第16話 鋼の挙式

 一件目からヤバいものを引き当ててしまった。

 かつてエントランスだった場所は見る影もない。モノが乱雑に置かれ、その上から何層にも渡ってホコリにまみれている。足跡とホコリで出来た地層は、かつて人々を祝っていたそこが役目を終え、使われずに悠久の時を過ごしてきたことを感じさせた。

 ここまでは普通の廃墟だ。査察などで人間が踏み入れた形跡こそあれ、使用感は一切ない。

 しかしそこから一歩踏み込めばどうだ。清掃こそされていないものの、モノの配置からして明らかに動線が整えられている。裏口から出入りし、控室を通ってホールへ。

 だが彼女はそんなことを確認するよりも早く気づいたようだ。ガリアより後に部屋に入ったというのに、ガリアよりも先に言う。

「これはクロだ。偽装もしてあるし、手練だな」

 彼女はそう言うと足元のホコリを振り払った。するとどうだ。ホコリは床に固着したまま動かないではないか。こうやって新しい足跡ができないようにしていたのだ。

「ヤマガミガエルの粘液だ。滞積したホコリの上から塗布すると、そのまま固まって舞い上がらなくなる」

 だから彼女は部屋に入った瞬間に気づいたのだろう。慣れているだけのことはある。ちらりと部屋の中を一瞥し、腕を組む。

「五人ぐらいか……広いな」

 ちょっと待て。

「なんでわかるんだ」

 ご丁寧に名簿が置いてあったわけでも指紋があったわけでもない。部屋を見回しただけで、彼女はここを利用している大体の人数を目算したのだ。

 ガリアの疑問に彼女は得意気に答えた。

「物のどかし方ひとつとっても、個々人の癖がでるものだ。それを見て分析すれば、おおよその人数が割り出せる」

 恐ろしい技能だ。もしかすると騎士なら全員できるのだろうか? だとすると今後ガリアにも求められる可能性がある。できる気がしなかった。

 が、メライアは鼻の頭をかきながら続ける。

「……んだけど、私以外に誰もできないんだよね……。だかすぐにこういうの任されちゃうんだけど」

 当たり前だ。普通はできない。人外の技能を求められずに済み、ガリアはほっと胸をなでおろす。

「話を戻そう。ここを使ってるのは五人ぐらいで、多くても七人。その人数でこの規模を選ぶのは不自然だ。広すぎる」

 その理屈はなんとなくわかった。資料にもあったが、この元結婚式場はとにかくデカい。大ホールが三つあるし、宴会場もいくつかある。それに付随する控室やらなんやら……五人程度では絶対に持て余す。

 そのうえこの場所は立地がのだ。海がすぐ近くにあるから海路が使えるし、街から外れているので一目もほとんどない。しかしだからこそ、行政はここを。手の込んだ偽装工作を行うほどの手練れであればそれは理解できるはず。だから、彼らはそのリスクを折り込み済みでここを活動拠点に選んだのだ。

「なにか隠しているのか?」

 しかし彼女は首を横に振る。

「この辺りは廃倉庫も多い。多少物を隠すだけならそっちの方が便利だし、リスクも少ない」

 言いながら、彼女はホールへの大扉に手をかけた。装飾からは金箔が剥がれ落ち、奇妙なまだら模様を描いている。それは踏み込めば異界へ迷い込んでしまうのではないかと思えるほど、日常性を欠いた光景だった。

「まあ、見ればわかるさ」

 そう言って彼女は錆びたノブを押し開ける。

 勢いよく開かれた扉の先には、異界もあわやの驚愕の光景が広がっていた。

「おいおいなんだよこれ」

 あまりの光景にガリアは目を見張る。しかし間違いない、全部本物だ。

「これは……そういうことか」

 そこに広がっていたのは、巨大な四肢と胴体。金属で成型されたそれは、間違いない、ギガトンクラスのVMだ。それにこの特徴的な紋様。所有者はヴァンパレスで間違いない。

「ブロック式のギガトンクラス……連邦の新型か……?」

 メライアが呟く。ガリアも噂ぐらいは聞いたことがあった。パーツごとに分解することで輸送を容易にする新型が開発されていると。組み立ても現地で簡単には行うことができて、奇襲用として注目されていた。そんなものが集められているのなら、目的はひとつ。

「……そうか。ここで運び込んだ吸血甲冑を解体して、奇襲を仕掛けるつもりだったのか」

 かなりの数だ。十や二十では済まないだろう。しかしまだ腑に落ちない。

「でもこれだけじゃ倉庫でよくないか?」

 大きめの倉庫を選べば作業もできる。まだここを選ぶ根拠には薄い。リスクが高すぎるのだ。彼女もそれは感じたらしい。

「まあそれはな……しかし……なら……まさか」

 言うなりメライアは目を見開き叫んだ。

「ガリア退け! これは罠だ!!」

「なんだと!?」

 ホールの空間が、大きく揺れた。まるでそれまでの静けさが嵐の前振れであったかのように、それは突然訪れる。

 亀裂。ホールの壁を突き破り、巨大な腕が姿を現す。以前は新郎新婦が誓いあった幸せに満ちていたであろうその空間は、一瞬にして死を手招く墓場に変わる。

 次々と壁を突き破って現れた、総勢五機のギガトンクラス。とても生身で太刀打ちできる相手ではない。

 とても逃げられる状況ではない。ガリアは舌打して周囲を見回す。

 するとどうだ。メライアが不敵な笑みを口の端に浮かべているではないか。

「逃げられないか……なら!」

 囲まれたことを悟った彼女は、声の限りに叫んだ。

「――サモン! レギンレイヴ!!」

 それは空気を震わす振動となって響き渡る。しかしだからどうしたというのか。一瞬身構えていたVM達も、すぐに余裕を取り戻す。

 しかし彼女は狼狽えない。一縷の不安も見せることなく堂々と胸を張る。

 ――愛の広場に、わずかな電光が疾走った。

 刹那。


 それは瞬きする間に現れた。


 さっきまでただの虚空であったそこに、時空を割いて亀裂が走る。嵐のように吹きすさぶ風。割れる空間を鋼の掌が押し広げる。次元の壁を突き破り現れたのは、間違いない。レギンレイヴの姿だった。

 唖然としているガリア。メライアはそんな彼を庇うように前に出る。

「ガリアは隠れていろ!」

 言われて我に帰ったガリアは慌てて周囲を見渡す。――いいものがあった。駆け出す彼の姿を見送り、メライアは指を鳴らした。

 レギンレイヴが膝をつき駐機姿勢をとる。

 自動でコックピットを展開した愛機に、メライアはひと飛びで乗り込んだ。フルヘルムめいた頭部の奥で、水晶の双眸が瞬く。

 立ち尽くすギガトンクラスの群れに向けて、彼女は高らかに宣言した。

「さあ、どこからでもかかってくるといい。王国騎士メライアは、逃げも隠れもしないぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る