第15話 男女ふたり、馬車の旅

「え? メライアちゃんのことが知りたいって?」

 ひとしきりパシられたガリアは、いっそ訊いてみることにした。メライアとマジータちゃんの仲が良いことぐらい、見ていればわかる。

「どうしたの急に? 君ってそんな他人に関心持ってるタイプだったっけ?」

 よほど意外だったのだろう。マジータちゃんは興味津々といった様子でガリアを見やる。誤魔化しても仕方がないので、正直に話す。

「いや、明日から二人で遠征になって……最近よく殴られるから、どうしたものかと……」

「なるほどねえ」

 彼女は頬に指を当て思案する。なにから話すか考えているようだ。

「そうだねえ……まあ、普通にしてたら殴られないよ。ガリアくんだって、そう事あるごとにボコスカ殴られてるわけじゃあないでしょ?」

「それはそうだな」

 そんなことになったら死んでいる。

「あんまり暴力的な子じゃないからね、メライアちゃんは。でも殴ったほうが早い場合があることも理解してる。賊を逮捕するときもギリギリまで説得してるんだけど、駄目だと思ったら殴って沈めて捕まえちゃったりね」

 それは知らなかった。メライアの意外な一面に、ガリアは驚きを隠せない。

 だが、知らなくて当然なのだ。

 思えば、あまり彼女と二人で仕事をする機会がなかった。事務処理と、襲撃対応の時ぐらいだったか。そんなことだから、実際彼女がどんな人間なのか、ガリアは詳しく知らない。プライベートでも食事を奢ってもらった程度だ。

 まだまだある、とでも言わんばかりにマジータちゃんは続ける。

「あと、疲れてたり寝起きだったりすると判断が雑になる。夜中の襲撃とか、所属も確認しないで燃やしちゃったりね」

 寝起き……そういえば便所を間違えて殴られた時は彼女も起きたばかりだったようだし、股間を蹴られたときもかなり疲れているように見えた。

「それだけ気をつけてれば優しい子だと思うよ。私と違ってね」

 言うと、彼女は底意地の悪そうな笑みを浮かべる。そういうこと言っちゃうところが優しくないと思います。

 殴られた理由がなんとなくわかったのでスッキリしたのだが、彼女はまだなにか言いたげに中空を見やる。

「あとは……これは……まあ、いいかな」

 そうやって思わせぶりな態度をされると気になってしまうものだ。掌の上とわかっていても、ついつい催促したくなる。

「なんだよ。もったいぶるなよ」

「いや~でもこれはメライアちゃんのプライバシーでもあるからな~どうしようかな~」

 まだ引っ張る。

 ここで退いた時の彼女の反応も気になるのだが、後が怖いので素直に従った。

「教えてくれよ」

「んま~可愛い後輩の頼みなら仕方ないかな~」

 流石に鬱陶しくなってきたが、教えてくれると言うのだから聞いておこう。そんなガリアの内心を見透かしたように目を細めつつ、マジータちゃんはサラリと言う。

「いやね、最近ガリアくんがよそよそしいって相談されたんだよ」

 思ったのと違った。もう少しえっちな話かと思ったのに。

「は? 俺が?」

 よそよそしい。そんな心当たりは……まあ、ある。

「どうせ殴られないようにビクビクしてたんでしょ?」

 図星だった。ガリアがなにも言えないでいると、彼女は楽しそうに続ける。

「ああ見えていろいろ気にするタイプだから。ま、がんばりなよ」

 バシバシと背中を叩かれた。それは一体どういう意味での頑張れなのか。……いや、深く突っ込んでもからかわれるだけなのは明白なので、やめておこう。



 当日。用意されていた馬車はなかなかに大きかった。居住空間にVMの格納庫。三日間の長旅に対応できる装備がきっちり整えられている。サイズのわりに馬が二頭だけなのは心もとなく思えるかも知れないが、心配はいらない。なぜならトライコーンだからだ。気は優しくて力持ち。分類上は魔物だが、厄介になることはない存在だ。

