第17話 黒翼、再来
一対五。数の差などはものともしない圧倒的な強さが、そこにはあった。
「こんなものか!? 数ばかり揃えた府抜けどもめ!」
ドラゴンクラスとギガトンクラスの差――それ以前の問題だ。独特な紋様浮かぶ総勢十本の腕は、レギンレイヴの装甲に未だ触れることすらできずにいた。
正面からでは押しきれないと見たか、五機は散会し五方の壁に貼り付く――今だ!
瓦礫から伸びる鋼鉄の左腕。燭台を踏み潰した機体の脚を鷲掴み、床下に引きずり込んだ。
「ひと暴れさせてもらうぜ!!」
分解途中の機体に乗り込んでいたガリアは、引きずり込んだ敵機を踏み台にして床下から這い上がる。右腕を欠いた機影を見上げ、ヴァンパレスの男が叫んだ。
「貴様、まさかカルドを!?」
足元で呻く鉄屑を見下ろしたガリアは口の端を吊り上げた。性格の悪そうな、鋭く尖った犬歯が覗く。
「へえ、こいつはカルドって言うのか。悪くないが、関節のシメが甘いな。次は直しておけ」
ガリアは言うなり器用に荷重をかけ、敵機の膝関節をへし折る。これでまず一機潰した。
「メライア!」
彼女も苦戦はしていない。敵地の只中で四機に囲まれてもなお華麗なその動き。振り抜いた手刀が一閃――カルドの右足が中を舞う。膝をついたところへすかさず肘鉄。残り三機。
さあ、このまま二人で一気に行くぞ!!
隻腕の機体で駆け出すガリア。奇襲の利など消え去っている。力任せに残りの相手を叩き潰そうと――しかし、そうは問屋が卸さない。
集光用の天窓に、大きな影が落ちる。
耳をつんざく甲高い風切り音。木目に沿って施された、飴細工のような装飾。職人が人生を捧げて鍛えた力量をふんだんに奮ったそれを、ほんの一瞬で無に帰す黒い影。瓦礫と共に舞い降りた鋭角的なフォルムは、忘れもしない漆黒の翼。
「ブラック・ガヴァーナ!!」
対峙するメライアをよそにキルバスは周囲を見渡す。立ち並ぶ四機のカルドからガリアの機体を見定めると、一直線に飛び込んだ。
「が~りあっ♡」
なんで見ただけでわかるんだよ!!
だが、まずい。ギガトンクラスのカルドではブラック・ガヴァーナに敵わないだろう。迫りくる双腕。身構えるガリアの前に、白銀の機体が割り込んだ。
「お前の相手は……私だ!!」
しかしキルバスは応じない。無言でガリアに標的を合わせ、レギンレイヴを軽々と飛び越える。しかしそれで諦めるメライアではない。足を掴んで叩き落とし、起き上がりを狙って鞘から剣を抜き放つ。振り抜かれた鎌と数度の鍔迫り合いを繰り広げ、お互いに飛び退いて対峙した。
――彼女は適応しているのだ。一度戦った相手に。
トリッキーなその動きを徹底的にブロックするメライアに、キルバスは舌打ちする。
「あのさ……邪魔なんだよね」
遂に彼女を "障害物" ではなく "敵" と認識したらしい。鋼の翼を大きく広げ、三次元機動でメライアに襲いかかる。
「小細工を!」
それを彼女は真っ向から受け止めた。キルバスは任せていいだろう。ガリアは呆気にとられていたカルドの頚椎部に正拳突きを叩き込み、動力パイプを叩き潰す。
「残りふたつ!!」
「いいや三つだ!!」
先程膝を折ったカルドが、ガリアの足元から床板を砕き這い出した。しかし物の数ではない。マスクのような顔面を踏みつけ、再び床下へと叩き落とす。
「ちょこざいな!!」
わかっている。そいつは囮だ。
背後から迫る二機に流れる一撃。上体を右に逸らし、相手の攻撃をかわしながらカウンターを叩き込む。手応えが足りない。もう一回だ。少し距離を置くべくバックステップを――
「まだだぁ!」
顔面が潰れてもなお這い上がるカルドに足を取られ、盛大に背中からずっこける。殺到する二機。咄嗟に左腕をかざして防いだはいいが、渾身の一撃に前腕が砕け散った。分解するためにパーツ接続が簡素化されているのだ。脆くも崩れ去った左腕を見て、二機のカルドが底意地の悪い笑みを浮かべたように見えた。
