第47話 僕らも戦う、君と一緒に

「惨めだな、ガリアゼロ!」

 遂になにも言わなくなったガリアを見て、ガリアⅦは不敵に笑う。

「そうか。お前はその程度だったか。俺は残念だな、自分がこんなにヤワな奴で」

 自他の境界が崩れる。自分やあいつが何者なのか、今のガリアにはわからない。自分はガリアだと思う。じゃあ、目の前のあいつは一体なんなんだ?

 俺の魂をコピーしたのがあいつらだ。しかし、コピーとコピー元のどこに違いがあるというのか。そもそも出自がすべて等しく計画のためであれば、どれが一番最初かなんて些細な問題ではないのか。

 俺は一体なにものなんだ。

「フン……殺さぬようにとは言われていたが、事故で死ぬ分には構わないだろう」

 ガリアⅦはそう言うと、ガリアⅠから受け取っていた小箱を、動かなくなったダイカイザークにかざす。

「これを触媒にして魔力伝導率を高めれば……ようやく、ダイカイザークが真の姿になる。さあ、俺に力を見せてみろ」

 胴だけになった機体に、失われていたはずの光が宿る。船体すべてが大きな音を立て、その姿を変えていく。

「いでよ、グレートダイカイザーク!!」

 まるで生きているかのように脈動する船体。どよめく木材の間をすり抜け、騎士の鎧を模した機体が現れた。

「状況がおかしい、一度退くぞガリア!」

 飛び込んできたレギンレイヴが、立ちすくむドラクリアンを見て叫ぶ。

「どうしたガリア。退くぞ!」

 ガリアは答えない。

 しびれを切らしたメライアは、強引にドラクリアンを抱えると、他の船員達と共に蠢く船内から離脱する。

 抱えられた機体の中で、ガリアはひたすらに海を眺めていた。



 機体から引きずり降ろされたガリアは、完全に呆けていた。

 自室のソファに座らされ、なにを嘆くこともなく、ただひたすら虚空に視線を漂わせている。その瞳は、なにも見てはいなかった。

「ガリア。一体なにがあったんだ」

 メライアの問いに、かろうじて答える。絞り出された、思考の残り滓。

「……わからない。わからなくなった」

 メライアは、隣りに座っているキルビスと顔を見合わせた。ガリアになにが起きているのか、さっぱりわかっていない様子だ。現場を見ていなかった上に、ガリアもなにも語らないので仕方がないだろう。

「ガリア。姉ちゃん、ちゃんと聞くから。教えて欲しいな」

 ガリア自身、このままでいいとは思っていない。しかし、本当にわからないのだ。自分は何者で、なにを悩んでいるのか。どうしてこんな虚無感に襲われているのか。心の中がぐちゃぐちゃで、なにを嘆いていいのかすらもわからない。わからないから、涙を流すような余裕さえなかった。思いっきり泣いて、嘆くことができれば……どんなに楽になれただろうか。それすらも、叶わない。ただ苦悩と辛さだけがガリアの心を苛み続ける。

 ガリアの様子になにかを悟ったのか、キルビスはゆっくりと言う。

「ガリア。まずは、一体なにがあったのか教えて欲しいの。そうしたら、姉ちゃんも一緒に考えるから」

 なにがあったのか。乱れた思考を精一杯に整理して、ガリアはあったことを語る。

「……奴らが……ラッキーとか、アリアが、俺だった」

 メライアとキルビスは再び顔を見合わせる。ガリアも状況こそわかっているが、断片的な事実を知らされただけで理解が追いついていない。ただ本能的にそれが事実であることはわかっていて、だからこそ感情が乱れている。