 メライアと協力して荷物を積み込む。慣れているからだろうか。彼女が用意したものはそこまで多くないものの、重要なものをしっかりと押さえている。

 結局、ガリアが用意したのは三日分の着替えだけだった。向こうでの業務中と復路は洗濯して着回せばいいだろう。

「さて、準備もできたし出発しようか」

 マジータちゃんに相談したおかげで、彼女と接することへの得も言われぬ不安は払拭された。晴れやかな気分で業務に臨める。

 それにこの仕事を通じて彼女のことをもっとよく知ることができるはずだ。今後良好な関係を築いていく上でこの旅路は重要なものになる……確信にも似たなにかがガリアの中にはあった。

「おう。いつでもいいぜ」

 握りこぶしで胸を叩く。準備万端。いつでもオッケー。

 ガリアは晴れやかな気持ちで馬車へと乗り込んだ。



 なにもない。

 驚くほどに、なにもない。

 この三日間、ガリアとメライアは二人きりで馬車の旅を続けていた。それなのに、なにもなかった。

 ありえない? いや、考えてみれば当然の話だった。

 この馬車旅は、あまりにもストイックすぎたのだ。

 基本的に日中は移動に当てられるのだが、その間どちらかが必ず馬の番をしていなければならない。地図と周囲の地形を照らし合わせて迷わず進むためには相当な集中力を要する。楽しくおしゃべりしながら馬車の旅……というわけにはとても行かなかった。

 というわけでとても頭を使うので、当然夜中は眠くなる。規則正しく早寝早起き。夜中まで起きてなにやらしている余裕はない。

 会話といえば、小休止中や食事中に景色の話をしたぐらいか。それも色気のあるものではなく、去年と地形が変わっているだとか道中の拠点の話だとか、極めて業務的な内容だった。なんなら資料を見ながら廃墟の話もした。

 すっかり忘れていたが、あくまで仕事なのだ。そう、忘れていた。まともに仕事をしたことがないので……。

「さあ、ついたよ」

 そこは寂れた港町。話には聞いていたが、本当に人の気配がしない。昔は輸送船の中継地点として城下町にも負けず劣らず栄えていたようだが、技術の発展に伴いマメな中継を必要としなくなったため少しずつ寂れていったらしい。町おこしも何度か試みられたが、その立地の悪さが災いして定住者が増えることはなかった。今は人より猫のほうが多いらしい。

 大幅に規模を縮小することでかろうじて機能している役所に挨拶し、馬車を預ける。車庫がカラなので巨大な馬車も余裕で入った。

「さて、着いて早々だけど……仕事、する?」

 メライアなりにガリアが退屈していたのを察していたのだろう。多少観光する分には構わないとでも言いたげだ。だがこの三日間で期待は砕け散ってしまったし、なによりこんな廃墟群を散策したところで楽しくもなんともない。

「さっさと終わらせて美味い飯屋でも探そう。あれば」

「ないかな」

「だろうな……」

 そもそもまともな飯屋があるのかどうかすら疑問だ。港がある上に少数とは言え住民も居るので、食事に困るようなことはないだろうが……。みんな自炊してそう。

「ま、まあ、何事も経験だよ。それに物質的には貧しくても心は豊かな人達だから」

 言いながら廃墟の角を曲がると、老若男女が五人ぐらい集まって盛り合っていたのですぐに引き返した。娯楽少なそうだからな……。

 メライアが顔を赤くして咳払いする。かわいい。

「……とにかく、仕事だ。今日は一番大きいのをやってしまおう。元は結婚式場だったところだ」

 そう言って彼女は資料を取り出す。以前にガリアも確認した、広大なホールのある建物だ。結婚式場だったとは。昔はさぞ人が多かったのだろう。それが今ではこんなザマだ。げに恐ろしきかな人口移動。

 そこで一つ疑問が浮かんだ。

「でもさ、こんだけ人が居ないと住み着く悪党も居ないんじゃないか?」

 しかしこの疑問は想定の範囲内だったのだろう。彼女は淀みなく答える。

「こう見えて賊にとっては穴場なんだ。人が少ないから監視の目は緩いし、昔は栄えてたから主要な市街地までの道は整備されてる。港もあるからドラッグの取引が行われてたりもした」

 厄介な街だ。いっそ更地にしてしまえばいいのに。

「というわけだから、ちゃんと隅から隅まで確認するようにね。まあ滅多にいないけど」

 こうしてガリアの廃墟調査は幕を上げた。

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