第13話 諸行無常はカネになる

 昨日は日付が変わるまでマリエッタの自慢話に付き合わされていた。眠い。おかげですっかり寝不足になってしまい、トイレの男女を間違えて寝起きのメライアに殴られた。やっぱこの女やべえよ。

 今日も今日とて麻薬いじり。平時においてはパトロールと事務処理ぐらいしかやることがない。メライアはなにやら調べ物があるようだし、単独でこの重要案件を片付けるとしよう(建前)

 稼いだ金をどう使うか考えるだけでも涎が垂れる(本音)

 というわけで今日は取引ルートの確立だ。マリエッタの自慢話は無駄に終わったわけではない。幸いにも、国外逃亡した反社会組織についての話もあった。彼らに渡りをつければいいだろう。騎士団でもマークしていた組織なので、資料室に構成員や組織図。逃亡先の候補なども載っていた。

 またそれとは別に、ガリアにはスラムの情報網がある。井戸端会議の延長のようなものだが、貧乏人はとにかく下世話な話が大好きなので同じロクでなしの無様な姿は何度も話題に上るのだ。

 現地調査には形から入る。運命を感じて捨てていなかったボロ布の服に着替え、適当な空き家で埃をかぶる。これぞスラムスタイルだ。何食わぬ顔でクズどものヤサに忍び込み、下世話な会話に耳を傾ける。

「ヤスの野郎、遂にしょっぴかれたらしい」

「あれだけ派手に女売ってればな」

「グロッサーのピンハネを渋ったからだろ?」

「まああんな没落ヤンキーに従ってちゃ気も狂うだろ」

「そういえば連中、最近カジノに噛んでるらしいぜ。連邦だけじゃカネが稼げねえって」

「またしょっぴかれるオチだろ」

「ちげえねえ」

「ガハハハハハ」

 オーケイ。カジノだな。

 一度宿舎に戻り、シャワーを浴びて身なりを整える。貧乏人はカジノの奥まで入れない。みんな知ってるね?

 奥まで入ってどうするか? 決まってるだろ、賄賂だよ。袖の下から金貨を覗かせれば、大概中に入り込める。資金源はドラッグに埋もれていたよくわからない宝石だ。価値がわからないのなら適当に売ってしまうに限る。

 さてやってきたのはVIPルーム。ここではカジノで提供されているゲームを完全にとして楽しむことができるのだ。支配人や富豪、個人間でのカネの動きに大して関心のない連中が集まり、ただの娯楽としてゲームを楽しむ。

 別にゲームには興味が無いのでお目当ての相手を探す。カジノ側からゲームに参加していて、余所者故に少しばかり肩身が狭そうな……あいつだ。

「一局どうだい」

 高そうな椅子にドカっと腰掛け、チップを前に出す。実際に来たのは初めてなのでルールがわからないのだが、別にゲームをしに来たわけではなかった。

「見ない顔だな。何者だ」

「葉物をね、格安で卸してる」

「……!」

 男の目の色が変わった。あいつはゲームが好きでここに居るんじゃない。ガリアと同じ、カネ目当ての人間だ。

「予定外の取引でかなりの量が余ってしまった。足がつく前に処分したい。協力してくれないか?」

 美味しい話には裏がある。相手の立場になって考えれば、事情もなしに安売りする業者を信用できる理由はないだろう。こちらが困っていて、多少利益が損なわれてでも在庫を捌きたいのだと理解させる。嘘でもいい。とにかく理由があればいいのだ。

「……考えておこう」

 販路獲得。ここに全部卸すと共倒れまっしぐら間違いなしなので、他にも取引先を獲得していく。

 因みにゲームはボロ負けした。



 それからガリアは寝る間も惜しんで販路の獲得に勤しんだ。コネからコネを掘り返し、ツテを辿って次の街へ。グロッサー連邦の悪党事情にも詳しくなってきた。

 ここ数日でわかったことは、グロッサー連邦はバンパニア王国と違い一枚岩ではないということだ。

 どうも向こうは小さな領土が寄り集まって国になっているらしい。個性的な領主も多いため、地域によって習慣から考え方までまるで違う場合もままある。とある領主は天敵だし、とある領主は商売相手。グロッサー連邦という一つの国ではなく、それぞれの領地こそが一単位であると考えたほうがいい。