終わりか? いいや、まだだ。
背中と首にある複数の関節、ネックスプリングの要領で、打ち上げられた魚のように飛び上がる。そのまま一機にカニバサミを決め、首をへし折った。残りニ機。
「足だけのくせに! ブッ殺してやる!!」
へし折った頭部を踏み台に飛び上がり、悪態をついたカルドに飛び膝蹴りを食らわせる。金属の擦れる不愉快な音。コックピットを潰された機体はよろめき、大きな音を立てて背中から倒れ込んだ。残り一機。
空中殺法を目の当たりにして怯んでいた最後の一機は、目前に着地したガリアに向けて啖呵を切った。
「来いよクソ野郎! VMなんか捨ててかかってこい!!」
言うなり彼はカルドのハッチを解放し、生身で立ち上がる。ステゴロの喧嘩をご所望のようだ。男気のある生き様にガリアはいたく感心し、鋼鉄の足で小突いて失神させた。
これで全部片付いた。メライアはどうだ。
「狙いはなんだ! ガリアになんの用がある!!」
剣の切っ先を向けて問いただすメライアに、キルバスは苛立たしげに返す。
「狙いもなにも、ガリアは私のなんだよね」
勝手に所有しないでほしい。しかしガリアの心の叫びをよそに、不毛な言い争いは続く。
「ガリアは私の部下だ。素性もわからないような相手に任せてはおけないな」
部下の面倒を見る上司の鑑だ。対するキルバスは、それがよほど癪に障ったのだろう。地団駄を踏み鳴らし、レギンレイヴに鎌を向ける。
「絶ッ対に許さない。ここで殺す」
ブラック・ガヴァーナは、装者の心を表すかのように乱れに乱れた機動でレギンレイヴに迫った。乱暴なようでいて、しかし凡百の粗忽者とはどこか違う、介在する理性的な動き。絶妙なバランスで保たれたトリッキーな挙動は、初見であればまず対応はできないだろう。
先程から動きを見ていたメライアでさえ、縦横無尽に繰り出される斬撃を受け流すので手一杯だった。じりじりと後退し、遂にはホールの壁を突き破る。
「そうやって逃げてればいい! ガリアは私のものだから!!」
そこで動いた感情が、一瞬の隙を作り出した。目ライアはそれを見逃さず、鋼の剣を小さく振るう。
「ぬるい!」
最小限の動きで鎌を弾き飛ばし、相手の得物を奪い取った。
「なんの!」
しかしキルバスも負けては居ない。細身の腕から刃を生やすと、今度は全く違う動きでメライアを追い詰める。このままではまずい。
「メライア!」
背中がガラ空きのブラック・ガヴァーナに、ドロップキックをお見舞いする。振り返った水晶の双眸から、赤い光が滲み出す。
「ガリアまで、どうして!!」
そんなことを言われても。
「知らねえよ!! メライア!!」
「わかってる!」
レギンレイヴは動きを止めたブラック・ガヴァーナを羽交い締め、キルバスに問いかける。
「捕まえたぞ。目的を話してもらおうか」
傍目から見てもわかる、見事な羽交い締めだ。上半身の関節を極められ、動くことすらままならない。
しかし、キルバスはあろうことか、火花を散らして背部ユニットをパージした。怯んだメライアの拘束が緩むと、その隙を突いて振りほどく。
「もういいよ。バイバイ」
ブラック・ガヴァーナが指を鳴らすと、切り離された背部ユニットが自爆する。よろめくレギンレイヴの背後には――崖だ!
「メライア!」
崖から落ちるレギンレイヴに手を伸ばそうとしたガリアは、しかしそれが叶わないことを思い出す。
「掴む手がないよ……」
メライアの苦笑が目に浮かぶようだ。そのまま二機は仲良く崖から転がり落ち、荒れ狂う海に飛び込んだ。
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