第28話 急転直下-序

 翌日、ガリアは早速行動に移っていた。

 人の居ない昼下がりの中庭。適当な言い訳を付けてアリアを誘い出したガリアは、彼女に事の顛末と作戦概要を語った。

「だから……アリア、お前と、国境防衛隊に頼みたいんだ」

 彼女はガリアの瞳を見つめる。あれから数日しか経っていない。ガリアが彼女を罠に嵌めていると疑っているのだろう。お前を信用している――辛抱強く視線で訴えかけていると、ようやく通じたらしい。アリアは少し考えるように雲のたゆたう空を見上げた。

 しかし二つ返事とは行かない。

 国境の守りが手薄になることへの懸念もあるのだろう。彼女はしばし考え、なにやら脳内で勘定していた。しばらくそろばんを弾くような仕草を見せてから、軽く頷く。

「……わかりました。その大役、承りましょう」

 ――通じた!

 数日前に揉めたばかりの相手に、かなり無茶な頼み事をされたのだ。断られてもおかしくはないと思っていた。しかし彼女は承諾してくれたのだ。愛想が悪いだけで、案外良い奴なのかもしれない。

「良かった。正直、断られるかと思って気が気じゃなかったんだ。助かった」

 すっかり安心したガリアは大きく息を吐く。それを見て、アリアは蔑むような笑みを浮かべた。

「……あなたは単純ですから。嘘はつかないだろうと思ったんです」

 単純、嘘はつかない。文脈によっては褒め言葉にもなりうるのだが、今回は完全に貶されていた。やっぱり嫌な奴だ。

 とはいえ、これで任務はほぼ完了したようなもの。あとは当日までの打ち合わせと、作戦中のサポート。すでにアリアの了承を得ているので、心理的なハードルは低い。

 ガリアは晴れやかな気分で仕事を進めることが出来た。

 そして、作戦当日。

 夜明け直後にどんよりと広がる曇り空。時折思い出したように降り注ぎ、すぐに止む雨。演説をするにはあまりにも日取りが悪い。城内では、重苦しい空気が流れていた。

 しかし作戦は変わらない。陛下を護衛しているように見せかけたまま進軍し、開始時刻になったらトラブルを装って襲撃に備える。また、ヴァンパレスが陛下の登場まで待ち伏せている可能性を考慮し、周囲の索敵も行うのだ。

 ロケーションは城下町の中央広場。ここにはイベント用の常設会場がある。要人の演説を想定して設計された広場であり、地階を活用した簡易的なVM格納庫や、テロ発生時用のシェルターなどが準備されているのだ。実際に演説をする上でも、待ち伏せを行うのにも都合がいい。

 民衆を少しでも危険にさらしてしまうとして女王陛下は反対していたが、避難誘導に割く人員を増加することで説得したらしい。

「こちらの配置は完了しました」

 アリアの報告を受け、ガリアは頷く。これで準備は整った。

 ヴァンパレスは反体制派として民衆の支持を得るため、民間人には極力攻撃を仕掛けない傾向にある。会場の警戒は歩哨を中心とし、念のためにVMを少数配備する形となる。配備したVMはドラゴンクラスが二機。ドラグリアンと、アリアのゲラルヴォールだ。他にメライアが控えているので、三機が即応体制にあると言える。

