙した。

 純粋に人間の肉体を拡張したゴブリンクラス。違うのは、その身に余る出力だ。

 たすき掛けのようにペイントされた機体名。ガヴァーナ――キルビスのVMである。

 しかしゴブリンクラスの図体では、いくら出力があってもあの巨体を食い止めることはできない。だから、姿で戦うのだ。

巨人着装きょじんちゃくそう!!」

 ガヴァーナの周囲に、漆黒の魔法陣が展開する。白い機体を包み込むように現れたのは、漆黒の翼――ブラック・ガヴァーナ!

 そう、ガヴァーナとブラック・ガヴァーナは同じ機体。異次元に巨体を格納し、ゴブリンクラスに力を抑えたのがガヴァーナの正体。この二つの形態こそが、Gナンバーの真髄なのだ。

「ガリア……こっちは姉ちゃんに任せてね!」

 黒い翼は空に舞う。情熱の炎を乗せて。



 ガリアはダイカイザークを追い詰めていた。

「さっきまでの威勢はどうした!? 俺達の力に恐れをなしたか!?」

 超高速のブローでコックピットを揺さぶる。素早い回し蹴りで壁に叩きつけられた機体の中で、ラッキーが呻く。

「やるな……思ったよりも!」

 飛び交う構造材。その全てをガリアは叩き落とし、ダイカイザークに迫る。制御系をいくつかやられたのか、逃げることすらままならないようだ。

「……腕だ」

 両腕を鷲掴み、力任せに引きちぎる。これでもう格闘戦には持ち込めない。

「足だ」

 股関節を踏み潰し、逃げ場をなくす。

「頭!!」

 頭突きで頭部を破壊。胴体だけになったダイカイザークの装甲に手をかける。重要参考人だ。できれば生け捕りにして情報を引き出したい。装甲を無理やり剥がしながら、ガリアは言う。

「さあ、降参するなら早くしろ」

 ガリアの降伏勧告を、しかしラッキーは受け入れなかった。

「まだ終わっちゃいないさ。まだな……」

 その言葉を裏付けるかのように舞い降りる、突然の介入者。

「そうさ、まだ終わっていない」

 二機の間に割って入った異形の影。その姿は、いつかの機体――デヴォルメン。以前アリアと戦った際に割り込んできたドラゴンクラスだ。

「相手が増えたか!? だがな――」

 飛び退いたガリアが再び戦闘態勢を取ると、しかしデヴォルメンは追い払うように片手を振ってハッチを開ける。装者の男が現れた。後ろ姿でよくわからないが、なにやら手に持っているようだ。

セブン妖精の骨フェアリーボーンだ。クァットの形見だな」

 ダイカイザークのハッチが開く。こちらのパイロットも、影になっていてよく見えない。しかしなにかを受け取っているようだ。

「助かった。これで遂に完成する」

 隙間から小さな小箱がちらつく。なにやら企てているのは間違いない。気づいたガリアが鋼鉄の足を踏み出すと、謎の男が振り返る。

 短く切りそろえられた赤い髪が、穴だらけになった船体に吹き込む潮風で揺れている。その顔を見て、ガリアは目を疑った。

「お前……」

 同じだ。

「お前……なんなんだよ」

 同じ顔だ。

「なんなんだよ、お前は!!」

 揺れる赤毛。謎の男が怪しく笑む。その顔は、世界で一番見知ったもの。目鼻立ち、瞳や髪の色、笑い方の癖――すべて、同じだ。

「なんでお前が、俺と同じ顔なんだよ!!」

 どうして俺以外の人間が、俺と同じ顔なんだ。

 謎の男は、不意を突かれたように呆ける。しかし何かに気づいたらしい、再び怪しげな笑みを浮かべた。

「なんだ……お前、なにも知らなかったのか?」

 喋り方の癖さえも似ている。

「何も知らない哀れなお前に、俺が真実を教えてやろう」

 やめろ。俺の顔で喋るな。

「俺の名前はガリアワン。お前の魂をコピーして造られた、八人のガリアの内の一人だよ」

 八人のガリア。そのうちの一人。

「どういうことだ!!」

 ガリアは激昂し、鋼の足でボロボロになった床を何度も踏みつける。その様子を見たガリアⅠは、心底愉快そうに言った。

「俺だけじゃない。お前とさっきまで戦ってた、こいつだってそうだ」

 ガリアⅠの高笑いに合わせ、ダイカイザークの装者が顔を出す。燃える炎のように逆立った髪は、ガリアや――ガリアⅠと同じ、赤い色。ラッキーと名乗っていたはずの男は、不敵に微笑んだ。

