第9話 騒音公害

 バンパニア王国のルーツは、吸血鬼伝説にあると言っても過言ではない。

 初代国王バニアン。彼は流浪の民であったが、その旅路の中である特別な出会いを果たした。

 それが吸血鬼伯爵、ユリニスとの出会いだ。

 見聞を広めるべく旅に出ていたユリニスは、慣れない人間社会の中で素性を隠して過ごしていた。吸血鬼の存在が表立って認識されていなかった時代。影の者である吸血鬼がたった一人でその正体を晒せば、下等な人間が相手であれどんな目に遭うかわからない。

 時を同じくして、バニアンもまた同じ街に滞在していた。

 バニアンはある日、街中で呻く色白の男――ユリニスを助ける。追い詰められていた彼はバニアンに自らが吸血鬼であると告げ、血を吸わせてもらえないかと懇願した。

 迷いはしたものの、バニアンはそれを承諾。一命をとりとめたユリニスより吸血鬼の加護を授かった。

 その後もバニアンはユリニスに血液を提供すると提案したが、ユリニスはそれを却下。というのも、『何度も同じ吸血鬼に血を吸われ続けると、人ならざるものになってしまい自分と同じように孤立してしまう』とのことだ。

 ユリニスと別れたバニアンは、旅で得た知見と加護を元に小国の王となる。それが徐々に勢力を拡大していったのが、現在のバンパニア王国なのである。

 ……吸血鬼伝説の一説にあるその記述が、そのままバンパニア王国建国の逸話とされていた。



「とまあ、吸血鬼とゆかりの深いこの国では、それにあやかり吸血甲冑の開発も盛んに行われているんだ」

「なるほどなー」

 VMの開発と聞いて、ガリアは無意識にドラグリアンを連想した。この国で開発された最新鋭のVMだ。装甲の各所に鋭角的な装飾を施した刺々しいフォルム。頭部には竜の角を思わせるような、背後に向かって長く伸びた角がある。しかし対象的に顔面の造形は騎士の用いる仮面のようであり、鋭い眼光を放つ双眸以外に生物的な意匠は取り入れられていない。美意識を感じない、なんともちぐはぐな設計だ。

 それと、ダイダラボッチも国家主導で開発されたものだという。土木産業を強化するにあたり、先代の王が開発室を全面支援したとかなんとか。

「次はこの国の現状。君も知っての通り、この国では今ヴァンパレスのような反政府勢力が盛んに活動している。どうしてだと思う?」

「わかんね」

 メライアがなにを思ってこちらに振ったのかわからないが、そもそもこの国の情勢どころか名前すらさっき知ったのだ。スラムは外界と隔離されているようなところがあるし、街に出たところで市民の声に耳を傾けたこともない。ガリアには政治がわからないのだ。

 それを見越してかどうかはわからないが、メライアはつっけんどんな返答を歯牙にもかけず続ける。

「現政権……エリオルリータ女王陛下の支持は堅い。ユリニスを助けたバニアンの慈愛を継ぐその思想は全国民の安寧を第一義に掲げ、弱者の救済と生活基盤の向上を重点的に推し進めている」

