第26話 ヴァンパイアの慟哭

 ガリアの特訓は続く。

「俺はマリエッタのように言葉で教えるのが得意ではない。だからとことん実戦で行く」

 ギルエラのVM、ジーグルーン。圧倒的な出力で巨大な盾を豪快に操る機体だ。ドラグリアンも上から数えた方が早いぐらいの高出力ではあるが、正面からでは押し負けてしまう。

 ならば初手は撹乱だ。正面突破で立ち向かうように見せかけ、ノスフェラートミストを散布する。

 霧が視界を多い尽くす。しかしギルエラは動じない。

「甘いな!」

 風切り音と共に空気が動いた。ジーグルーンが巨大な盾で振り払ったのだ。たかが大盾、されど大盾。シンプルであるが故に、その戦術は無限大だ。

 しかし時間は稼ぐことができた。まばらになった霧の中で、ドラグリアンがジーグルーンを羽交い締めにする。

 極った。マリエッタ直伝の羽交い締めだ。間接がギチギチと音を立てる。

 だがギルエラは狼狽えない。

「綺麗な型だ。しかしな!」

 言うが早いかジーグルーンの炉が活性化した。機体の温度が上がっていく。ドラグリアンの間接から煙が噴き出した。抵抗が強すぎる。

「ジーグルーンの真髄はガルバドラゴロード炉の最大出力に耐えうる綿密かつ強靭なフレーム設計。人間なぞとは作りが違う!」

 絞め技は人体を知り尽くした上の叡知……マリエッタの言葉だ。人体の仕組みに根差した最低限の動きで相手を封じるのだという。しかしだからこそ機械に通用するとは限らない!

 拘束を振り払い、ギルエラは叫んだ。

「自分の機体を見極めろ! 君とドラグリアンは違うはずだ!!」

 そう言われても。

「うおおおおおおおおお!」

 搦め手ですら弾き飛ばすそのパワー。生半可な手段では到底通用しない。ならば意表をついて正面突破だ。

「万策尽きたか! それもまたよし!」

 と見せかけて。

「ノスフェラート・ミスト!」

 からの跳躍!

 噴出孔を絞り、小規模に、しかし濃厚に展開したジャミングを、撃退しようと振るわれた巨大な盾がかき散らす。

 ずっと考えていた。ドラグリアンの特質を。

 特異な能力があるわけでも、規格外の出力があるわけでもない。そんなこの機体が、なぜドラゴンクラスを冠しているのか。

 遂にわかった。

 とにかく思い通りに動くのだ。

 VMは装者の血液から意思を読み取り動いている。だから直感的な操作が可能なのだ。しかし、ヴァンパイアトークンが意思を読み取るまでにラグがある。それは機体ごとに異なっており、だから機種転換には訓練が必要なのだ。

 しかしドラグリアンは、そのラグがほとんどゼロに近い。

 通常、細かい動作であればそれだけラグが発生する。しかしこの機体は、どれだけ精密な制御であってもラグを出さない。思った瞬間に、自らの肉体と同様――いや、四肢を振るうことができる。