 今は、とにかく説明しなければ。

 なにがあったのか。どんな事実が判明したのか。それだけに集中し、ガリアは口を開く。

「あいつらが……言ってたんだ。あいつらは俺のコピーで、俺は計画のために産まれてきたって」

 ガリアの言葉に反応し、キルビスの額を冷や汗が伝う。それを見てなにか勘付いたらしい、メライアが横目で彼女を睨む。

「……おい。なにか知っているようだな」

 取り乱すキルビス。

「違う。ガリアはガリアだから。計画のための礎なんかじゃないから。やっぱり連れて逃げればよかった……!」

 彼女はなにかを知っている。真実を隠そうとしている。メライアは息を上げたキルビスの肩を両手で握り、泳ぐ瞳を真っ直ぐに見据えた。

「ちゃんと話せ。ガリアが混乱する」

 メライアの鬼気迫る言い方に、観念したのかキルビスは語り出す。

「……ガリアは、産まれてからすぐに父さん達の計画に巻き込まれた。 "私の" 両親は、我が子を利用することすら辞さない、悪魔のような人間だったんだ」

 キルビスの両親は、すなわちガリアの両親だ。だからこそ、彼女は "私の" 両親であることを強調したのだろう。これ以上、ガリアに付随するいろいろなことを否定しないために。

「父さん達は、産まれたばかりのガリアに洗脳じみた教育を施した。VMについて、ありとあらゆる事柄を。クーデターを実行するための尖兵――最強の兵士として」

 腑に落ちたように頷くメライア。

「だから吸血甲冑に詳しかったんだな……」

 しかしキルビスの話は終わらない。

「それだけじゃない。……父さん達は、ガリアの、自分達の兵隊を造り上げた。そして、コピーしたガリア達が戦うために、DナンバーのVMを開発した」

「待て。Dナンバーはドラクリアンだけじゃなかったのか」

「他にも居る。デヴォルメン、ダークレイヴン、ダンディット……私が知ってるのは、これぐらいだけど」

 デヴォルメンはガリアⅠが乗っていたし、ダンディットはアリアが使っていた。間違いないだろう。メライアも気づいたのか、単語が出るたび眉をピクリと動かしていた。それから一呼吸置いて、メライアは腕を組み言う。

「きな臭くなってきた。アリアが資料を消して回っていたのはこのためか」

「かもね。最初は結構堂々とやってたみたいだし。まあ、周りの支持を得られなくて失敗したんだけど」

 キルビスの言葉には棘がある。気になったのか、メライアは首を傾げた。

「辛辣だな。ご両親のことじゃないか」

 意地の悪い質問。しかしキルビスは毅然として答える。

「親の理想なんてわからない。でも、それは関係ない。計画のために、ガリアを……私の可愛い弟を、酷い目に遭わせたんだ。絶対に許さないよ」

 その答えに満足したのかどうかはわからないが、ひとまずメライアは頷いた。それからガリアに視線を向け、言う。

「……だそうだ。君が聞いた話と、違いはないな?」

 キルビスの言っていたことは、ガリアⅠやⅦの言っていたことと合致している。恐らく、それが真実なのだろう。

「ああ……そうだな」

 ガリアが頷くと、メライアは立ち上がり、さっさと話を進める。

「そうか。なるほど。それで君は、自らの出自と……アリアが、自分のコピーだったことに戸惑っているんだろう」

「……そうかもしれない。俺は自分がわからない」

「一度に多くのことがわかりすぎた。どう悩んでいいのかすら、わからないんだろう」

「……かもしれない」

 言語化してもらい、ようやくそんな気がしてきた。頷くと、メライアがガリアの隣に腰掛ける。優しく、ゆっくりとした抱擁。

「大丈夫。君には私達がいる。わからないことがあったら一緒に考えるし、辛いことがあったら慰めよう。そうだろう、?」

 挑発的な笑みを向けられ、うつむきがちになっていたキルビスも立ち上がる。メライアとは逆側からガリアを抱き寄せ、優しく囁く。

はガリアの味方だよ。なにがあっても絶対に、君を見捨てたりしない」

 二人に名前を呼ばれて、ガリアはようやく自分がガリアであることに自信が持てた。メライアとキルビス、二人が居れば、ガリアはガリアであると、自信を持って宣言できる。

 俺はガリアだ。とにかく今は、それだけで十分だった。

「……ありがとう」

 二人をそっと押しのけて、ガリアは立ち上がる。

セブンがなにかを企んでいた。俺が必ずあいつを倒す」

 あの時のダイカイザークは尋常ではなかった。大きななにかが蠢いている。ガリアは部屋を飛び出し、新たな宿敵の待ち受ける甲板へと駆け上がった。

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