第8話 ダークレイヴン
轟音。水の中でも響き渡る、甲高い悲鳴。音の波と共に、衝撃波が機体に包まれた肉体すら激しく揺らす。
眼の前でクラーケンの脳天を貫いたのは、長く長く伸びた槍だった。
「ほどけた!」
機体を締め上げていた触手から力が抜ける。ガリアはタービンをフル回転させて、一息に浅瀬へ駆け上がった。
「助かった! メライアか!?」
あんな長い槍見たことがない。レギンレイヴの隠し武装か、ローズヴァイゼンの魔法か――周囲を見渡し、ガリアは気づく。
「……何者だ、あんた」
ドラグリアンにも通ずる鋭角的なフォルム。黒を基調にグレーのラインがあしらわれていて、胸元には『DARK RAVEN』と乱暴な書体でペイントされている。
「ダークレイヴン……何者だ!?」
突然の来訪者はメライアの質問に応えるでもなく、おもむろにクラーケンの胴体を手刀で貫いた。その程度で死ぬ相手ではないというのに。
「これを……貰いに来た」
影のようなその機体は、言うなりクラーケンから脈打つ塊を引きずり出す。滴る青い液体が水面を不気味に染めた。
「クラーケンの心臓!?」
驚くマジータちゃん。よくわからないので後で聞いておこう。
心臓とやらを抜かれたクラーケンは、悲鳴を上げて絶命した。
「心臓持ち……そうか! だから――」
メライアも納得したらしい。残る二匹の触手を切り払い、片手に小さな魔法陣を展開する。
「ソニックブラスト!!」
放たれる波の塊――音の銃弾だ。音速で打ち出された衝撃の塊はクラーケンの肉体を無数に穿つ。
「私も! ブレークサンダー!!」
ローズヴァイゼンが放った雷は、クラーケンの胴体に巨大な風穴を開けた。飛び散る青い血しぶき。それはまるで命を送り出す死化粧のように海を染め上げる。
勝手に納得しないでくれ。
クラーケンは死んだ。話が違うじゃねえか。
そんな混乱の中、現況であるダークレイヴンは黒い翼を広げてこの場を去ろうとしていた。
「おい待てよ! あんたナニモンだ!?」
軍属らしく誰何と行こう。しかしガリアの問いに答えが返ることはなかった。大ガラスのような翼を羽ばたかせ、ダークレイヴンは天高く飛び上がる。マジータちゃん!!
「いやあれは流石に撃ち落とせないよ」
視線からなにかを察したのか、マジータちゃんはローズヴァイゼンの太い腕で器用にばってんをつくる。腕のエングレービングに薔薇の意匠が取り込まれてるんですね。初めて知った。
※
長く生き過ぎて指揮の近づいたクラーケンは崩れ行く肉体を維持するため心臓を持つようになり、そこが急所になる。また、繁殖欲が異様に強くなるため異性の奪い合いに発展することも多い。クラーケンの心臓は全身の血液を運ぶ中で魔力を蓄積しているので、触媒やVMの素材として重宝される……らしい。多分明日には忘れているだろう。
「今日の授業はここまで。なにか質問は?」
教壇に立ったマジータちゃんは、指し棒を上機嫌にくるくると回す。意味もなく足でリズムを刻み、白衣の裾をひらひらとさせていた。ちらちらと覗く足首がエロい。
「スリーサイズはいくつですか?」
「上から七十九、五十八、パサラン」
ガリアの足元で火花が散った。
「あっつ!?」
「メライアちゃんもとんだエロガキを拾ってきたもんだ……」
呆れるマジータちゃん。このままでは授業が終わってしまいそうだ。冗談はここまでにしておいて、本命の質問を投げかける。
「ところであのVMはなんだったんだ?」
ダークレイヴン。突然現れてクラーケンを倒してしまった謎のドラゴンクラス。文様がなかったのでヴァンパレスでもないようだ。一体何者なんだろうか。
「あれは……メライアちゃん、知ってる?」
不意に話を振られて対応できなかったのだろう。メライアは少しの間ぽかんとしてから、咳払いして答える。
「あれは……私にもわからない」
ブラック・ガヴァーナやダークレイヴン。それにヴァンパレスの所有VM。ガリアはこの二日間で多くのドラゴンクラスを目撃してきた。
こんなところにいると麻痺してしまうが、本来ドラゴンの遺骸を用いて作成するドラゴンクラスはそう簡単に獲得できるものではない。最低でもドラゴンを討伐できる戦力が必要だし、設計もギガトンクラス以下とは比べ物にならないぐらい大変なのだ。機体の特性にもよるが、整備にだって手間がかかる。少なくとも素人が個人所有できるような代物ではない。
「所属不明のドラゴンクラスが多すぎる。おかしいだろ」
動揺を隠せないガリアの言葉に、メライアはさもありなんという様子で頷く。が、彼女はいたって冷静だった。
「そう。おかしいんだ。あれだけ多くのドラゴンクラスが……いや、本来であればギガトンクラスでさえも、反体制派のテロリストがあんなに持っているのはおかしい」
ガリアは無言で続きを促す。
「……居るんだよ。テロリストや一般人に吸血甲冑を卸している連中が……ね」
誰に求められるでもなく、メライアは解説を始めた。
「ここ数年のことだ。届け出のない吸血甲冑を用いた強盗や殺人事件が相次いでね」
確かにここ数年は兵舎や工事現場以外からVMのジャンクを入手する機会が増えていた。特に理由も考えず、潜り込む手間が省けてラッキーぐらいにしか思っていなかったが、そんな事情があったとは。
「そこで浮かび上がってきたのが、違法に吸血甲冑を卸す業者の存在だ。犯人を尋問して裏も取った……が、詳細は調査中だ」
そこまで話して、喋りたそうにしているマジータちゃんに気づいたのだろう。メライアは視線で解説を促すと、マジータちゃんは笑顔で引き継いだ。
「どうもやり方が上手くてね。取引には必ず第三者を挟んでる。前に潰したドラッグのカルテルからノウハウを引き継いでるって噂。あれも組織が肥大化して末端がヘマするまで尻尾掴めなかったし」
難しい話はよくわからないが、手強い相手ということだけはわかった。
「今年に入ってからドラゴンクラスも扱うようになったんだよね。どうものグロッサー連邦の辺境貴族が一枚噛んでるらしいんだけど……」
グロッサー連邦とは……とは……ガリアの知らない単語だった。多分なんかあるのだろう。
「君を逮捕したとき甲冑の出処や技術供与元を確認したのも、その絡みを疑ってのものだ」
メライアが再び説明に戻る。あの時彼女から感じた強い疑念はそういうことかと、ガリアは遅れて納得した。
「さて、私はそろそろ戻ろうかな」
マジータちゃんが白衣を脱ぎ、肩を回す。
「いい素材も手に入ったし」
「クラーケンの心臓か?」
「そそ。じゃあまたね」
軽やかなステップを踏んで彼女は去っていく。メライアとガリアはその背中を見送り、顔を見合わせた。
「この国も大変なんだな」
「そもそも君は国がどんなものかよくわかってないだろう?」
図星を疲れたがリアが押し黙ると、メライアは苦笑する。
「あの様子じゃそんなことだろうと思ったよ。教えてあげよう。この国の成り立ちと、昨今この国が置かれている情勢を」
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