第7話 ドラグリアン、海原に死す!
作戦開始から数十秒でプランの変更を余儀なくされた。
「クラーケンが一度に三匹も……なかなかないぞ、こんなの!」
絡み付く触手を切り払い、メライアは言う。繁殖したのか仲間を呼んだのかは定かでないが、二匹しか確認されていなかったクラーケンが三匹になっていた。
クラーケンは手強い魔物だ。通常のVMは水中戦を想定した設計になっていないので、まずその点で不利である。そのうえ膂力は並のドラゴンクラスに匹敵するのだ。倒せないような相手ではないが、苦戦は必至である。
そもそも本来クラーケンは単独行動を好む魔物なのだ。十年に一度の繁殖期に限って、
「撃つから避けてね!!」
言葉よりも早く海面に浮かび上がる魔法陣。陸地でローズヴァイゼンが杖を振り上げた。早すぎる。
「殺す気かよ!!」
波をかき分け間一髪で火柱をかわす。以前メライアがブラック・ガヴァーナに使ったものと同様の魔法だ。彼女と違い魔法陣展開に下準備がなかった。これがローズヴァイゼンの力なのだろう。
「コンマゼロゼロ三秒……また世界を縮めてしまったよ」
彼女はスピード狂らしく、杖をうっとりと眺めている。自覚があるならもっと早く教えてほしいんですけどねえ。
半身を灼かれたクラーケンが大きく波を立てて倒れ込む。それを見た残りの二匹がその身に光条の如き紅い筋を奔らせた。巨大の瞳は充血し、十五本の触手を乱暴に振りかぶる。
「今のがメスか」
マジータちゃんの暴行を涼しい顔でかわしていたメライアが、納得したように言う。
「じゃあこいつらがキレたのは!?」
「求愛行動の邪魔をされたからだろうな」
こいつらメスの取り合い中だったのかよ! そりゃあ機嫌も悪くなるだろう。が、こちらには相手の情事もとい事情など関係ない。半身を爛れさせたメスも起き上がり、再び三対三の様相を呈する。
入れ代わり立ち代わり、絡み合う触手と甲冑。切り落とされた触手が宙を舞い、締め上げられた装甲が軋んで悲鳴じみた音を鳴らす。甲高い奇声を放ったクラーケンは、血の涙を流しながらガリアに襲いかかる。
「埒が明かない。プランBだ!」
プランB! なんとか相手を一箇所に集めてローズヴァイゼンが最大火力で薙ぎ払う作戦だ! 上手く行けば一網打尽! 巻き込まれたらお陀仏だぞ!!
「遅れるなよガリア!」
「任せておけ!」
なにはともあれやるしかない。攻撃を受け流すことに重点を置き、引き下がるように見せかけて一点に引き付ける。レギンレイヴの肘から飛び出した
縦横無尽に飛び回る無数の触手。一本ずつ相手にしていては埒が明かない。無数とはいえ相手は三匹。本体の動きから触手の流れを見切ることができる。ガリア以上に単細胞(意味不明)な魔物なので、ただ避けて誘導するだけであればさほど難しいことではない。
「そうだ、ここへこい、こっちだ……!」
できるだけ中央に。クラーケンは肉体の一割が残っていれば息を吹き返すという。最大火力で全身を焼かなければ意味がない。
メライアの受け持った二匹が指定のポイントについた。残りの一匹もあと少し……来た!
「そのままそこでおとなしくしてろよ!!」
魔法陣展開。ガリアは回避するべく機体を旋回させ――激しくむせた。
魔力を伴う神秘のラインが光を放つ。空間の熱量が徐々にその牙を剥く。間に合わない。
もはやこれまでか。
「あぶなっ!?」
逃げ送れたガリアを見て、マジータちゃんが発動を取りやめる。器用なものだ。わずかな熱と共に霧散する魔法陣。なにかを察したクラーケンはまた散り散りになってしまった。
「どうしたガリア!?」
ガリアはむせながら答える。我ながら情けない有様だった。
「さ、魚の、小骨がっ、ゲホッゴホッ」
昨日刺さった魚の小骨が、今、この瞬間に抜けたのだ。それは勢いのままに喉に落ち、気道の手前で暴れまわる。横着こいて放置していたのがこんなところで仇になってしまった。
それもとびきりの致命傷。
魔物は隙を逃さない。焼けただれた半身から、渾身の一撃が放たれる。咄嗟に腕で防ぐも、バランスを崩して海中に没してしまった。防水装備に搭載された補助タービンをフル稼働させ、海中で繰り広げられる突きの応酬をひたすらに回避。
足を掴まれれば一巻の終わり――メライアからきつく言われていた。防水Bは浅瀬での戦闘しか想定していないらしいのだ。
足掻く。足掻く。しかし嘲笑うかのように触手はガリアの身を翻弄する。
「捕まってたまるか……!」
海上ではメライアが二匹の足止めをしている。ガリアが捌けばいいのは半身の爛れた一体のみ。しかしそれが叶わない。
陽光を照り返し揺らめく海面。その模様が、不意に嗤った気がした。
――死にたくない!
「ドラグリアン! 俺に力をよこせ!!」
武装がアンロックされた。
それは奇跡か必然か。絶体絶命のピンチにおいて、彼は一筋の光明を見出す。
今、わかった。この機体にはまだまだ隠された武装がある。その中からひとつ、掴み取ることが出来た。光学兵器――胸部から超高温の熱線を放つ、ドラグリアンの新たなる力。
存在を知覚すると同時に使い方がわかった。脳に新たな知識が書き込まれる感覚。他とは一線を画す、これがドラゴンクラスのヴァンパイアメイル。規格外の血液を吸い上げ、装者とひとつになる悪魔のマシーン。
それはさながら神の力か。未知の脅威に立ち向かう、人類の新たなる叡智。
この力があれば、あの忌々しい公開淫行クソ野郎共に一泡吹かせることができる。勝利を確信したガリアは、高らかに叫ぶ。
その名は!
「グローズビーム! これで決め――あっ」
ガリアは思いとどまった。
グローズビームは胸部から熱線を放つ。魔法ではなく、機体が直接放つのだ。
防水B装備は機密を確保するため、潜水服のように全身を覆っている。ちょっとやそっとで穴が空くような素材ではないが、ドラゴンクラスの必殺技が相手であれば話は別だ。そもそもこの程度も破れない出力では使い物にならない。
ここで使えば気密性は一瞬で崩れ、あっという間に海水が流れ込んできて死ぬ。クラーケンを倒せてもそれでは元の木阿弥だ。
動きを止めたドラグリアンを見逃すほど、クラーケンの怒りは甘くなかった。
「しまっ」
あっという間に足を絡め取られ、ずんずんと海中に引き込まれる。
藻掻けど足掻けど救いはない。そこには縋る藁すらない。
装甲が軋む。
暗い。
海上の喧騒が遠のく。
静かだ。
閉じた瞳に映るのは、世界の裏側なのだろうか。
「スラムのがマシだったかもな……」
もう一筋の光明が海中を照らしたのは、そんな折のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます