朝日の昇る島
第14話 長距離遠征
天気のいいある日、メライアが大量の紙束を抱えてガリアの私室を訪れた。
いろいろあって一方的に気まずいので、粗相がないよう粗茶でもてなす。珍しく挙動不審なガリアの様子に怪訝顔をしつつ、メライアは言った。
「ドラクリアンの件だ」
あったなそんなの。最近乗ってないからすっかり忘れてた。どうやら彼女はここ数日それを調べていたらしく、机に試料を置きつつ語りだす。
「ペイントの意図はわからずじまいだったが、一つわかったことがある。ドラグリアンの開発担当者は、クーデター容疑で解任されているんだ」
意外だった。あれだけ強力なVMを開発しているのに、体制には不満を持っているたなんて。普通は逆じゃないだろうか。
「クーデターだと? 穏やかじゃないな」
ガリアには政治がわからない。しかしその行為が邪悪であることはわかった。優しい優しい女王様反逆するなどけしからん。ガリアには政治がわからぬ。けれども自分の利益に対しては、人一倍に敏感であった。
「そのクーデターについても調べてみたんだけどね。未遂に終わったこと以外はわからなかった。意図的にページが破られてる形跡があったから、何者かに隠蔽されている」
「みんなの資料室で本を破るなんて……」
資料室は素晴らしい。タダで本が読めるのだ。それなのに、こんな酷いことあるか。暇潰しのタネが減る。
「……とまあ、隠蔽工作もあって私が掴んだのはここまでだ。ここからは私見になる」
言うと彼女は資料を広げた。手書きの年表的なものだ。彼女が出来事を時系列順にまとめたものだろう。その中でひときわ目立つ記述を彼女は指差す。
「担当者が解任されたタイミングとヴァンパレスが活動を開始したタイミングを見てくれ。絶妙だと思わないかい?」
正直よくわからない。二つの間には半年近い空きがある。これが準備期間として適当なのかどうか、ガリアには判断がつかなかった。が彼女がそう言うならそうなのだろう。波風立てないように相槌を打つ。
「そうだね」
「だろう。で、だ。ドラグリアンの開発は女王陛下が政策を打ち出してから始まっている。つまり、女王陛下の政治に不満のある人間が計画を立ち上げていたんだ」
あーあー……まあうん、大体わかった。ドラグリアンが無駄に強いのはそのためか。
「ドラクリアンが本来の名前で、ドラグリアンはなんらかの計画を隠すためのなにかだった、と」
「飛躍した推測ではあるがね」
最低限の論拠は揃っているが、根拠には少し足りない。そもそもVM一機こしらえたところでどうなるのか。国家を相手に戦うにしては戦力が足りないだろう。
「まあ参考程度に留めておいてくれ。私はもう少し調べてみるよ。どうもきな臭くてね」
ドラクリアンなるペイントの件で一番熱心なのは、装者のガリアではなくメライアだった。適材適所。誤字ならダサいが最悪改名すればいい。この件は彼女に頼ることにした。
「さて、じゃあこっちが本題だ」
話が終わると思ったのだが、どうやら前菜だったらしい。言われてみれば、彼女の持ってきた資料はまだほとんどが手付かずだった。
「仕事が入った。今回は廃墟の実態調査だ」
メライアが資料の山にポンと手を置く。過去の調査報告書のようだ。
「破産やらなんやらで管理不可能になった廃墟は国で引き取ってるんだけどね。賊がアジトにしたり浮浪者の寝床になってたりで荒れ放題。定期的に巡回してるんだ」
それはガリアも知っていた。寝ていたのを何度か追い出されたことがある。
しかし疑問があった。
「廃墟ってなんで取り壊さないんだ? 国で引き取ったのも多いんだろ?」
所有権を移譲されたなら取り壊してしまえばいい。そうすれば荒れることはないし、空いた土地として有効活用できる。
すると彼女は苦い顔をする。痛いところを突かれたといった様子だ。
「予算がね……」
予算。それは魔法の言葉。時間、人材、、技術力……この世のありとあらゆる問題はカネで解決できる。逆に、カネがないと言えば解決を先延ばしにできるということだ。
きっとのっぴきならない事情があるのだろう。
「……さて。これが仕事の概要なんだけど、今回は一つ問題がある」
言うと彼女は資料から地図を抜き出して机上に広げる。
「今回の任務は西の沿岸部で行われるんだけど」
言って、地図の端を指差す。青と緑が交わる場所。地図の見方はよくわからないが、多分海と陸地だろう。ガリアの視線を確認して、メライアは指を大きく動かす。ちょうど地図の中央だろうか。
「で、こっちが現在地」
城みたいなイラストが描かれているのでわかりやすい。よく見ると、周囲には街のようなイラストもある。これが城下町だろう。だとすると、以前クラーケンを討伐に言った海は、城から少し南に行ったところだろうか。
クラーケン討伐の際は、日が昇る前に白を出発して到着したのが昼前頃。今回の目的地は、その間の五倍ぐらいある。
「遠いな……」
ガリアが独りごちると、メライアも頷く。
「そう。遠いんだ。そのうえ道も整備されてない部分があるからスムーズに進めない。今まで何度か行ったけど、毎回――」
少し間を置いて、彼女は言った。
「馬車で三日ぐらいかかる」
バシャデミッカ。
馬車で三日。
「出発は明日。上院は君と私。一応レギンレイヴは持っていくけど、ドラグリアンはお留守番だ」
二人きり。
数日前までならいろいろ期待していたのだろうが、今となっては気まずい以上の感情を抱けない。
彼女がどんな人間なのか、ガリアにはわからなかった。
初めて会った時、彼女はとても優しく真面目で高貴な人間だと思った。罪を憎んで人を憎まず。受けた恩は必ず返す。操縦技術は努力の証。
しかしここ数日で、彼女の印象はガラリと変わった。
急に怒るし、怒ると怖い。キックもパンチも容赦がない。かと思えば優しくもある。わからない。怒りのトリガーがわからない。
こんな状況で三日間も二人きりでいたら、何度殴られるのだろうか。彼女のパンチはとても痛い。痛いのだ。
「というわけで、今日はここまで。出発は
そう言うと、彼女は資料を置いて出ていってしまった。
必要なもの、と言われても。必需品は用意すると言われたので、最悪なにもしなくても大丈夫だとは思うが……。
考えるのが億劫になり、渡された資料に目を通す。なにも考えずに流し読みしていると、思った以上に量があって驚く。バリエーションにも富んでいた。
住宅街がまるごと廃棄されていたり、広大なホールがあったり。元豪邸の一部が魔物の巣になっていたので焼き討ちしたという記述もある。
それからしばらく資料を読み、ふと窓の外を見やる。日は思った以上に昇っていた。マジータちゃんのパシリタイムが近い。ほうれん草の件で弱みを握られたガリアは、定期的にマジータちゃんにパシられているのだ。
とはいえ、やることが明示されている分まだ気が楽ではあるのだが。
重い腰を持ち上げ、ガリアはマジータちゃんの実験室へと向かった。
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