「俺はラッキー、ラッキーセブンのラッキーだ。だが……真の名前は、ガリアセブン

「嘘だ! 嘘か何かの幻術だ!!」

 床を踏み抜き、デヴォルメンを張り倒す。全部ブチ殺してなかったことにしてやる。すんでのところでハッチを閉じたガリアⅠは、揺さぶるように声を荒げた。

「本当になにも知らないんだな! いいだろう、教えてやる!! 俺とお前の因縁を!!」

 質量を伴わないはずの、ただの空気の振動。それが確かな事実となって、ガリアの胸を押しつぶす。

「そもそもお前は、Dナンバーを動かすために産まれたんだ! 国家を揺るがす謀略――覇道計画プロジェクトのためにな!!」

「違う、ふざけるな!! 俺はガリアだ、ただのガリアだ!!」

 知らない。そんなもの俺には関係ない。相手の言葉の意味も理解できないまま、ガリアはひたすらに叫ぶ。

 だが、ガリアの静止も虚しく、残酷な真実は一つずつ紐解かれていく。

「違わない! お前は悪魔の手先として親父達に生み出された! 俺やクァット……アリアと同じようにな!!」

「アリアだと!?」

 雌雄を決した宿敵の名前を出され、ガリアは更に混乱する。追い打ちとばかりにかけられたのは、真実を告げる無慈悲な言葉。

「なぜあいつの髪が赤いのか。なぜあいつが仮面を外さないのか。なぜあいつの素顔が焼け爛れたのか!!」

 やめろ。

「それ以上……言うな!!」

 ガリアの悲鳴じみた罵声に動じることなく、ガリアⅠは言葉を紡ぐ。

「その答えは唯一つ……あいつが素性を隠して王国に潜入した、お前のコピーだからだ!!」

 アリアという人間は、ガリアのコピーとして生まれてきた。

 呆然とするガリアに、今度はラッキー――ガリアⅦが口を開く。

「身体は鎧で隠せるが、どうにもならない部分がある……。だからあいつは、お前の顔だと悟られないよう、自ら火に飛び込んで仮面を被る口実を作った。男であるとバレないよう、喉を潰して声変わりを防いだ」

 脳裏に焼き付いたアリアの言葉が、ガリアの中でこだまする。

 ――「私はこの任に就くために自ら顔を焼き、喉を潰しました」

 ――「私は与えられた任務のためにここまでの覚悟をしたというのに、あなたは呑気に過ごしているだけで、私の嘘にすら気づかない! もう一度問いましょう、あなたにそれ以上の覚悟があるのですか!?」

 あいつの言った覚悟とは、スパイとしてのことではない。もっと根本的なもの。自らの存在を世界から抹消し、顔も声も違う別人として生きていくことだったのだ。

 そんな覚悟と、比べられていた。勝てるわけがなかったのだ。あいつを倒した今でも、そんな覚悟、ガリアにはない。

 自分の出自を知らされただけで、体が動かせなくなってしまったのだから。

「惨めだなガリア……いや、ガリアゼロとでも呼んでおこうか!!」

 高笑いしたガリアⅠは、デヴォルメンの翼を広げる。妖魔のように尖った指でドラクリアンの機体越しにガリアを指差し、愉快そうに言った。

「お前は自分が謀略の一部であることも知らずに、無駄な人生を歩んできたに過ぎない! 俺はお前のコピーだが、お前の方が偽物だ! 自分や敵が何者かさえもわかっていなかったんだからな!!」

「だっ……黙れ!!」

 精一杯力を込めた言葉でさえも、あいつの心には届かない。偽物の戯言など、聞くに値しないとでも言わんばかりに。

「さらばだ! いつかまた、時が満ちれば会うだろう!!」

 デヴォルメンを駆り、ガリアⅠはその場から飛び去った。吹き荒ぶ潮風が、立ちすくむ機体を強く打ち付ける。自分がとある計画のために生み出されたこと。自分のコピーが複数いること。アリアがその一人だったこと。自分の存在という認識を揺さぶられ、何者なのかもわからなくなる。

「俺はガリアだ……誰がなにを言おうとガリアなんだ……」

 残されたガリアは、ただただ意味のない言葉を呟くばかりだった。

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