 各部署には演説の開始時間を少しずつズラして伝えてある。襲撃の発生した時間帯でスパイの居る部隊を特定するのだ。

 各所より配置完了の報告を受けたメライアは、その場に集まった兵を見回して言う。

「これより作戦を開始する。長丁場にはなるが、各自気を緩めないように」

 最初の予定時刻までは半刻後。それからは一刻きざみだ。正午に小休止を挟み、午後も同じように続く。これが夕刻まで。

 VM要員として待機しているガリアは、下手すれば用なしである。今回はあくまでスパイの特定が目的であるため、致し方ないことではあるのだが。

 なにをするでもなく、最初の予定時刻まで待機。退屈な時間ではあるが、仕事なので仕方がない。

 そんな折、同じく格納庫で待機していたアリアがボソリと漏らす。

「……本当に、襲撃は来るのでしょうか」

「そりゃ来るだろ。またとない暗殺チャンスだ」

「かもしれないですが……」

 彼女の意図が読めない。そうこうしている間に、最初の予定時刻がやってきた。半刻など、集中していればあっという間なのだ。

 今回来るとは限らないが、やはり緊張する。

 と、不意に外が騒がしくなった。どうやら当たりのようだ。

「う、嘘……」

 アリアがなにやら呟いていたが気にしない。大掛かりな襲撃でなければガリアの出番はないが、果たして――

「襲撃です! ドラゴンクラスが一機!!」

 連絡係が声を荒げる。どうやらVMでお出ましのようだ。相当派手にやりたいらしい。

「わかった! すぐに出る!!」

 格納庫の扉が開く。ガリアは愛機を駆り、戦場へと飛び出した。



 現れたのは、意外な相手だった。

「ガ~リアっ。探したんだよ♡ ごめんね海なんかに突き落として。探したんだけど見つからなくて……心配してたんだ」

 たすき掛けのようにでかでかと施されたペイント。忘れるわけがない。ブラック・ガヴァーナ――キルバスだ。

 現れたのは、奴が癇癪を起こして海に落とされて以来だった。

「自分で落としといてそりゃねえだろうが!」

 先手必勝。出遅れたアリアのゲラルヴォールを待つこともなく、ガリアはブラック・ガヴァーナと組み合った。お互いにギチギチと関節を鳴らしながら、不毛な問答は続く。

「ごめんね。あの女がガリアにべったりだからムカついて」

 あの女――メライアのことだろう。確かにあの時キルバスはメライアにご執心のようだった。しかし動機がわからない。なぜガリアと彼女の仲が良いと腹が立つのか。

「お前は俺のなんなんだ!!」

 口をついて飛び出した問いに、キルバスは答えた。

「忘れちゃったの? お姉ちゃんだよ」

 答えを聞いたはずなのに、理解が遠ざかっていく。お姉ちゃん? そんな人物に覚えはない。

「嘘だろ……わけわからねえよ!」

 状況を飲み込めていないガリアの隙を突き、キルバスは取っ組み合いから抜け出した。ブラフか? どちらにせよ動揺したこちらの負けだ。迫る大鎌にガリアが身構えたところで、白い影が乱入した。

「油断するなよガリア!」

「やはりあなたはまだまだですね」

 遅れて現れたのはレギンレイヴとゲラルヴォール。ブラック・ガヴァーナが相手では、一対二でも荷が重いと踏んだのだろう。

「俺に姉ちゃんなんて居たのか!?」

 動揺したガリアが叫ぶと、メライアは大鎌を捌きながら困惑したように言う。

「君には戸籍がないからわからないよ」

 なんてこった。真相は闇の中だと。

「この女! また!!」

 キルバスは露骨に機嫌を損ねた。しかしこちらには数の利がある。ガリア自身も、これまでより強くなった。

 縦横無尽に暴れ回るキルバスの動きを見切り、メライアとガリアは包囲に移る。動きを読まれるのならば、その更に先を行けば良いのだ。

 振りかざされた二本の大鎌をかわし、次に来た中段蹴りを前腕のスパイクで受け流す。熟練度の増したガリアの動きに、キルバスは明らかな動揺を見せた。

「……! 動きが、違う!?」

「俺も成長するってことだ!!」

 それに、ドラグリアンもまだ本当の力を出し切っていない。今ならわかる。この機体は本調子ではない。まだ先がある。

「ガリア!! ――ッ、あの女――!!」

 キルバスは明確な怒りの色を見せた。巨大な翼を羽ばたかせ、サイズ以上に大きく見える機体で三次元的な機動を見せる。先日の戦いともまた違う、天井のない屋外であることをよく理解した動きだ。四方八方から二機に襲い来る大鎌。やはり、手強い。

 しかし。

「アリア!!」

 戦場にゲラルヴォールのトマホークが割り込む。即興の作戦ではあるが、上手く行った。

 怒りからか冷静さを欠いていたキルバスは、完全に失念していたのだ。この場に居るのがガリアとメライアだけではないことを。突然の乱入者にペースを乱されたキルバスは、一瞬だけ動きを止めた。それだけあれば十分だ。

「終わりだ!!」

 ドラグリアンが、ブラック・ガヴァーナの腕から鎌を叩き落とす。同時にレギンレイヴが背後から剣を突き立てた。得意の動力パイプ切りだ。ガリアは動きの止まった機体のコックピットを引き剥がす。いよいよキルバスとご対面だ。

「お前にはいろいろと聞きたいことがある」

 コックピットを開き、ガリアはキルバスと対峙した。

 第一印象は、だった。

 長く伸びた赤い髪。茶色の瞳が拗ねたようにガリアを見据える。この既視感は――そうだ、アリアだ。髪の色と、顔立ちの印象が似ている。ガリアではなくアリアの姉なのではないだろうか。

 疑問は尽きなかったが、こと今回の作戦において重要なのはこちらだろう。

「あんたもヴァンパレスだったのか」

 これまでの接触から、キルバスはヴァンパレスではないと思われていた。あまりにも連携が取れていなかったからだ。今回もそのご多分に漏れず、彼女以外にヴァンパレスの存在は確認されていない。

 しかし、このタイミングで現れたのだ。ヴァンパレスの関与を疑うべきである。

 だが、キルバスは首をかしげるばかりだった。

「私、ヴァンパレスとは違うから。ガリアを迎えに来ただけだから」

「なんだと?」

 であれば、別の伏兵が――

「……やはりそうだったか」

 メライアは唐突に言う。

「スパイの正体は……アリア、君だ」

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