 閑話休題。

 急ピッチで販路を拡大したため、三日で在庫の三割が捌ける見込みとなった。流石に性急が過ぎる。急いては事を仕損じるとも言う。やりすぎは禁物だ。

 とりあえず一旦売り払って実績を作る。そうすれば後は流れだ。新たに仕入れる必要もない。この倉庫を空にしてしまえばこっちのもんだ。

 スキマ時間に進めていた在庫整理を再開する。まず量を把握しなければ取引にならない。売り払う三割までは数えたのだが、ここから先がまた長い。

 これは大麻で、これは……数える中で、不快な羽音が耳元を過ぎる。いつのまにやら入り込んだのか。大事な在庫が虫に食われては大変だ。後で虫取りの香を炊いておこう。

 腕に止まった羽虫を叩き潰し、袋に入らないよう払い落とす。ずいぶんと派手な模様の虫だ。毒を持っていないといいのだが。

 羽虫で思い出した。輸送手段をまだ確保していなかった。

 まあ、服の下にでも隠しておけばいいだろう。

 問題を先送りにし、ガリアはドラッグのカウントを再開した。



 数日後。待ちに待った最初の取引だ。マスターから拝借した空のワイン樽に細工をし、半分はワイン、半分は収納スペースとして使えるよう作り変えた。バーから酒樽が出てくることになにも不自然なことはない。一度に持ち出せる量も十分で、我ながら完璧な細工だ。

 酒樽を貧民用の馬車便に載せて、国境付近の取引場所――国際市場まで向かう。貧民用の馬車便は履歴の管理が雑なので足がつきにくいのだ。

 約束の場所。相手は連邦の酒豪――ということになっている。取引履歴はわざとらしくない程度に。後で突っ込まれた時に無いと困るが、無駄に緻密でもかえってあやしい。

「バンパニア特産ぶどう酒。三樽だ。確認してくれ」

 相手のグラスにワインを注ぐ。男は仰々しくワインを口に含み舌で転がす。ただのぶどうジュースなのだが、形式が重要なのだ。周囲の民衆は全員目撃者になる。妥協は許されない。

「受け取ろう。代金だ」

 つつがなく取引が終わる。流れは掴んだ。目立たず、確実に。この空気感を忘れないようにしよう。

 初取引を終えて清々しい気分で振り返ると、メライアが居た。

 彼女だけではない。マジータちゃんにマリエッタ。あと知らない騎士が何人か。

「……終わった」

 どこでバレた? いや、危ない橋はいくつも渡った。どこでバレてもおかしくない。なにせガリアは素人だ。ここまで上手くやれていたのがおかしかったのだ。

 だが、なぜ今なのだ。泳がされていたのか? なんのために? 幾重にも思索を巡らせ、状況の把握と対処に努める。バレてしまったことは仕方がない。この商売からは足を洗おう。だが、どうやって切り抜ける? ドラッグの密売をしていたのだ。はっきり言って勝ち目がない。どうする。考えろ。おとり捜査を装うか? いや、それよりはシラを切り通してワインの取引をしていたことにした方が良い。ハメられたことにするんだ。マスターを売ろう。あいつがこんなものよこさなければ問題は起きなかったんだ。そうだ。ハメられたんだ。俺はマスターにワインの売却を頼まれたが、樽の半分は大麻だった。そうだそれでいこう。幸いにも取引中の男は雇われた第三者だ。適当に誤魔化して他人のふりをすれば逃げられる。大丈夫だ。問題ない。そうだ。全部うまくいく。これまでも、これからも。

「ど、どうしたんだ、メライア。それに、マジータちゃん達まで。お、俺はワインを――」

「よくやったガリア。お手柄だ」

「……は?」

 予想に反して、メライアはガリアの頭を撫でていた。これは、夢か?

「いや~、まさか単独で隠されたドラッグを見つけたうえに、囮捜査で芋づる式に他の悪党まで釣り上げちゃうなんてね。お手柄だなーガリア君」

 わざとらしくそう言いながら、マジータちゃんはバチコーンとウィンクしてみせた。なるほど彼女の差金か。どのみち蛇に睨まれた蛙だ。全て投げ捨て便乗する他ない。

「そ、そうなんだよ! いやーかなり上手く行ったんじゃないか! ほらほら!」

 キョトンとしていた取引相手の男に手錠をかけながら、メライアは言う。

「とはいえこいつはトカゲのしっぽ。連中には繋がらないな……」

「まあまあ。今回は彼の頑張りを評価しようじゃあないか」

 マジータちゃんがガリアの背中をバンバン叩く。痛いと視線で抗議すると、彼女はニヤリと口の端を吊り上げる。と、彼女の肩に見覚えのある羽虫がとまった。……倉庫に居た、あの虫だ。

「……全部見てたよ」

 普段の愉快な彼女からは想像もつかない、底冷えのするような声。ガリアは確信した。一番バレてはいけない相手にバレていたのだと。

「ま、報告、連絡、相談はちゃんとするようにね。報連装は仕事の基本だから」

 なにやら大切なことを言われた気がしたのだが、ガリアの頭には入らなかった。



 後日、倉庫のドラッグはすべて騎士団に押収されたのだが、大量のドラッグの中でなぜか妖精の骨フェアリーボーンだけが行方をくらませていた。

 知らない。俺は知らない。最初からそんなものはなかった。俺はなにもやっていない。マジで。

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