 それがこの機体の特異性だ。

「フン、これはなかなか!」

 超高速で繰り出されるヒットアンドアウェイに、ギルエラは攻めあぐねていた。デタラメな出力が相手でも、当たらなければどうということはない。

 更に言うならば、攻撃する暇を与えなければ当たることもないのだ。このままじわじわとなぶり殺しに――

「でも残念。俺のジーグルーンはこの程度の攻撃じゃビクともしないよ」

 見れば、その装甲には傷一つついていなかった。対するガリアはむやみに高速機動を繰り返したせいで血が足りていない。

「うおおおおおおおおお!」

 再び追い詰められたガリアは正面からぶつかりに行き、叩き落とされて気絶した。



「なかなか上手く行かねえんだよ……」

 その日の晩、酒場で飲んだくれていたら偶然マジータちゃんと遭遇したので愚痴を垂れていた。

 ここ数日間、メライアの伝手を頼りに実践的な特訓を繰り返している。今日はメライアとギルエラに完膚なきまでに叩きのめされた。何度やっても、彼女達には勝てない。

 延々と弱音を垂れ流すガリアに、マジータちゃんは苦笑する。

「そりゃ年季が違うからね。まだまだ私達には勝てないよ」

 励ましているつもりなのか、高く厚い壁は言う。

「そんなに焦らないで、少しずつ強くなっていけば良いんじゃないのかな」

 それでもガリアは気が済まなかった。

「でもそれじゃあアリアを見返せない。俺はあいつになにも言い返せなかった」

 すると彼女は不思議そうに言う。

「そもそもさ、なんで強くなればアリアちゃんを見返せると思ったの?」

「俺にはこれしかないからだ」

 マジータちゃんはドン引きした。

「えっ急に重くない」

 ガリアは構わず続ける。

「俺は……ここに来るまで、なにも考えずに生きてきたんだと思う。誇れるようなことも、誰かに自慢できるようなことも、ない」

 最初こそ引いていたマジータちゃんだが、ガリアが真面目に話しているのを見てか態度を改めた。

「そんな俺がここに居るのは、ただ他人よりちょっとVMが得意だったからだ。あとは、運が良かった」

 脳裏に目ライアの姿が過ぎる。本当に、彼女には感謝してもしきれない。自分を顧みる度に、彼女の存在が大きくなる。

「俺にはアリアみたいに背負ってきた過去の苦労なんてない。気がついたら上手くなってたし、最初からわかってただけだ。だからなにも言い返せなかった。俺にはなにもなかったんだ」

 だから――

「……だからせめて、メライアに見初められたこの実力だけは、誰にも負けないぐらいに磨いていきたい。メライアが見つけてくれた、俺のたった一つの長所だから」

 気恥ずかしくて、とても本人の前では言えないのだが。

「だから俺は、これしかないから……」

 ただ一つ、彼女が見つけてくれたこれだけを誇りに、自分は生きていく。だから強くなりたい、詳しくなりたい。今よりもっと上手くなって、いつかアリアにも負けないぐらいの覚悟を持つのだ。

 だからこそ、こんなところで足踏みをしてはいられない。いられないのに。

 彼女達にはいつまで経っても敵う気がしない。彼女が見つけてくれた、唯一つの取り柄なのに。

 終わりたくない。こんなところで止まりたくない。

 声にならないがリアの慟哭に耳を傾けていたマジータちゃんは、流石に気まずくなったらしくグラスを一気にあおる。

 そして不意に、明後日の方向へ声をかけた。

「だってさーメライアちゃん」

 は?

 彼女の隣りに座っていた人影が、ぐらりと揺れる。目深にかぶっていたフードをめくり、素顔を晒した女性は恥ずかしげにうつむく。

「や、待て……これは……かなり恥ずかしいような……」

 メライアだ。メライアが居た。

「え、いつから……」

 ガリアの問いに、マジータちゃんはケタケタと笑いながら答える。本当に、本当に、この女には敵わないと思う。マリエッタがああ感じる理由がはっきりと分かる。

「最初からだよ。ずっと隣で隠れてた。思ったより重い話になっちゃったから、呼んどいて良かったよ」

 ガリアの口から、絶望の色が溢れ出た。

「嘘だろ……」

 とんでもなく恥ずかしいことを聞かれていたのだ。メライア本人ではなくマジータちゃんが相手だから話したというのに。失敗だった。そもそもメライアに弱いところを見せたくなかった。彼女の前では格好つけていたかったのに。

 終わりだ。

 そんな中でも、透き通るような声はよく聞こえてきた。

「あ、あのさ……」

 重い空気が流れる中で、それを切り裂こうとメライアが口を開く。

「ガ、ガリア……自分を卑下することはない。まだ見つからないだけで、きっと君には誇れるなにかがある」

 吐いた弱音を見られた上に、同情までされてしまった。

 こうなりゃヤケだ。

「わからねえよそんなの」

 実に空虚な人生だった。本当に、本当になにもない。ガリアの人生は空っぽだった。

 しかし彼女は躊躇わない。卑屈になったガリアにも、堂々とその白い手を差し伸べる。細い指を、シャンデリアの光が照らした。


「なら、私が一緒に探そう」


 差し伸べられたその手は、あの時よりも眩しく見えて――今ならわかる。この手はどこへだって連れて行ってくれる。ガリアをここまで連れてきてくれたように。

 彼女がいれば、どこへでも。

 行けるんだ、自分は。

 きっと、いつか。未来は開け放たれている。

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