第12話 世紀の天才お嬢様騎士マリエッタの華麗なる一日
使い道は決めたが、安全に運用するために出処ぐらいは押さえておきたい。これだけ多くのドラッグだ。必ず大口の供給元がある。
「最近活動を緩めた麻薬カルテル? どうだろう、知らないなあ」
というわけで、物知りなマジータちゃんに聞いてみた。
「じゃあ勢力を拡大しそうなところは?」
まとまった量のドラッグを、売らずに隠し持っているのだ。なんらかに備えた措置であることは想像に難くない。
「ないなあ。というか、カルテルはほとんど潰しちゃったし」
「なるほど……」
それは知らなかった。であれば、現存する組織のものではないのだろう。
ここまでわかればとりあえずは十分だ。ガリアは次に投げかけられるであろう質問に備える。
「他にも気になることがあったらなんでも聞いてくれたまえよ。はっはっは」
が、その質問はされることがなく、マジータちゃんは去っていった。
――「ところでなんで急にそんなことを?」……絶対に訊かれると思ったのに。
まあいい。取り越し苦労であったのなら、次に進むだけだ。メライアは……ほうれん草の件があるので黙っておこう。それ以外では……居ない。困った。ガリアには驚くほど人脈がない。
仕方がないので資料室で書籍でも漁ろう。もしかすると潰したカルテルの一覧とかあるかもしれないし。
うろ覚えの脳内地図で資料室への道のりを辿っていると、急に目の前に胸の谷間が現れた。危うく顔を埋めそうになったところで慣性と煩悩を抑え込み、一歩退いて頭上に顔を向ける。
勝ち気な印象の女性だった。宝石店に並んでいそうな緑の瞳は射抜くような鋭い視線をガリアに向け、ギラギラと眩しい金髪は縦にロールしている。そしてなにより背が高い。ガリアの身長は一般的な成人男性と同程度だが、それより更に顔ひとつ分は高いだろう。だから谷間が目の前に来たのだ。
「あなた、借りは返すようにと言いましたよね?」
彼女は髪をかきあげガリアを見下ろす。威圧的な立ち居振る舞いから受ける印象より、わずかばかり柔らかな口調。遠くからでも聞こえそうな印象的な声は、どこか聞き覚えのあるものだった。
記憶の彼方から、存在を引き上げる。うるさかった、邪魔だった、でも少し助けてもらった――
「……ああ、マリエッタか!」
ポンと手を打ち納得したガリアに、マリエッタは半眼を向ける。
「あなた、流石に失礼ではなくて……?」
しかし彼女はすぐに調子を取り戻す。長い指でビシッとガリアを差し、高らかに告げる。
「あなたとは、一度お話しなければならないと思っていましたの。少しお時間くださるかしら?」
忙しいので断っても良かったのだが、第六感が誘いに乗れと言った。彼女と話すことでどんなメリットが生じるのか想像もつかなかったが、ガリアの直感は当たるのだ。
「わかった。で、どんな話を?」
ガリアが乗ると、マリエッタは上機嫌に頷く。
「立ち話もなんですので、わたくしの部屋にいらっしゃってくださいな」
こうしてガリアはお嬢様騎士の私室に招かれたのだった。
※
とにかく金と手間のかけられた豪華な部屋だった。
備え付けの家具はすべてアップグレードされていて、ガリアでは手が出ないようなものばかり揃えられている。ふかふかの絨毯があまりに心地いいため、ガリアは無意識に足を擦り付けていた。
金だけではない。壁の一面や棚の上には、彼女の功績を讃える書状やトロフィーがこれでもかと言うほど並べられている。花道やダンスなど趣味のトロフィーもあれば、特定機密案件Dなどという物々しい代物まで、とにかくバリエーションに富んでいた。
あまりの情報量にガリアが息を呑んでいると、マリエッタはふふんと自慢気に胸を張った。
「わたくしの功績の前にひれ伏しなさい」
あくまで金のかかった家具よりも功績をアピールしたいようだ。プライドが高すぎて高山病になる。頭に水が溜まりそうだ。
