オ・ケーション・オブ・スペネッチ
第11話 マジカルほうれん草
先日のグローズビームの使用により、ドラグリアンの胸部装甲が一部剥がれ落ちた。
どうやらこの機体は二重構造になっていたらしく、一部の外装の下に武装が隠れていたのだという。
「まあ、そっ、そこまではいいんですが……」
整備主任の中年男性は、気質なのだろうか、独特の震えた声で吃音混じりに語る。
「あっ、新しく出てきた装甲にっ、ぺっ、ペイントが施されてたんですよ。まっ、まあ、見てみてください」
促されるまま確認すると、そこにはブラック・ガヴァーナに施されていたものと同じように『DRAQLIAN』とペイントされていた。
「ドラクリアン……? こいつはドラグリアンだろ? だったら『Q』じゃなくて『G』のはずだ」
明らかに綴りがおかしい。形が似ているから間違えたのだろうか。
「そっ、そうですよね。ううん、どうしたものか……」
「うーん……」
間違ったペイントなら直すべきだろう。が、国家所属のVMに施されたペイントは魔法画材を用いて行われているので簡単には消せないのだ。具体的には、担当者の魔力刻印が必要になる。しかしこのペイントは担当者が不明だ。
「まあ名前なんてどうでもいいが……間違ってるのはダサいなあ」
そもそも機体の真っ正面にでかでかと機体名を載せるのは自己主張が激しすぎやしないだろうか。デザインに溶け込むように練られた配置をしてはいるが、レギンレイヴなど他のVMと並んだときに浮く。むしろブラック・ガヴァーナやダークレイヴンと並んだ方がしっくり来るぐらいだ。
そこまで考えて、ふと思った。
本当に間違っているのだろうか?
ただの落書きではない、デザインめいたペイント。一発書きとは思えないし、であれば途中で気づくだろう。
「上司に相談してみよう」
「わっ、かりました。よ、よろしくお願いします」
こういうことはメライアに訊いてみるものだ。
※
「ドラクリアン? 知らないなあ」
だとは思った。
しかし彼女が知らないなら他にアテがない。ガリアは次の相談先を思索する。と、メライアが感慨深そうに腕を組んで一人で頷いているのが目に入った。
「それにしても……ついに君も報連相を覚えたか……」
ほうれん草……噂には聞いたことがある。しかしただの野菜だったはずだ。葉巻やアルコールのように語られるものではない。
「うん。これからもわからないこと、迷うことがあったら遠慮なく私に相談してくれ」
「は、はあ……」
整備主任の吃りがうつったわけではない。
「この件についてはこちらでも調査しよう。私も気になるからね。それじゃ」
満足そうに去っていく彼女をそのまま見送った。下手なことを言うとまた玉潰しされるだろうから、ほうれん草の意味については相談しないことにした。
※
「マスター。ほうれん草を頼む」
その晩、ガリアは実地調査に移ることにした。知らないまま後で怒られるのは嫌だ。
ここはアウトロー御用達のブラックバー。葉巻、酒、女……子供が遊んじゃいけないものが、ここならなんでも手に入る。噂では一部のドラッグも扱っているとかなんとか。
が、マスターはほうれん草と聞いてもピンときていないようだった。首を傾げて「はぁ……」とだけ言い残し裏に回る。しばらくして、小皿に盛られた青物のサラダが出された。
これは恐らくガリアの求めているものではない。
「違う。それじゃない」
するとどうだ。
マスターの目つきが変わったではないか。
「そうか。あんただったのか……」
マスターは誰も居ない店内を見回すと、看板を『CLOSE』に掛け替え、シャッターを下ろす。それからガリアを厨房の奥へと促した。
「こっちだ」
言うなり彼は床下収納の戸を開き、それをさらに引き出した。するとどうだ。地下へと続く階段が現れたではないか。どんだけヤバいんだ真・ほうれん草。
促されるまま隠し階段を降りる。かなり深い。身震いするほどの冷え込みを感じたところで、大きな扉が目に入る。
「この先だ。責任は果たしたからな。後は好きにしろ」
そう言ってガリアに大きな鍵を手渡すと、彼はそそくさと階段を駆け上がっていった。ほうれん草、一体なんなんだ。
まあいい。ガリアはちょうど目の前にあったドでかい鍵穴に、先程受け取った鍵をさす。長く放置されていたのか回りが悪い。鍵が折れないように注意しながら回し切ると、立て付けが悪かったらしく右の扉が少し落ちた。
さあ、これで晴れてほうれん草とご対面だ。重い扉を押し開け、ガリアの眼前に広がったもの、それは――
一面に広がるズタ袋の山だった。
「なんだこれ……」
とりあえず手近にあったズタ袋を手に取る。放置されていた割に清潔なその袋は、思ったよりも重い。中からカサカサ音が鳴っている。葉っぱだろうか。なればまたただのほうれん草を掴まされたということか。だがなぜこんな大量に、しかも厳重に……。
幾重にも結ばれた紐を解いて中を開けると、思った通りに大量の葉っぱが詰まっていた。
しかしほうれん草ではない。
これは、多分、恐らく、アレだ。
「大麻だ」
それもとびきり質がいい。グラムあたりの末端価格で一ヶ月遊んで暮らせるレベルだ。
どうしてこんな異様な代物がここにあるのか。そりゃあ麻薬だって手に入るブラックバーではあるが、それにしたってこの量は尋常じゃない。ちょっとしたカルテルの倉庫だ。
それになぜガリアに見せたのか。ほうれん草か? ほうれん草なのか?
念の為他の袋も確認する。出るわ出るわ、大麻どころの話ではない、
ガリアはドラッグを嗜まない。好きにしろとは言われたが、これは通報するしかない。
いや、本当にそうだろうか。
好きにしていいのだから、売り飛ばしてしまえばいいのではないか。これだけあれば、孫の世代まで遊んで暮らせるだろう。
「しかし……」
ガリアの良心が悲鳴を上げる。
国に仕える身として、これだけの量のドラッグを市場に流していいのだろうか。大なり小なり、ドラッグは人間を破壊する。こんな量が流通してしまえば、この国は終わりだ。廃人だらけになってしまう。
しかしこれだけの資源をただ通報して燃やしてしまうのはもったいない。資源は大切に、有効活用するべきだ。
どうしたものか。葉っぱを前に小一時間考えた末、遂に思いついた。たったひとつの冴えたやりかた。
国外流通させてしまえばいいのだ。
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