第27話 作戦会議

「ところでガリア、仕事の話だ」

 どうやらメライアはガリアの恥ずかしい話を聞きに来たわけではなかったらしい。本題とばかりに切り出されたのは、いわゆる重大案件だった。

「スパイを炙り出す。協力して欲しい」

 それは外部に漏れてはいけない話題だろう。であれば、気になるのはロケーションだ。

「そんなのここで話して良いのか」

 ここは庶民の愛する大衆酒場だ。城下町で暮らす様々な人間が出入りする。こんな場所で重要な話をするものではない。いや、ガリアはしたのだが。

 しかし対策は万全のようだ。

「問題はない。マジータがサイレンスの結界を張っている」

 マジータちゃんが誇らしげにVサインを作ってみせる。サイレンスの結界がなんなのかよくわからないが、対策済みということならば問題はない。多分薄っすら見える幕の外に声が漏れないとかそんなだ。これいつから張ってあったんだ……。

「因みにガリアくんの愚痴は漏れてるよ」

「オイオイオイ」

 どうしてこの人は知らないほうが良かったことをバンバン言ってしまうのか。話の流れに関係ないしどうでもいいので黙っていて欲しかった。そんな現実知りたくない。外部に知り合いがほとんど居ないので被害は無いとも言えるのだが。

 話が無限に脱線していきそうなところで、メライアが咳払いをした。

「……本題に移ろう」

 真面目な話が始まる。

「作戦とは言っても手段は単純だ。近々女王陛下の大衆向け突発演説がある……ことになっている。それを使うんだ」

 一言、気になるものがあった。

「ことになっている、とは」

 いち早く察したガリアに、よく気づいたと言わんばかりにメライアは微笑んだ。

「単刀直入に言うと、この情報はブラフだ。各セクションごとに違う情報を伝えてある。漏らした部署にスパイがいる」

「古典的な手段だけどね」

 付け足すマジータちゃん。ガリアには古典がわからないので、とても画期的なアイデアに思えた。

 しかし、そんな重大な案件をガリアのような下っ端騎士に話していいのだろうか。

「もし俺がスパイだったらどうするんだ?」

 ありえない仮定ではあるが、彼女は冗談に乗ってくれたようだ。口の端を吊り上げて不敵に笑う。

「君の身分を保証したのは私だからね。もし、そうだった場合は……一緒に地獄へ落ちようか」

 つくづく思う。彼女はガリアのタイプの女性だ。そんな茶目っ気を見せられてしまったら、一緒に地獄へ落ちてもいいとまで思えてしまう。とても魅力的な笑みだった。

 マジータちゃんが半眼で言う。

「メライアちゃんさあ……結構ガリアくんのこと好きだよね」

 なんか好かれているとは思ってたけど直接聞いちゃうんですね。ここでメライアが照れたりしてくれればワンチャン狙えるのだが、彼女は特に動じることもなくあっさりと答えた。

「乗りかかった船だからね。毒を食らわば皿までとも言うし」

 面倒見の良い上司を持つことができて大変にありがたいです。

「まあ、なんだ。弟ができたみたいで楽しいよ」

 アリかナシかで言えば、ナシ寄りのアリだろうか。ガリアにお約束という概念は理解できなかったが、男女関係に発展しそうな状況でないことだけは理解した。

「話を戻そうか。君に話したのは、協力して欲しいことがあるからだ」

 折り入ってそう言われると、断るわけにもいかなくなる。ガリアが無言で頷くと、彼女は安堵の息を吐いて話を続ける。

「当日、情報が漏れればヴァンパレスは現れるだろう。しかし、わかっている襲撃に対応するならこちらも手数を出しておきたい。そこで……国境防衛隊には事実を伝えて待ち伏せに協力してもらおうと思う」

 国境防衛隊とは、その名の通り国境の守り人だ。人員も練度も優れている。今回の任務にはうってつけだろう。

 しかし、その隊長を務めるのは――

「アリアちゃんの隊だね」

 そう、アリアなのだ。

「君には彼女との折衷と補佐、そして有事の際の連絡役を頼みたい」

 正直、アリアのことは苦手だった。先の出来事もあるし、そもそも得体の知れない相手だからだ。しかし、メライアきっての頼みとあれば。

「……わかった。やってみよう」

「頼りにしているよ」

 それにしても因果なものだ。かつてスパイの疑いをかけた相手に協力を仰がなければならないとは。しかし同時に、彼女が適任かもしれないと思っている部分もある。

 彼女に対する嫌悪感が消えたわけではない。今でもあのシチュエーションはやはり怪しいと思っているし、お世辞にもいい人だとは言えない。

 しかし彼女の背負った覚悟は本物だ。

 あの焼け爛れた顔面にどんな過去があったのか、ガリアには知る由もない。しかし見ればわかる。あの傷、あの瞳、そこに浮かんだ覚悟は絶対のものだ。

 女王陛下のお墨付きもある。メライアの発案通り、彼女への依頼を果たしてみせよう。



 先の業務で集めた資料を整理し終え、メライアは一息ついた。

 極秘と大きく書かれた資料には、とある農家の不正取引の証拠がびっしりと示されている。コーヒー豆を専門に取り扱っている、農業貴族。ギルバート農園の取引履歴だ。

 ギルバート農園は、先王ガンドヨルムと特に親交の深かった農家だと言われている。王家に近い貴族という立場から先王の好みを的確にリサーチし、常に最高の豆を提供していたのだとか。

 だからこそ、先王の思想を色濃く引き継ぐヴァンパレスとの取引に応じたのだろう。ネタは上がっている。国賊として処罰しなければならない。

 彼らに立場を保証されている数人の騎士には、また新たな保証人を探してもらわなければならないだろう。

 とは言え、その農家としての実力から国民にも根強い人気を誇るアルバート農園に真っ向勝負を挑むのは下策だ。下手を打てば女王陛下の支持率にも影響しかねない。事は慎重に進める必要があった。

「ガリア……君には期待しているよ」

 誰も居ない部屋の中で、メライアは独りごちる。

 彼にあの役を任せたのは、アリアと一悶着あったうえで、曲がりなりにも彼女のことを認めたからだ。一度疑った相手への信頼は、想像以上に深く強固になる。ガリアは単純な奴なので、少なくとも作戦中はアリアを疑ったりしないだろう。

 相手を信用する。それはとても重要なことだ。彼女がことを知っているメライア達ではどうしても疑いの色を見せてしまう。疑り深い相手に嘘は通用しない。

 それに――これはメライアの直感なのだが――アリアは野性的な鋭い勘を持っている。仮面を外した時にちらりと見えた瞳が、同じように野生的な勘を持つガリアと少し似ていたのだ。

 根拠のない推論ではある。

 しかしメライアは、確信にも近いなにかを感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る