「へえ、凄いもんだな」
とはいえ金ピカに罪はないので適当に褒めておく。凄い。本当に凄い。売ったらどれぐらい遊んで暮らせるだろうか。
「もっと褒めてくださっても構いませんのよ。たとえばほら、こちらのトロフィーは……」
褒められるだけでは飽き足らず、マリエッタは自らの功績をトロフィーと共に語りだす。長くなるかなあ。長くなるんだろうなあ。
やれ公害魔対策だとか、盗賊団の一斉逮捕だとか、カルテルの一斉摘発だとか――待てよ。
「この特定機密Dって奴、カルテルだったのか」
ガリアが興味を持ったのがそれほど嬉しかったのか、マリエッタは目を輝かせた。
「そうですの。あれは大仕事でしたわ。父の代から追いかけていたカルテルだったのですから。メライアと一緒に尻尾を掴みましたわ。忘れもしない。あれはまだわたくしたちが新人だった頃――」
とにかく話が長かったので要約するしよう。国を挙げて長らく追いかけていたそのカルテルは、巧みに物証を工作し決定打を与えずギリギリのラインで悪事を働いていた。が、悪が栄えた試しはない。肥えに肥えた組織は肥大化によって末端から足並みを乱していく。メライアとマリエッタはそこを徹底的に調査。見事に尻尾を掴んで一斉検挙につなげたらしい。その時の功績もあって二人は位が高いのだとか。
そういえば以前にマジータちゃんが似たような話をしていた気がする。恐らく同じカルテルだろう。
「凄いなあ。でもそれだけ大きくなったんなら、残党とかも居るんじゃないか?」
今はとにかく情報がほしい。なんでもいいから彼女が食いつく話題を振る。
「居るには居たのですけれどね。頭脳を欠いた腑抜けの集まりでしたので、わたくしたちでほとんど捕まえましたわ」
どうやら彼らの出がらしは多くないらしい。また他の情報源を探すか――などと考えていると、マリエッタはなにやら思い出したように言う。
「あっ、でもひとつだけ取り残しがありましたわね」
「そうなのか?」
繰り返すようだが、今はとにかく情報が欲しい。千里の道も一歩から。少しでも真実に近づくためには努力を惜しまないのだ。
「ええ。確か、取引をキャンセルされた書類上存在しないドラッグがかなりの量あるらしいのですよね。捜査も打ち切られていますし……案外国外に流れているのかもしれませんわね」
計画的な運用により押収されなかった大量のドラッグ。地下に隠された大量のドラッグ。合言葉じみたやりとり。つまり――
繋がった! 脳細胞が活性化してる気がする!!
「そうなのか。それは大変だ」
話はわかった。後は適当に繰り上げて、次のステップに移ろう。あのドラッグは、きっと誰も追いかけていない。ならガリアが有効活用するべきだ。国内から排除すれば国益にも繋がるし。
ガリアがどう話を畳むか考えていると、マリエッタは話を続けた。
「そうなのです。でも大変さで言うならこちらの強盗団は――」
相槌を打つ間もないほどの勢いで、つらつらと語り始める。何度か口を挟んで話の腰を折ろうと試みるも、そこからまた新しい自慢話が始まり失敗。それからもマリエッタは延々と話し続け、気がつけばお昼を回っていた。
話の途中ではあるが、ガリアの腹が鳴る。夢中になっていたマリエッタも、そこで遂に話を区切った。
「あら、もうこんな時間なのですね」
やっと開放される。
「では、お昼を御馳走致しますわ。ここまでお話を聞いていただいたお礼に」
甘かった。
食事もそこそこに彼女の自慢話に付き合わされたのは言うまでもない。他人への施しを全て覚えているのではないかと思えるほどに、ひたすら自らの善行を並べ立てる。遅めのランチタイムではったのだが、気がつけばディナーの時間になっていた。
続いた。
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