 わからん。さっぱりわからん。

「対して、反政府勢力は……先代、ガンドヨルム政権の、偏重富国強兵思想を引き継いでいる」

 全くわからなかった。

「すまない。政治はさっぱりなんだ」

 ガリアが言うと、メライアはだろうなとでも言いたげに苦笑する。

「君にもわかるように言うなら、ヴァンパレスは優しすぎる女王陛下の政策が気に入らないんだ」

「へーなるほどなー」

 血の気の多い連中だ。ガリアからすれば自分が良ければ別に王様が厳しかろうが優しかろうが構わないのだが。

「因みに君は女王陛下の優しさに救われてきたクチだ。スラムの定期的な消毒と食料配給は陛下の政策だからな」

「いやあ女王陛下の政権下は最高でしたね。女王陛下万歳」

 女王陛下万歳。

「現金なやつだよ……」

 それにしても疲れた。

「いやしかし疲れたな。もう一生分の勉強をした気分だぜ」

「事務処理もしたしね。ティータイムにしようか」

 朝から働いて疲れた。昼食も軽くしか食べていない。ここらでゆっくりしたいところだ。

 と、最悪のタイミングで例の耳障りな鐘の音が鳴った。流石に覚えている。これは襲撃の合図だ。

「……嘘だろ」

 また出撃。最悪の気分だ。だが、メライアは涼しい顔をしていた。彼女は超人なのだろうか。

「クソがっ、昨日の今日だろ……」

 ガリアが出撃の準備をするべく格納庫へ向かおうとすると、しかしメライアはそれを引き止める。なんのつもりだろうか。

「今日は当番じゃないから。私達は出なくていいんだ」

「なんだって。それは本当かい?」

 メライアはわざとらしくうんざりしたような手振りをしてみせる。かわいい。

「当たり前だろう。いつ来るかわからない襲撃に耐え続けるとか、正気じゃない。よっぽどのことがなければ一人で十分だしね」

 なるほどなー。

 そうと決まれば話は早い。今日のところは当番の連中に任せるとして、二人で優雅なティータイムと洒落込もう。まあ彼女の奢りなのだが。

 メライアに連れられて、ガリアは足取り軽やかに休憩所へと向かった。



「お前じゃない! ドラグリアンを出せ!」

「このマリエッタ様とスカルモールドが相手では不満だとでも言うのかしら!?」

 耳をつんざく怒号の嵐が休憩所にまで響いていた。壁を揺らすほどの罵声とヒステリックな金切り声の嵐に、ガリアは頭痛すら覚える。

「今日の当番はマリエッタだったか。まあ、腕は確かだ。任せておくといい」

 そんな中ですらメライアは余裕を崩さない。まるで静かな森で川のせせらぎでも楽しんでいるかのような表情で、濃いコーヒーを啜る。

「だからドラグリアンを出せと言っているだろうが!!」

 罵声と金属の擦れる音に、割れるような激しい地鳴りが続く。テーブルに置かれたコーヒーの水面は絶えず揺れ続け、テーブルクロスに不快な染みを残す。こんな環境で彼女はどうやってコーヒーを飲んでいるのだろうか。

 よく見ると、彼女の腕は振動を打ち消すように反対方向へと揺れていた。絶えず揺れ動く空間の中で、彼女の手に持つコーヒーだけがぴたりと静止している。そのうえわずかに振動が止む一瞬の隙を掴んで、コーヒーを啜っていた。

 当然ながら、ガリアにそのような特殊技能はない。コーヒー一杯のために脳容量を圧迫するのは御免だ。そもそもそんなにコーヒー好きじゃないし。むしろ嫌いになりそうだ。

 無意識にしていた貧乏ゆすりが、振動に負けないぐらい強くなる。

「ガリア、行儀が悪いぞ。それはやめたまえ」

 メライアが揺れ動く足を一瞥して言う。悪くて結構。こちとらスラム生まれのスラム育ち。生まれついてのチンピラだ。

「わたくしがぶちのめして差し上げますわ!!」

「ドラグリアンを出せー!!」

 周囲の環境が気に入らない時はどうするべきか。スラムにはスラムの流儀がある。

 ガリアが無言で立ち上がると、コーヒーを飲み干したメライアがなにかを察したように静止する。

「出撃許可は出ていない。必要になったら命令が下る。今は任せておくんだ」

「便所に行くだけだ」

「そうか」

 それきり彼女はなにも言わない。リラックスしているのだろう。この地獄のような環境で。

 意識されての設計なのか、幸いにも休憩所は格納庫のすぐ近くにある。

 スラムにはスラムの流儀がある。売られた喧嘩は買わなきゃチキンだ。

「ドラグリアーン!!」

 うるせえ。すぐにぶち殺してやる。待っていやがれ。

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